第42話 馬車に這い寄る謎の女
アマル・ア・マギカに近付いたことを伝える、ギレレーシュ大瀑布の圧倒的な風光明媚。
ダイトラス方面から続いた山々の間隙を抜けた先で、ギレレーシュ大瀑布はその荘厳な様相を、これでもかと言わんばかりに目に叩きつけてきた。その景色を一言で表すとするなら、間違いなく皆が『壮観』と答えることだろう。
「すごい……こんな景色、はじめて見ました! 感動……」
息を飲むヒロカちゃんと同様に、俺も思わず言葉を失くしていた。横にいたエデンダルト王子も、同じく滝の幻想的な景色に見惚れている様子だった。
「ギレレーシュ大瀑布は、世界有数の《超広域ダンジョン指定領域》だ。あらゆる階級の冒険者らが集まり、魔石の採掘や魔物の討伐、果ては大瀑布それ自体を楽しむ者たちまで。皆を受け入れ、跳ね除けてきた超一級のダンジョンだ」
感激を滲ませたまま語ったエデンダルト王子の横顔が、やけに印象的だった。
そんな皆の感動を受け、初日の特使団のキャンプ地はギレレーシュ大瀑布近くとすることとなった。魔法馬車を止め、その周りを囲うようにベースキャンプを張る。
「ここをキャンプ地とする!」
「先生、急にどうしたんですか?」
「いや、俺世代はこういうとき、これを言わないといけないことになってるんだ」
「? ふーん、そうなんですね」
突然の俺の叫びに、ヒロカちゃんは困惑気味。うーん、これたぶん伝わってないよね? どうでしょう?
「初日は魔法馬車の予想以上の走破能力のおかげで、ギレレーシュ大瀑布近辺まで辿り着くことができた。上手くすれば、明日の遅い時間にはアマル・ア・マギカへ到着することができるかもしれない。これは予定より丸一日早いペースで、至って順調ということ。今日は野宿にはなるが、皆ゆっくり休んでくれ」
エデンダルト王子の号令に合わせて、特使団の全員がリラックスムードへと突入した。
皆切羽詰まった現状をひとまずは忘れ、ひとしきり語らった。晩御飯を皆で支度し、囲み、楽しみ、それぞれで眠りにつく。ヒロカちゃんはまだテント泊では眠れないかもしれないということで、魔法馬車の客室内で横になることとなった。
俺や王子はダイトラス本国から持参したワインをたしなみ、適度に酔っ払って最高の気分だった。
「すー……すー……」
「…………」
飲みながら語らい、なぜかそのまま俺の隣で寝息を立て始めた王子。その美しすぎる無防備な寝顔に、若干だがドキドキした。
なんでイケメンの寝顔ってこんなにも美しいのでしょう……?
◇◇◇
「貴様、なにをしている!!」
「…………はふぃ!?」
翌朝。寝惚け眼を吹き飛ばすように、王子の叫び声が耳に響いた。
おいおいおいー。なんちゅーアラームだよ。
「……なんじゃ、初対面でその言い草は。どこの馬の骨か知らぬが、これはわらわが基礎デザインをしたもの。どこぞの小僧に制止される覚えはないわ、ボケナスが」
「ボ、ボケナス……! このダイトラス王国の正当なる王位継承者に向かって、ボケナスだと……!?」
まだ夢心地の寝起き脳を無理矢理起こし、必死に状況把握に努める。
えーっと、隣で寝ていた王子が、すでに立ち上がり剣を握っている。むむ、その切先の向く先には、わざとらしいほどに魔術師っぽい三角帽子を被った、目隠し姿の女性がふくれっ面で立っている。
……なんで目隠ししてるんだろう? 見えてんのかあれ?
「ふん、なにをわけのわからんことを抜かしよる。わらわに盾突いた愚民めが、魔力の濁流に飲まれて死ぬがいい」
おいおいおい、王子に向かってなんちゅー態度だよ。
てか寝起きでどんな展開よこれ?
「あのー……ちょっといいですか?」
「なむ!?」
そこでひょっこり顔を出したのは、魔法馬車内で寝ていたヒロカちゃんだ。あ、ポニーテールが若干寝癖ってる。カワイイ。
さすがの目隠し魔女っ娘(?)も、車内から人が顔を出したためか、驚いている。
「な、なんじゃ貴様! 小娘がっ! びっくりするじゃろうが!?」
「いや、朝からうるさいから何事かと思っただけじゃないですか! そっちこそなんですか急に!?」
突如口論を開始するヒロカちゃんと三角帽子の女性。どうやらヒロカちゃん、寝起きで機嫌が悪いみたいだ。
「びゃーびゃーうるさいのじゃ! とにかくだ、全員わらわに跪くがいいのだ! この愚民どもめがっ!!」
「なにが愚民ですか!? ちゃんと会話もせずに朝っぱらから怒鳴ってみんなの安眠を妨げてる方がよっぽど愚民ですよっ! 眠りを妨げることこそ人間にとって最悪の害悪ッ!!」
ヒロカちゃんは魔女っ娘ちゃんに負けず劣らず、中々の剣幕で反論した。もはやエデンダルト王子は置いてけぼりで、呆気に取られている。うん、ヒロカちゃんってば本当はかなり寝起きが悪いみたい。
「言わせておけばこやつ…………む? 小娘、おぬしさては妙なギフトを持っているな? 身体から妙な魔力が滲み出ている」
と、そこで魔女っ娘さんの醸し出す雰囲気が、これまでと違うものになる。どうやらヒロカちゃんの持つ『空気を読む』ギフトに気付いたようだ。……何者なんだ、この人?
「私は小娘じゃないです。ヒロカ・エトノワというちゃんとした名前がありますし、こう見えても【準勇者】なんです!」
「……ほう、その歳で準勇者とは。中々に見所があるらしい」
謎の魔女っ娘ちゃんは、ヒロカちゃんへの興味により、若干だが態度を軟化させはじめていた。どうやら、寝起きでバトルという最悪の展開は回避できたらしい。
それにしても魔女っ娘ちゃん、歳いったいいくつなんだろう?




