第45話 魔法対決、決着
「なぜじゃ……なぜ魔法が発動しないッ!!」
俺の視線の先。目隠し魔女っ娘さんが癇癪を起した様子で、地団駄を踏んでいる。その間も俺は、淡々と魔物へ土球を投げ続ける。
すでに対決は佳境を迎えており、さすがに肩にダルさが出てきた。おっと、コントロールをミスった。もう一球、っと。
「くそ、くそ、クソ! もう一度じゃ、もう一度集中して……」
魔女っ娘さんは魔力変換が弱点だと自ら言っていたが、今の彼女はそこで苦戦しているわけではない。
「出でよ、ファイアヒュージボール! 燃え盛る業火のごとく、この手に顕現せいッ!!」
彼女が掲げた掌へと、大気が熱を帯び収斂していく。かなり巨大な火の玉が出来上がりそうだ。
「…………」
俺はそれを、ちらりと一瞥する。
そしてこの目線には魔力が乗っかっている。
数舜後――火の大球が消え去った。
「ぐ……ッ! ま、またじゃ……えぇい、なんなのじゃこれは!?」
叫び、魔女っ娘さんはついに目隠しを外した。目元に巻かれていた布が解かれ、やけに整った顔立ちが現れる。そして彼女の両目は、美しい赤と青に彩られたオッドアイだった。その瞳はあたかも宝石のように、神秘的な輝きを放っている。
「こんなお遊びで、これを外すことになろうとはのう! だがこれで、なぜ発動直前にわらわの魔法が消沈するのか、よくわかるじゃろうて!」
「残り時間あとわずかです。討伐数、先生がリードしています」
「ふん、ここから逆転して見せるのじゃ! なにしろこっちには、上級魔法という大技もあるのじゃからなッ!! 黙ってみておれ、小娘がッ!!」
再び叫び、魔女っ娘は今度は両手で魔法を発動せんと構えた。おそらくは逆転を狙い、上級魔法の巨大球を作り出そうとしているのだろう。
……が、彼女の思い通りになることはなかった。
「なぜじゃ……なぜ魔法を発動することができん!? 頭の中に像は結ばれるというのに……なぜなのじゃッ!?」
「…………」
投げるモーションの途中、魔女っ娘さんへと向けていた視線を元に戻す。さて、次はあの岩の影にいるギレレーシュボアでも狙うか……よし、当たったぞ。どんどんコントロールがよくなってるぞ。某野球ゲームで言えばCぐらいにはなってるはず。
「貴様ぁ……! いったいなにを、わらわにいったいなにをしているのじゃぁぁ!?」
「おわっ」
少しの間を置き、魔女っ娘さんがこっちへ向かってずんずんと歩いてきた。その途中、小石を拾ってこっちに投げつけてきた。もう魔法とか関係ないじゃんそれ!?
どうやら、俺の視線から魔力の流れが発生していることに気付いたらしい。
「正直に白状せい! 貴様、わらわになにかしているのであろう!? 魔力の流れはわかっておるのじゃ、誤魔化そうとしても無駄じゃぞ!!」
「えーっと、そのですねぇ……」
「男ならズバッと言えぃ! わらわは生まれてから今まで、こんな風に魔法が操れなくなったことなど一度もなかった! そう、魔法で躓いたことなど一切なかったのじゃ!! それを貴様は……くそぅ、いったいなんなんじゃッ!!」
その小さな身体を限界まで伸ばし、俺の胸倉につかみかかって来た魔女っ娘さん。うーん、もしかしたら彼女のプライドを傷つけてしまったかもしれない。
ちらり、と俺は審判の方を見た。
するとヒロカちゃんは、ふぅ、と一度息を吐いたようだった。
「はいはいはい、まだ対決時間は終わっていませんよ! 最後までちゃんとやり抜いてください!!」
「ぐぬぬ、これはわらわの実力じゃない……こんなものが、わらわの実力なわけがないのじゃ!!」
止めに入ったヒロカちゃんへ、魔女っ娘さんは叫んだ。
俺は若干、彼女が可哀そうになってきていた。事前にヒロカちゃんと話し合った作戦とは言え、もうこれ以上はいじめているみたいになってしまう。
と、そのとき。
「――対決終了だ。昼食の準備が整った」
騎士団の皆とご飯の準備をしてくれていたエデンダルト王子が、対決終了を告げた。
◇◇◇
「わらわが……魔法で…………ま、負けた……?」
対決が自らの敗北で終わったことを受け、絶望した表情で地に手を着く魔女っ娘さん。いやぁ、そこまでショックを受けることはないと思うんだけどなぁ……?
「いったい貴様は……いったい、な、何なのじゃッ!?」
「しがないチュートリアラーですが」
聞かれたので、いつも通りに応える。
うん、俺はそれ以上でもそれ以下でもない。
「ふふん、それじゃ約束通り、ちゃんと名乗って謝ってください。ほらほら、今すぐ!」
未だ絶望が色濃い魔女っ娘さんへ向け、約束を果たすよう急かすヒロカちゃん。俺の教え子って、結構鬼畜なのかもしれないね……。
「ぐぬぬ、小娘ぇ……!」
「え、なんですって? そんな態度を取るんですか? 負けたくせに? 絶対負けないとか言ってて、負けたくせに?」
うん、ヒロカちゃん、そろそろやめようね? 俺のために怒ってくれたとは言え、さすがにちょっと性格悪くなっちゃってるよ? まったくもう、誰に似たのかなぁ。
「まさか、自分の名前を忘れたわけじゃないですよね?」
「そ、そんなわけあるか! ……ぐぬ、な、名乗ればいいのじゃろう!」
「あと謝罪です。先生にちゃんと『ごめんなさい』してください?」
「ぐんぬぬぅ……こ、小娘がぁぁ……!」
極めて悔しそうな表情で身体を震わせ、魔女っ娘ちゃんはついに帽子も脱いだ。ふんわりと柔らかそうな髪が切り揃えられた、おかっぱボブヘアーがあらわになる。
「がッ! その前に言わせろッ!」
「な、なんですか?」
「そこの男! そう、チュートリアラーとやらの! お前にのみ、とんでもなく特別な権利を与えてやるのじゃ!!」
と、そこでしゅびし!と俺は顔を指をさされた。な、なんですの?
「貴様に、わらわの――大賢者ヴィヴィアンヌ・ライヴィエッタ様の、先生になる権利をやろうぞ!」
「「…………はい?」」
紡がれた名前に、俺とヒロカちゃんは呆然とした。
彼女があの、大賢者様!? そんでもって、俺がその先生!?
てかしかも賢者様、俺が読んだ本の作者様なんじゃねーかよぉぉ!?




