第36話 早すぎる召集令状
「では……開けます」
「は、はい!」
業務終了後の、俺の自室にて。
俺は小さなテーブルをはさんで、ヒロカちゃんと向かい合っていた。テーブルの上に、エデンダルト王子からの手紙を開く。
手紙は、正確には俺とヒロカちゃん宛てだった。なので俺の仕事と、ヒロカちゃんの魔石採りが終わるこの時間帯まで、開封は待っていたのだった。
なぜ自室で開封をしているのかと言えば、それは宛先的に『準勇者へと送った』可能性があったためだった。
ヒロカちゃんが公的に準勇者となったのは周知の事実だが、もし手紙の内容に俺を準勇者として扱うような文言があったら、面倒なことになる。
なのでこうして部屋に集まってもらったのだった。
……え? 女の子部屋に入れたのなんてはじめてだろって? いやいや別にはじめてじゃねーし!? 前世だって何回かあったし?! まぁJKははじめてだけどな!!
ともあれ王子からの連絡には、嫌な予感しかない。また俺のスローライフを揺るがすような、変なことに巻き込まれるんじゃないだろうか?
「えーっと、なになに……」
「あ、ちょ、私も読む!」
俺は文面に目を走らせようと手紙をつかむ。するとヒロカちゃんも負けじと身を乗り出し、隣から覗き込むように顔を寄せてきた。
……いや近い。なんか近いよ。そんなに顔近づける必要ある? 還暦(中身)としては若干口臭・体臭が気になっちゃう距離感だぜ!
「ふむふむ……え、これって」
どうでもいいことを気にしていた俺を差し置き、内容を読んだヒロカちゃんが驚いた顔をした。俺も慌てて、文面に目を走らせる。
手紙に書かれていたのは、端的に言うと以下のような内容である。
『僕はある理由から、魔法先進国の《アマル・ア・マギカ》へ特使団として赴くこととなった。そこでその特使団にユーキ殿、ヒロカ殿も参加していただき、ぜひマギカ国までの同行をお願いしたい』
……うわめんどくせー。絶対すぐ終わらねーやつーこれー。
「先生、すっごいイヤそう。顔に出すぎ」
「は、はは……あんまり乗り気ではないね」
ギフトによって空気を読んでしまうヒロカちゃんに嘘をついても仕方ないので、俺は正直に白状する。だってめんどくさいじゃん……。
強いて言えば、ちょうど魔法の効果範囲に関する研究を進めているところなので、その勉強にはなりそうではあるが……ちょっとめんどくささが勝つな。
「でもほら、二枚目以降を読んでみてください。エデンダルト王子、先生のことを気遣ってくれてるみたいです」
「え、どれ?」
ヒロカちゃんに促され、まだ読んでいなかった後半部分を読む。
そこにはこんなことが書かれていた。
『ここからは他者のいない場所で読んでいただきたい。
まず前提として、ユーキ殿が魔法を使えることは秘匿事項ではある。が、僕はキミのような有能な者には、存分に力を発揮できる環境が与えられて然るべきだと常々考えている。
これはそういった環境作りを国ができてこそ、将来の大きな国益が生まれるのだと僕が信じているからに他ならない』
「王子は本当に真面目だなぁ」
一言呟いてから、先を読んでいく。
『それを踏まえて、僕はユーキ殿が、遠慮なく魔法を使用できるよう取り計らうべきなのではないかと考えていた。そんな中で今回、アマル・ア・マギカへの特使団派遣の計画が浮上した。
もしキミがこれに同行してくれた暁には、僕の権限を最大限駆使してアマル・ア・マギカ側と交渉し、ユーキ殿への魔法使用ライセンスを発行してもらおうと考えている。
もし依頼を受けてもらえる場合は、指導員の代役もこちらで手配し派遣させてもらうので、そこは安心してくれたまえ』
王子らしい、真面目で実直な文面。
……いやありがたいよ。ありがたいんだけども。
ちょーっとだけありがた迷惑かなぁ!?
「これが実現すれば、私は堂々と先生から魔法を習えるってことですよね!? それめっちゃ嬉しい! てかエモっ!!」
が、俺の気分を察することなく、目の前できゃぴきゃぴしだすヒロカちゃん。へぇー、エモいってこういうときに使うんだね。勉強になります。
じゃなくて。
「いやでもヒロカちゃん、それだったら俺に教わるよりさ、アマル・ア・マギカにいる高名な魔法使い――【大賢者】から直接教わる方がいいんじゃないの?」
「イヤです。前も言いましたけど、私は《《先生の魔法が》》教わりたいんです!」
俺としては、自分が同行する理由を少しでも減らして断れたら、などと考えていたのだけれど。……ヒロカちゃんの言葉によって、逆に増えてしまうのだった。
……こんな風に教え子に真っ直ぐ言われちゃったら、大人として行かないわけにはいかなくなっちゃうじゃないか。
「はぁ……わかったわかった、行くよ。行けばいいんでしょ」
「やったー! 先生と旅行だー!!」
「こら、旅行じゃないでしょ。ある意味ではお偉いさんから急に振られた仕事みたいなもんなんだから、いつもより真面目にやらないとまずいかもよ?」
「うー怒られた。はーい……」
旅行気分ではしゃぎだしたヒロカちゃんを、一応叱っておく。
彼女はもはや準勇者で、もしかしたら王国の方でも肖像画などが作られ、知名度ばかりが独り歩きしている可能性もある。
そういう意味では今回、俺は彼女の保護者でありボディガードのような振る舞いもしなければ。有名人は謂れのない悪意に晒される場合が多いからな、できる限り守ってあげなくちゃな。
「なんにせよ、楽しみですねっ!」
……ただ、カワイイ教え子の笑顔の前では。
俺の厳しい態度は長続きしなかった。
いかん、甘やかしすぎだろうか……?




