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第40話 特使団、出立

「ここから先が王の間だ。話は僕の方で進める。なのでお二人はただ跪き顔を下げていてくれればそれでいい。……すまないな、こちら側の通過儀礼に付き合わせてしまって」

「い、いえいえー」「ぜ、全然大丈夫です!」


 豪華な王城の廊下を歩みつつ、エデンダルト王子から謁見の注意事項を聞いた俺は、ひとまず深呼吸をした。

 王様に会う云々もそうだが、まずこのとんでもなく高そうな絨毯を踏んで歩いてるのが落ち着かない。隣に並んで歩いているヒロカちゃんも、どこかソワソワした様子だ。


「エデンダルト、入ります」


 が、こちらの心の準備ができる間もなく、先頭を行く王子が一際大きな扉を開けた。その先の空間は、廊下など比べ物にならないほどの豪華絢爛さで、目がチカチカするほど金銀の装飾が施された部屋だった。これが一国の王の部屋……はぇぇ、とんでもねぇや。


「……その者たちが、そなたが信頼し、特使団に加えんとする者たちであるか」

「ハっ。この者たちが特使団に加われば、必ずマギカ国との交渉を迅速にまとめ、【大賢者】を連れて来ることができると確信しております。此度の任務、必ずや成功させてみせます」

「ふむ。良き返事だ。期待しているぞ、エデン…………ゲホ、ゴホッ!」

「っ! 父上っ!」


 と、そこでエデンダルトは離れた玉座へ歩み寄ろうとしたのだが。


「公的な場です。控えなさい、エデンダルト王子」

「……失礼した。ビスチェル宰相殿」


 踏み出したところで、やけに艶っぽい女性の声が響き、エデンダルトは歩みを止めた。俺は顔を上げないままで視線だけ動かし、さらっと状況を確認した。


 王の玉座は、部屋を一段高く上がったような場所に鎮座している。その高いところの境界線には、薄いレースの幕のようなものが下がっている。そのため、向こうの様子があまりよく見えず、王らはシルエットのような見え方になっていた。

 玉座の隣に、先程の声の女性がいるらしい。かなり背が高く、シルエットだけでも身体の凹凸が激しい、魅惑のスタイルの持ち主であるのがわかった。


 ただ、幕の向こうではなにやらお香か何かが焚かれているらしく、そのせいではっきりとした姿は窺えなかった。


 ……うえ、なんかあの煙、すげー匂いだ。職場に香水ぷんぷんで来てた二年先輩の女性社員を思い出す。あの人いっつも仕事しないでクソ上司に媚び売ってばっかいたっけなぁ。あーイライラを思い出させる匂いだわこれ。


「こほっ、けほ」


 と、そこで隣のヒロカちゃんも煙を吸ってしまったのか、小さくむせっていた。

 もう少しの辛抱だから、耐えよう――俺が目線を送ると、ヒロカちゃんは小さく頷いた。


「では、行って参ります」

「うむ……頼んだぞ、エデンダルトよ」


 ヒロカちゃんの咳を聞いていたのか、そこでエデンダルトが話を切り上げて退出を促してくれた。

 ふぅ、ようやく終わった。なんで偉い人と会うのってこんな疲れるんだろう。


「……? ヒロカちゃん、どうしたの?」


 王の間を出て少し歩いたあと、ヒロカちゃんが扉を振り返り、そこへ訝しげな目を向けているのに気が付いた。


「あ、いえ……」

「あの匂い、きつかったねぇ」

「先生もですか? そうですよね。あと、あの煙……なにか妙な力があったみたいです」

「え?」

「あの煙……私のギフトを遮断してるような感覚がありました」

「…………?」


 ヒロカちゃんから発せられた言葉に、俺は言いようのない不安感を抱く。なぜ、王の間でそんなものを? ……外交の際、手の内を晒さないために、とかなのかな?


「ユーキ殿、ヒロカ殿! 支度が終わり次第すぐに出る! 急いでくれ!!」


 が、王子の急かす声に呼ばれてしまい、思考は途中で遮られ、忘却してしまった。


◇◇◇


 ダイトラス王国を発った俺たちは、マギカ国へと続く最短ルートである北東の山間部を、魔法馬車に乗って進んでいた。馬車は二台で、もう片方にはエデンダルトの護衛として、騎士団の者が数名乗り込んでいる。

 アマル・ア・マギカへは三日ほどの旅程らしい。全体としては交渉に一日、帰路に行きと同じく三日。予備日として二日を取り、合計九日間の特使団派遣となっている。シーシャには使者を通じて通達済みだ。


「それにしても、エデンダルト王子も色んなところに引っ張りだこ(?)で大変ですねぇ」

「まぁ、それが僕の仕事であり責任だからね。そこまで苦ではないよ」

「いやはや、立派だなぁ」


 馬車の対面に座るエデンダルト王子と、世間話に興じる俺。おっと、つい親近感が湧いて馴れ馴れしい相槌を打ってしまった。冷や汗が出そう。


「それにしてもこの魔法馬車、すごいですね」


 そこでヒロカちゃんがすかさず話に割り込んだ。おそらく俺の馴れ馴れしさを紛らわすためだろう。あぁもうなんてこの子はありがたいのかしら。


「やはりヒロカ殿でも驚くものか。僕も今回はじめて乗ったんだが、確かにすごいものだこれは。なにせ馬ではなく魔力を動力として動くのだからな。本当にマギカ国の魔法技術力には驚かされる」

「ある意味もうこれ、馬車じゃないですもんね」

「ハハ、確かにそうだな」


 どこか嬉しそうに、自分の座っている魔法馬車のソファをトントン、と叩く王子。なんだか少し子供っぽい仕草だな、と思ったが、実際まだエデンダルト王子は若者といって差し支えない年齢なのだろう。

 現王のダイトラス三世はすでにご高齢であり、エデンダルト王子は遅く生まれた子だそう。聞いた話ではすでに母親である王妃は彼を生んですぐに亡くなっているらしい。


 うぅ、そう考えると不器用ながらもこうして頑張っているエデンダルト王子が物凄くイイヤツに見えてくる。初見でイケメン爆発しろ的な態度(?)取っちゃってごめんね。


「この魔法馬車は、アマル・ア・マギカと国交を樹立した際、友好の証としてダイトラス王国に贈与されたものだ。これまでは王国の宝物庫に安置されていたのだが、今回先方への儀礼の意味も込めて、実際に乗っていくこととなったのだ」

「へぇ。確かにこれを贈った国からしたら、それに相手が乗って来てくれた方が嬉しいですもんね!」


 盛り上がるヒロカちゃんと王子。うむ、なんとも微笑ましい。

 そうか、もしかすると二人の年齢は俺が思っているより近いのかもしれないな。


「おっと、無駄話にばかり付き合わせてしまいすまない。念のため、二人には今回の主たる目的と、アマル・ア・マギカについてお話しておきたい。よろしいかな?」


 ひとしきり談笑したあと、王子はキリっとした表情に切り替えてそう切り出した。

 俺とヒロカちゃんも居住まいを正し、王子の話に耳を傾けることとなった。



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