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第35話 チュートリアラーは生徒の疑問に答えたい

「これをこう考えると……いや、でもそうなると……んー」


 俺は仕事の休憩時間中、食堂で帳面ノートを広げて唸っていた。

 昨日はつい飲んでしまったのだが、今日はしっかりやるべきことをやろうと思い、頭の中を書き出し整理しようと努めていた。

 実は今、密かに新しい技術の理論構築を進めているところなのだった。


 それはなんの技術かと言えば。

 結論から言うと《魔技マギ》の《《効果範囲》》についてのものだ。


 なぜ、こんなことを考えはじめたのかと言えば、理由は簡単。以前ヒロカちゃんに「魔法ってどこまで届くんですかね?」と聞かれ、きちんと答えられなかったのが発端だ。

 これは当然、他者に聞かれる心配のないダンジョン内で交わした会話なのだが、ヒロカちゃんに言われてはじめて、俺も言語化されていない部分であると気が付いた。


 もし、そこを掘り下げて言語化し理論を構築したうえで、指導できる形にまで落とし込むことができれば。

 もしかしたら俺自身、大きなレベルアップに繋がるのではないかと思い、今こうしてつらつらと言語化したことを書き連ねているのだった。


「ちょっと読み返してみるか」


 殴り書きした単語群を、あまり深く考えずにボーっと眺めてみる。ぺらぺらぺらと、テキトーにページをめくっていく。


 まずは単純に『スキルと魔法の効果範囲』の分類。超ざっくりと言うと、《スキル》は『使用者自身の身体』が効果範囲であると考えていい。

 スキルは使用者の肉体を強化したり、五感を鋭くしたりするものがほとんどだ。熟練した者はその上限値が高かったり、もしくは同時に数ヵ所でできたり、全身で発揮できたりと言った感じ。


 対して、問題なのは《魔法》だ。

 これはあくまでも《《俺がわかる範囲の魔法知識》》となってしまうためほぼ仮定となるが、魔法は『使用者の魔力が届く範囲』までが効果範囲となると考えられる。

 要するに、使用者の魔力が、環境、外的要因へ干渉可能な距離までが範囲、ということ。言うなればその範囲の限界が、魔法の限界射程とも言い換えることができる。


 ただ、俺は今まであまり魔法を特訓してきていない。これは当然、公的に魔法を使用できる許可ライセンスを俺が得ていないからに他ならないが、そのせいであまりに試行回数が少なく、得られている情報がまったく足りていない。


「図書館にも行ってはみたんだけどなぁ」


 足りない知識を外から得るため、各国の写本などがある図書館にも足を運んだ。そこで魔法先進国である《アマル・ア・マギカ》から流通した書物を読み漁り、自分なりに調べてはみたのだ。

 だが、それらのどこにも魔法の効果範囲や射程に関する記載は、ほぼほぼなかった。


 ただ一つ、ヴィヴィアンヌ・ライヴィエッタという著者が書いたものにのみ、『魔法という現象の効果が及ぶ範囲は、基本的に魔法使用者の目視、視野の範囲内と考えてよい』との言及があったぐらいだ。


 しかしだからこそ、魔法の効果範囲を意識して言語化するということは、研究や追及に値することなのではないかとも思った。


 個人的には、こういう言語化されていない疑問や難題にぶち当たると、俄然思考することが楽しくなり、作業が捗ってくる。


「ユーキ、お疲れ」

「お、おうシーシャ。お疲れ様」


 と、そこで同じく休憩に入ったらしいシーシャが食堂にやってきた。さすがにシーシャと言えど魔法についての研究を見られるわけにはいかず、ちょっと隠すような感じになってしまった。


「……なんだ、その動き。見られてまずいものか?」

「い、いやいや、全然そういうんじゃ……」

「あ、ギルド長。ユーキが職場にエロ本持ってきてます」

「違います噂になるからやめてええええ!」


 シーシャにいじられ、俺は大人の男にあるまじき焦り方をしてしまう。

 が、よく考えると今日はギルド長は出張中。騙された!


「実は……ギフトの効果範囲について考えてたんだ」


 俺は咄嗟に、《《魔法》》ではなく《《ギフト》》ということでシーシャに相談することにした。魔法もギフトも、体内の魔力を使って行使するのは一緒だ。ということは、魔法的なギフトであれば効果範囲の考え方も、ほぼ同じと考えていいはずと思ったのだ。まぁ、あくまで仮定の話ではあるが。

 ただこれなら、ある意味で《《業務の延長線上》》とも考えられるし、気兼ねなくシーシャに相談もできるしで一石二鳥なのだ。ナイス、俺の機転!


「効果、範囲……。要するにギフトがどこまで届くのか、ということか?」

「そうそう。簡単に言えばね」

「考えたこともない。わたしはギフトは……うん、考えたこともない」


 そこでシーシャは、木皿に載ったベーコンとチーズのパンにかぶりついた。またリスみたいになっている。


「だよなぁ。でも誰も考えたことがないところだからこそ、考え抜いてある程度の理論にできれば、新しい技術として確立できるかもしれないし、何より今後の指導に活きるんじゃないかと思ったんだよね」

「ふふん、ヒロカにもいい顔できるしな」

「ゲフンゲフン。そ、そんなんじゃないって」


 シーシャに図星を突かれ、若干気恥ずかしくなる。

 まぁ確かに、そういう気持ちがゼロではない。


「俺たちもギルド職員として、結構色んなギフトを見てきたじゃん? で、その中でも外や他人に向けて使うタイプのものとか、魔法っぽいものとかもあったじゃない? 要はああいうギフトの効果が及ぶ範囲とか、指向性とかってどうやって決まってるんだろうなぁ、と思って、研究しはじめたんだよ」


 たとえば、ヒロカちゃんの『空気を読む』。当然だがこの世界全域の空気を読んでいるわけではない。おそらくは自分の周辺、またはヴィヴィアンヌさんとやらの書物の文言を借りれば《視野内》といったところだろう。

 そう考えると、基本的には魔法などの範囲も、それと同程度――視野の届く範囲、ということになる。


「確かに、その辺りのことまでアドバイスできる冒険者指導員チュートリアラーがいたら、どこでもやっていけるな」


 シーシャがもぐもぐとパンを咀嚼したあと、無表情に言う。そう、この研究は俺の安心・安全のチュートリアラーライフを、さらに盤石にする意味でもやる価値のあることと言えた。


「ユーキさん、お手紙届いてますよ」

「あ、はーい」


 と、そこで他職員の方が俺宛の手紙を届けてくれた。

 そろそろ休憩終わりだな、と思ってパンとスープを口にかっ込みつつ、手紙の裏を見て送り主を確認する。


「……まさか、早々の呼び出しじゃねーよな」


 そこに書かれていた名前は。

 ――ダイトラス王国第二王子、エデンダルト・ダイトラス。


 ダイトラス王国の正当なる王位継承者からの手紙だった。



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