第43話 名乗らぬ三角帽子
「若き【準勇者】とな……。ふむ、小娘よ。わらわは貴様に俄然興味が湧いてきたぞ。ひとまず裸にひん剥いて、身体の隅々まで調べ尽くして研究させい!!」
「な、な、なんなんですか急に!?」
「その大きく育った乳房ももしかしたら魔力の影響やもしれぬ! 貴様の体内で作られる魔力とそれが身体に与える影響を調べ、応用可能な形にまで研究し尽くしてやる! そんでわらわも大きくするっ!!」
「さ、さ、さっきから本当なんなんですか!? セクハラですセクハラッ!!」
「セクハラ? なんじゃそれは。まさか新種の魔法か!? 貴様しか知らぬのであればよく語って聞かせい!! 俄然興味が湧いてきたぞ!!」
と、やんややんや言い合い、くんずほぐれつをおっぱじめたヒロカちゃんと魔女っ娘。よし、もう安全な乳繰り合いモード(?)みたいだから、俺はもうひと眠りしようかな。ふわぁあ、眠い眠い。
「先生っ、助けてくださいー!!」
「…………」
と、色々と現実逃避して寝たふりを決めこもうと思った俺に、ヒロカちゃんからのお呼び出し。あぁ……やっぱり巻き込まれてしまうのね。
「ふん、先生だと? こんな礼儀のなってない小娘の先生など、どんな無能じゃい、顔を見せるがいい!」
いやいやいや、礼儀がなってないのはアンタでしょうが……と、心の底から思ったけど言わないでおく。俺は魔女っ娘みたいなタイプの人間とは、あまり関わり合いになりたくないからだ。
「えーっと、俺が彼女の……ヒロカちゃんの先生、冒険者指導員をやらせてもらっている、ユーキ・ブラックロックと申します」
その場で一応、軽く会釈する。まだ寝起きなのであんまり頭が働かない。
「……ふむ、見る限りなんの特徴もないただの凡夫だが。魔力の質もあまりに平凡……む、最低級魔法使用の形跡、か。まぁしかしこんなヤツに学んでいるという時点で小娘、貴様の限界が察せ――」
「魔女さん。それ以上はやめてください。私、本気で怒ります」
「ヒロカ殿、よく言った。こちらが黙って聞いていれば、大切な友人に言いたい放題……それ以上の狼藉は、エデンダルト・ダイトラスの名において絶対に許さん」
と、魔女っ娘が俺をディスった途端、ヒロカちゃんとエデンダルト王子が一気に距離を詰め、その首を狙うように得物を突き付けた。
こっわ、あの二人こっわ!
てか俺その程度の誹謗中傷全然気にしないから怒らないであげて!?
「な、な、生意気なヤツらめ……小娘に小童の分際で、こ、このわらわに刃を向けるなど言語道断じゃぞ!?」
唇を震わせている目隠し魔女っ娘。今までの傲慢な態度とは違い、なんだかんだでビビっているみたいだ。
「というかあなた、私たちは名乗ったんだから、いい加減自分も名乗ったらどうなんです? そのぐらいのこともできないなんて、いったい何様のつもりなんですか!」
「ぐ、愚民に名乗る名など、わらわは持ち合わせておらぬのじゃ! わらわの名を知りたくば、研究材料以上の有用性を示してみせるがいいッ!!」
喚き散らすようなトーンで、目隠し魔女っ娘は言った。
いや、俺は別にこーゆータイプの人に認められたいと思わないし。普通に距離を取って金輪際関わり合いにならないで済むようにしたい。
「有用性……わかりました。では魔女さん、あなたは魔法が使えますよね?」
「ふん、決まっておろう。むしろ大得意じゃ」
ヒロカちゃんからの投げかけに対し、目一杯ない胸を張る目隠し魔女っ娘。
「じゃあその得意分野、魔法で対決をしましょう。もし先生があなたに勝ったら、ちゃんと名乗った上で土下座謝罪してください!!」
「魔法対決? ふん、やってやろうではないかッ! 大負けして吠え面かくのはお前らの方じゃ!!」
「いや、ちょ、待っ……えぇ、えぇぇぇ!?」
今の話の流れだと、俺が対決するみたいだし!? てかヒロカちゃん、秘密言っちゃってるし!!
