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第37話 不気味な女宰相

 真紅のカーペットが敷かれたダイトラス城の廊下を、エデンダルトは速足で進んでいた。後方からは、腹心セスナ・アレイアスが少し遅れてついてきている。

 エデンダルトの本音としては今にも走り出したい気持ちだったが、正当なる王位継承者として浮足立ったところを家臣に見せるわけにはいかなかった。


「父上!」


 城の中でも一際豪奢な扉を開けると、彼は躊躇なく叫んだ。

 目線の先には、天蓋付きのベッドに臥せるダイトラス三世――エデンダルトの実父、ディランダル・ダイトラスがいた。


「お静かになさい、エデンダルト王子。王の身体に障ったらどう責任をお取りになるつもりですか?」

「……これは申し訳ない。ビスチェル女史」


 エデンダルトを窘めたのはダイトラス王国の女宰相、ディルビリア・ビスチェルである。王の臥せるベッドサイドに我が物顔で腰掛け、まるで妻であるかのような立振る舞いを見せていた。


 そこにいるべきは貴様ではない――エデンダルトは平静を装っていたが、内心ではディルビリアのおこがましいほどの態度にハラワタが煮えくり返っていた。


「ビスチェル様、王の容体はいかがでしょう?」


 エデンダルトの業腹を察したのか、隣のセスナが冷静に尋ねた。

 ここ数日の間、ダイトラス三世はあまり体調が優れない中で政務をこなしていたのだが、ついに今朝方に倒れたと報せがあったのだった。


「医者にも見せましたが、原因は不明だそうです。ひとまずは対処療法を施すことしかできないと言っていました。もしかしたら、勇者召喚失敗の心労などが祟ったのかもしれませんね」


 ディルビリアはさも我関せずといった風に、事も無げに言った。


「……勇者召喚の有用性を強硬に主張し、王に実行の決断を迫ったのはビスチェル女史、あなただと伺っておりますが?」


 無関係を気取った彼女の態度に我慢できず、エデンダルトは嫌味を吐く。


「ええ、確かにワタクシは勇者召喚をすべきだと王に進言いたしました。ですがそれは、あくまでも国家運営に関わる者の一意見として述べたにすぎません。それを実行するという判断を下したのは王ご自身です。ということは、エデンダルト王子はその判断を下した王を批判しているということになりますね」

「そ、それは貴殿のこじ付け――」

「王子。ここは冷静に」


 そこでセスナが会話に割って入った。『深呼吸するんだ、エデン』という目配せに、エデンダルトはギリギリで理性を保つ。

 クソ! 父はなぜこんな食えぬヤツを宰相などに……!

 エデンダルトは苦々しい思いを噛み潰すようにして、大きく息を吐いた。


「ビスチェル様、申し訳ございません。召喚勇者の事後処理等で、エデンダルト様もここ最近は多忙を極めておりまして。少し気が立っておられるのです」

「フフ、セスナはエデンダルト王子のことをよく理解していらっしゃるようですね。ワタクシにも王子のご機嫌取りのコツを教えていただきたいものだわ」

「ビスチェル殿、それは僕を愚弄しているのか!?」

「エデンダルト様。もう一度言います。冷静に」


 挑発的なディルビリアの笑みに、再び堪忍袋の緒が切れるエデンダルト。もしこの場にセスナがいなければ、最悪剣を抜いてしまっていたかもしれない。


「状況を整理すると、王の病状に対しては現状、手の施しようがないということですか?」

「正確に言うと、今の我々には、ということです」

「と、言いますと?」

「《アマル・ア・マギカ》にいる、高名な回復魔法使いである【大賢者】ならば、あるいはこの症状も根治させることができるかもしれない、とも医者は話しておりました。ちょうど、あの国とは近々魔法関連の会談予定がありましたね?」

「……ええ」


 エデンダルトはようやく冷えてきた頭の中で、外交関連のスケジュールを思い出していた。


「そこで、です。エデンダルト王子には、アマル・ア・マギカへ特使団として、諸々の交渉をしに行っていただきたいのです」

「……僕が、マギカ国へ?」


 唐突なディルビリアからの提案に、エデンダルトは思考を巡らせる。

 病に臥せる実父のため、自分ができることはしたいという純粋な気持ちと、これ以上自分がダイトラスを留守にし、この女狐の暗躍を許すのは得策ではないという思い。


 ……しかしエデンダルト前々から、アマル・ア・マギカへと赴きたいと考えていた。魔法先進国であるかの国の技術や風土を実際に足を運んで体験し、自国の発展へ還元すべきという宿願があった。


 そして同時にエデンダルトは、一人の青年の事を思い出していた。

 召喚勇者を連れ戻す際、辺境アルネストにて出会った冒険者指導員チュートリアラー――ユーキ・ブラックロック。


 命の恩人であり、底知れぬ力を秘めた実力者。そんな彼へ、今回の派遣で恩返しができるかもしれない。そんな想いがエデンダルトの胸に去来していた。


「……了解した。僕がアマル・ア・マギカへ行こう。ではさっそく特使団の編成をはじめるとする。ビスチェル女史、セスナ、留守をよろしく頼む」

「御意に。エデンダルト王子」

「フフ、よろしく頼みますよ」


 王の苦しみを鑑みることもなく、その横で妖しく微笑んだディルビリアにエデンダルトは不気味な気配を感じた。

 しかし確かに、ここでいつまでも手をこまねいているのも彼の性には合わない。そうと決まれば、善は急げである。


 エデンダルトは王の居室を出てすぐに、特使団に加えたい者の名前をリストにまとめさせた。


「マギカ国へ行き、交渉し許可を得たうえで【大賢者】を連れて戻ってくる。……あとは、ユーキ殿の魔法ライセンス発行か」


 エデンダルトはユーキへと送る手紙の文面をイメージしながら、王城の長い廊下を歩き進んでいった。


◇◇◇


 エデンダルト、セスナの去った王の居室にて。

 服を脱ぎ去り、裸体となったディルビリアが、王に絡みつくようにしてベッドに入り込んでいた。


「王、気分はいかがですか?」

「あ……あぁ…………ディルビリア、余は……」

「フフ、あなた様のご子息は本当に……御しやすい」


 抜け殻のような表情をした王の横で、その妖艶な肉体をくねらせ寄り添うディルビリア・ビスチェル。その姿は政務を預かる宰相と言うより、身体で男を堕とす娼婦のそれと言えた。


「王よ、ご安心ください。あなたの命も、この国も。全てワタクシが()()()()面倒を見て差し上げますからね。――フフフ、フハハハ!!」


 ディルビリアの紅い唇が、死神の大鎌のような形に歪んでいた。



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