第44話 魔法対決、開始
特使団の面々が、朝の支度を済ませた後。
俺たちは《ギレレーシュ大瀑布》の最寄りダンジョン境界線まで馬車を進め、そこで目隠し魔女っ娘と魔法対決をすることとなった。
滝壺を眼下に望む、渓流近くの岩場である。
対決に際しては安全のため、ダンジョン入口から目の届く範囲までのみ移動可能、と限定することとなった。言うなればダンジョンの出入口に陣取り、そこへやってくる魔物を迎撃していくような形だ。
「魔力の生成は事前に行っていいのじゃな?」
「はい。問題ありません」
所定の位置についた目隠し魔女っ娘さんが、審判役を務めるヒロカちゃんに確認した。え、それいいってことにするの? 俺の唯一の自信あるところ、魔力変換速度だけよ? そのイニシアチブを捨てることになるけど、大丈夫? ヒロカちゃん本当に俺の味方?
俺の不安を感じ取ったのか、ヒロカちゃんは満面の笑みをこちらに向けた。……いや、その絶大な信頼が今は逆に怖いんですけど?
「ふん、もはやわらわが勝ったも同然じゃな。わらわの唯一最大の弱点は魔力変換速度の遅さにある。しかしその分、魔法の魔力効率は鍛えに鍛えておるからのう。事前に溜め込んでおけば、ほぼ撃ちっ放しでいけるじゃろうてな、ぬははは!」
自分の有利さに高笑いする魔女っ娘さん。彼女の言う通り、最低級、低級、中級ぐらいまでの魔法であれば、魔力運用をしっかり無駄なく行えれば、数時間程度撃ち続けたとしても魔力枯渇は起きないだろう。
だが、魔法はイマジネーションと集中力が大切だ。常に精度高く高レベルの魔法を使い続けるとなると、間違いなく脳に多大な負担がかかる。
「では、今から二時間後……昼食の時間までを対決の刻限とします!」
審判のヒロカちゃんが、手を掲げた。
俺は静かに息を吐き、集中する。
とりあえず落ち着け、ユーキ・ブラックロックよ。
なにごとも、自分にできることを精一杯に、だ。
「はじめ!」
火蓋が、切って落とされた。
「ぬはははは! 先手必勝じゃあ!!」
「はぁ」
叫びながら、一目散に駆け出す魔女っ娘ちゃん。その背中を横目に、俺は一度振り返ってヒロカちゃんへと視線を向けた。
『これ、本当に大丈夫かな?』
『ええ、先生なら間違いなく大丈夫です。事前にお話しした《《あの作戦》》を遂行すれば、絶対に勝てます!』
んー、なんだろう、俺は『空気を読む』力なんてないけど、ヒロカちゃんの言いたいことならなんとなくわかるようになってきた気がする。
「ま、魔法の自主トレだと思って頑張りますか」
俺は呟いてから、一歩踏み出した。
◇◇◇
「ふはは、燃え落ちるがいい! ファイアヒュージボール!!」
中級魔法の大球で、魔女っ娘ちゃんは近寄る魔物を屠っていく。ヒロカちゃんが目視により、撃破数を岩肌に石でガリガリとメモしていく。開始から数分で、あっという間に二桁に届いたのではないだろうか。
「ぬははは、このままではまったく勝負にならぬなぁ! 泣いて謝るなら今のうちじゃぞ、無能どもめがぁぁ!!」
「はぁ」
ド派手に暴れまくる魔女っ娘さんに対し、俺はただ淡々と、最低級魔法の土球を魔物一体に何度か投げつけ撃破していく。その動きはほとんどルーティーンのようで、あまり集中せずとも何度でも繰り返せた。手で地に触れて球を生成、そして投擲、その後に深呼吸。この繰り返し。
野球のピッチャーになったような気分で、延々と魔物を的にストラックアウトをしている感覚。これが今の俺の心境である。
これはもう脳より肩が心配だ。まぁスキルで強化しつつやっているので問題ないとは思うが。
「天才的なわらわと違って、三発以上放たなければならないのは大変じゃのう! しかも外した場合はもう一発追加じゃ、魔力は大丈夫なのかのう!?」
「ええ、まぁ」
こちらの地味な作業を見たらしい魔女っ娘から、挑発的な声が届く。
正直、魔力の方はまったく問題ない。ここギレレーシュ大瀑布は世界有数の広域ダンジョン、魔元素には事欠かない。
今の俺は魔法というより運動しているような感じなので、多少息は上がるかもしれない。が、まあそれも呼吸が止まるほどきついものではない。
魔力は使ったそばから即補充可能。すいすい、サクサクである。心配なのはやはり肩だ。もし明日になって上がらなくなったらどうしようかな。前世で何度か仕事中に肩が上がらなくなって、四十肩とか心配になったっけな(中身は還暦なので)。
「ほれほれ! もうわらわの勝ちでいいのではないか?! 追いつけぬ程の差がついたじゃろう!!」
「ダメです。しっかり時間まで競ってもらいます!」
ヒロカちゃんの厳正な声が響く。あー、少し遠くから滝の水飛沫が上がってくるの、気持ちがいいな。対決は俺にとって完全な流れ作業と化し、景色を楽しむ余裕すら出てきた。
まぁ、ヒロカちゃんをやすやすと渡す気はないけどね。
「ふぅ……ふん、一旦休憩なのじゃ」
と、そこで魔女っ娘は近くの岩に腰掛けて休憩。おそらく集中力が続かなくなってきたのだろう。いくら魔力運用が上手いとは言え、中級魔法を連射し続ければ誰でもそうなる。
そんな中でも、俺はひたすら淡々と球を投げ続ける。魔力を練り、手に集め発散、球を精製し、投げる。ひたすらこれを繰り返す。たまに肩のストレッチを入れる。
「ふむ。こうして見るとおぬし、中々に筋はいいようじゃのう。魔法の実現までの魔力の使い方、流れ。共に無駄がなく洗練されておる。今謝るなら、わらわの弟子にしてやってもよいぞ? ただし高額の月謝は支払ってもらうがのう、ぬっはっはっは!!」
「はぁ。まぁ、ありがとうございます。考えておきます」
俺はあくびが出そうになりながら、生返事をする。
んー、でももし【大賢者】様みたいな魔法に精通した人に習えるなら、月謝払ってでも門弟になりたい気持ちは多少あるかも。
「よーし、再開じゃ! またわらわの華麗なる魔法に見惚れるがいいわ!!」
上機嫌な様子で言い、魔女っ娘さんは再び派手に魔法を放ちはじめたのだった。
さて、と。
そろそろ例のアレ、やるとしますか。




