第41話 今回の目的と大賢者について
「まず今回の一番の目的だが……話す前に、お二人とは死線を共に乗り越え、深く信頼しているからこそ話すのだと、了解をしていただきたい」
「「わ、わかりました」」
真剣な表情で、エデンダルト王子はそう前置きをした。
俺とヒロカちゃんは一度顔を見合わせてから、同時に頷く。
「実は……現王、僕の父であるダイトラス三世がつい先日、病に倒れた」
「……言われてみると確かに、具合が悪そうでしたもんね」
「ああ。ただこれは家族の問題という尺度には収まらない、国際的な事情も絡む秘匿事項だ。なのでユーキ殿の手紙に書くこともできなかった。ぶしつけなお願いとなってしまい申し訳なかった」
「そんな事情があったなら仕方ないですよ」
王子の言う通り、国のトップの体調が悪いというのは、俺なんかが想像する以上に隠しておくべきことなのだろう。時代や情勢によっては、その隙を突いて攻め込まれる危険や、国家が大混乱に陥って立ち行かなくなったりといったことがあり得るのだろうから。
「医者の見立てでは、不調の原因は不明。病状は一進一退といったところだそうだ。なんにせよ国としては、迅速に対処する必要に迫られていた」
そこで王子は、一度唇を噛むような仕草をした。実父の容態を思い、悔しさを滲ませている様子だった。
「最終的に、王を確実に回復させることができるのは、アマル・ア・マギカにいる高名な回復魔法使い【大賢者】ぐらいだろうという結論が出た。そこでダイトラス王国は、マギカ国へと特使団を派遣することを決定した。我々の最重要任務はマギカ国側と交渉し許可を得、大賢者ご自身をも説得したうえで、共にダイトラス本国へと連れ戻ることにある」
王子から聞いた目的に、俺は思わず息を飲んだ。
魔法先進国アマル・ア・マギカの大賢者の名は、レイアリナさんに代表される【勇者】に匹敵、もしくは凌駕するレベルで世界に轟く称号である。
超一流の魔力運用力を持ち、あらゆる魔法に精通し、ギフトなどにも通ずる様々な知見と見識を持つ賢人――その条件を満たす者だけが、大賢者と呼称されるとされていた。
「ただ、その大賢者様というのがかなり曲者らしくてな……。魔法に関連する能力をとにかく重要視するマギカ国において、絶大な影響力を誇っているのにも関わらず、あまりに協調性がなく、無軌道で身勝手に出奔していることすらもあると聞いている。そこで、だ――」
エデンダルトがあえてゆっくりと言葉を紡ぎ、俺たちの方へと視線を動かした。
「交渉役として、私の出番ってことですね!」
隣のヒロカちゃんが、王子の意図を察して声を上げる。
本当、彼女はとてつもなく察しがいい。もはやおそろしいほどである。
「その通りだ。ぜひ交渉の席ではヒロカ殿のギフトの力を存分に発揮し、相手の気配やムードを読み、僕の補佐をしていただきたいと考えている」
「お任せください! 存分に役に立ってみせますよっ! 先生の魔法ライセンスだってかかってるわけですし!」
勢い込んで決意表明するヒロカちゃん。
うぅ、そんなにキラキラした目で俺を見ないで?
「さらに言えば、マギカ国は魔法と並行してギフトの研究にも積極的に取り組んでいると聞く。そういった点を考えても、変わったギフトを持つヒロカ殿自身が、向こうの興味を引く存在であるということが言えるだろう」
「え、それはヒロカちゃんをモノ扱いして――」
「おっと、すまないユーキ殿。ただ今のはヒロカ殿を悪く扱おうという意図はないのだ。ただ単純に、それだけマギカ国にとってはヒロカ殿が価値ある人物となり得る、というのを伝えたかっただけだ。不快にさせたならすまない」
「先生、王子はずっと私を気遣って話してくれてますから安心してください。大丈夫です! ま、そういう風にずっと想ってくれてるのは、まんざらじゃないんですけどね、えへへ!」
てらてらと笑うヒロカちゃんに、俺は若干気恥ずかしくなる。うむむ、ちょっと教え子の尊厳を守ろうと目を光らせすぎか? 前にも王子には一回食ってかかってしまったし。俺もちょっと反省しないと。
「それともう一つの大事な用件、ユーキ殿が魔法使用のライセンスを取得することだ」
「そうそう! 大事、ちょー大事です!」
王子とヒロカちゃんが、どうしてか俺のことで盛り上がっている。
いやいやいやいや。本当、なんか恐れ多いですって。そんなに俺が堂々と魔法を使えた方がいい理由あります? ない気がするなぁ。
「アマル・ア・マギカが唯一、国際的に効力を持つ魔法使用ライセンスの発行ができる国だ。一般的には魔法筆記試験、魔法実技試験、魔法倫理検定といった三段階での使用許諾行程があるが、事前に書面でユーキ殿の功績と実技レベル、高い倫理基準を先方には共有済みだ。あとはマギカ国が立てた鑑定人との面談のみとなっている。面談に際してはいささか時間を取ってしまうので申し訳ないが、それさえ済ませればユーキ殿は、晴れて公に魔法が使用できるようになる」
「すごいすごい! うわー、楽しみだなぁ」
「そこまでして……いやー、本当にありがとうございます」
相変わらず、エデンダルト王子は手抜かりなく事前準備を済ませてくれていたらしい。ヒロカちゃんはすでに俺がライセンスを取得した未来図を想像し、目をキラキラさせていた。
はぇぇ、本当に何から何まで気をかけてもらって、ありがたい以外の言葉がない。
「王子、本当に俺……どんなお礼をすればいいやら」
「ふふ、まぁあまり気にしないでくれ。ただ少し手伝ってほしい個人的な頼みがあるぐらいさ」
「個人的な頼み?」
「ああ。まぁそれについては追々お話させていただきたい」
そんな風に言い、エデンダルト王子は柔らかく微笑んだ。わおイケメン。そして『個人的な頼み』と『まぁ追々』。仕事ではよく飛び交うが、こうして聞くとやはり怖い言葉だ。急に変な仕事振られる前の常套句だからね! みんなも近くの人がこれ言い出したら全力で逃げた方がいい! 俺は逃げられないけど!!
あぁ、またアルネストに戻ってすぐ、王子から召集令状届いたら嫌だな……。
「わぁぁ! 先生、すごい! 外、外っ!! すごいです!!」
「え、なになに?」
と、そこで突如ヒロカちゃんのテンションが爆上がりし、俺の肩を激しく揺さぶってきた。まぁまぁ、落ち着きなさいな。
ヒロカちゃんに促されて、俺は小窓から外を覗き込んでみた。
「うぉ……すっげ」
「ね! 大っきな滝っ!!」
「もうこんなところまで来ていたのか。さすが魔法馬車だな」
目線の先に広がっていたのは、誰もが知るアマル・ア・マギカの名物的風景。
――ギレレーシュ大瀑布だった。