そこで俺と目が合ったヒロカちゃんが、おもむろに近付いてきた。
「……先生、大丈夫。私わかっちゃったんです。あの人、すでに先生が魔法を使えることに勘づいてます。あとたぶん、アマル・ア・マギカの魔法使いです。出で立ちや醸し出す魔力、それとギフトがいかにもって感じなんで。ほら、私ギフトが読めるので」
「そ、そっか。それでわかったんだね」
そうだった、ヒロカちゃんのギフトは日々成長しており、今では《恩恵読破》の力もあるのだった。
「彼女のギフトは《魔導目視》。魔元素や魔力の流れが可視化され、それによって人の魔法の使い方や狙いがわかるみたいです。戦闘の際にはおそらく、その力で相手の先手を取れるんだと思います」
ほう、魔力の流れが見えるのか。想像するに、それによって相手がどんな魔法を使い、どんな手札で挑んでこようとしているかわかるのだろう。スキルの方もわかるのだろうか? だとしたら中々に強力だ。
もしかしたらあの目隠しも、魔元素などが有事以外で見えないようにするためなのかもしれない。
しかし、だとしたら。
「俺に勝ち目ある!?」
「ええ、たぶん大丈夫です。先生に勝機があると思ったからこそ、私は宣戦布告しましたから!」
そこで、若干得意げに胸を張ったヒロカちゃん。今気づいたけど、魔女っ娘と違って服がぱつんぱつんだな。ま、教え子なのでまったく変な気は起きないが。
「これは私の読みですが、彼女は魔法の才能に恵まれた人です。だから先生みたいに論理立てて体系化したり、魔法の効果範囲をちゃんと言語化しようとしてきた人ではないと思います。そこに間違いなく勝機があります」
ヒロカちゃんの説明に、俺は耳を傾ける。
「先生がダイトラス王国で見せてくれた視線の技を使えば、たぶん絶対勝てます。あとは私が上手い具合に先生が有利になる条件を飲ませますから、任せてください。それであの人、ギャフンと言わせてやりましょう!」
「は、はぁ……」
両拳を握ってファイティングポーズを取り、俺へと微笑みかけてくれたヒロカちゃん。だが若干、俺はまだ心配だった。
「お待たせしました。条件の擦り合わせも済みました。先生が勝ったら、まずちゃんと名乗ること。そして先生に謝罪すること。この二つは絶対に守ってもらいます!」
「ふん、いいじゃろう。他にもなんでも叶えてくれるわ! ま、わらわが負けるわけないのだから、関係ないのじゃがな! その代わり、そっちが負けたら小娘、貴様はわらわの実験動物として一生こき使ってやるからの!!」
「望むところです!」
いやいやいやいや。向こうの出してきた条件も結構ドぎついけど、本当に大丈夫なの? 俺すげー責任重大じゃん……!
まぁ、教え子を守るために一生懸命やりますけど。
「対決方法はシンプルです。ダンジョン『ギレレーシュ大瀑布』にて、制限時間内に魔法でどれだけ魔物を狩ることができたか、その数を競います! いいですね!?」
「ふん、いいじゃろう! ここはわらわの庭みたいなもんじゃ、こりゃ間違いなく楽勝じゃな! ぬっはっは!!」
そうして俺は、なぜか正体不明の目隠し魔女っ娘と、ギレレーシュ大瀑布にて魔法対決をする羽目になってしまったのだった。
あぁ、マジでもうアルネストに帰りたくなってきた……。




