第33話 エピローグ
「……ふぅ、馬車が見えた」
ようやく本隊を視界にとらえ、俺は思わず安堵する。
聖魔樹海、混沌層にて召喚勇者パーティーとのゴタゴタを解決し、俺はエデンダルト王子を背負って帰路を辿っていた。
ちなみにだが全能感小僧ユウト(勝手に命名)は魔解石の枷を取りつけた上で縄で縛り、自分の腰に巻き付ける形で引きずって来ている。間違いなく岩肌と擦れて皮とか剥けまくってるだろうけどしらね。
「ユーキ……殿……」
「あ、王子。気が付きましたか?」
と、背中から声。どうやらエデンダルト王子が目を覚ましたようだ。
「召喚勇者らは……ジョーガサキは、どうなった?」
「大丈夫、一件落着しました」
目を覚ましてすぐ、自分の身体のことではなく国の難事の心配。さすが王子、責任感の強い人だな。
「ところで、ユーキ殿……貴殿、魔法を使っていなかったか?」
「ギクゥゥ!?」
突然想定外のことを切り出され、俺はお間抜けリアクション。ま、まさかユウトボコりシーンを見られてしまっていたとは……まずいぞ。
何がまずいかと言えば、エデンダルト王子は一国家の意思決定に関われるほどの超絶VIP。要は俺が魔法を使用できることを公にし、法で裁くことなど造作もない言うこと。
こめかみの辺りを、嫌な冷や汗が流れる。
「やはり、僕の見間違いではなかったようだな……」
「お、王子。その、別に俺は教会の秘匿してる教典を盗んだとかではなく、たまたま業務の延長線上、円滑かつ精度向上を目的に研究をしていたら、たまたまやり方に気付いちゃったというか、その——」
「……大丈夫、心配いらない。キミは、僕の命の恩人……不問とする」
「えっ」
生真面目で正義感の強い王子からの意外な言葉に、俺はつい拍子抜けした反応をしてしまう。
「……うん、だいぶ身体の痛みが引いたようだ。自分で歩ける、ユーキ殿、降ろしてくれたまえ」
「あ、わかりました」
言われ、俺は背負っていた王子を降ろした。まだ火傷の痕が痛々しいが、気丈に背筋を伸ばした姿は凛々しかった。
「それにしても……侮れない男だな、キミは。辺境で一介のチュートリアラーにしておくのは勿体ないよ」
「い、いやいや。俺は大したことしてないですよ……」
実際のところ、地竜はほぼレイアリナさんとエデンダルト王子が倒したようなものだし、悠斗だってヒロカちゃんの機転のおかげでなんとかなったのだ。俺はぶっちゃけ、皆の周りをウロウロしていたおまけにすぎない。
「本来は一部の特権的な者しか使えない魔法を使いこなすうえ、一人の冒険者志望者を短期間で勇者と並び立つほどのレベルに鍛え上げたのだ。ヒロカ殿は召喚勇者でギフト持ちとは言え、それでも偉業と言えるレベルのことだ。奇跡と言っても過言ではない。その奇跡の種を蒔いたのが、言わばキミだろう」
「いやいやいやいや! それはヒロカちゃんが優秀なだけです。俺はただ基本的なことを伝わるようにできる限り言語化したり、トレーニングに付き合って基礎の動きが身につくのを手伝ったまでです」
うん、実際そうなのだ。俺は別に特別なことをしていない。他のギルドのチュートリアラーも、俺ぐらいの指導力は普通にあるだろうし。情報共有とかしたことないからわからんけど。
「増長せず、あくまで謙遜する、か……。もしかしたらそのような姿勢が、ヒロカ殿の成長を促進したのかもしれないな。僕も今回のことで、色々と学ばせてもらった。言いたいことを言いたいように言うだけでは、人を動かすことはできないのだと。ユーキ殿のような目線や視座は、僕にはなかった。見習いたいものだよ」
「そ、そんな。恐れ多いですって」
ダイトラス王国の正当な王位継承者に、なぜか高評評価いただいてしまった。が、間違いなく買い被りなので、非常に恐れ多い。
「もしユーキ殿がよければ、ぜひ我がダイトラス騎士団を一から鍛え直してほしいところだ。キミの指導力があれば、騎士団をさらに上のレベルに引き上げてくれることだろう」
「えっ、いやいや! 俺はアルネストでの生活が気に入ってるんで、そこ以外の場所で仕事をするってのはあんまり考えてなくて……」
「そうか。それは残念だな」
目に見えてしゅんとしてしまった超絶イケメンの横顔に、若干心苦しさを覚える。
「先生っ!」
と、そこでこちらに気付いたヒロカちゃんの、俺を呼ぶ声。
なにはともあれ、これでひとまず安全な帰路につくことができそうだった。
「アルネストに、帰りましょう」
◇◇◇
聖魔樹海遠征を終え、無事にアルネストへと帰還して数日。
傷の癒えたエデンダルト王子は、同じく回復したレイアリナさんを護衛とし、本国へ召喚勇者たちを護送することとなった。
俺はシーシャと共に、見送りがてら皆の準備を見届けていた。すでにレイアリナさんは準備を終え、町の外へと出ているらしい。彼女は聖魔樹海で《暴風乙女》に不覚を取ったのが悔しかったらしく『早く帰って自分を鍛え直したい』と目を血走らせていた。さすが勇者、メンタルがハンパじゃないぜ。
悠斗をはじめとし、ショーゴ、ヒロキ、リサらは、ギフトなどが使用できないよう魔解石の枷を嵌められていた。彼らには大なり小なりなんらかの罪状がつくとされ、檻の付いた大馬車に乗せられていた。
唯一、アシメショートのユメカさんだけはお咎めなしなようで、来賓用の馬車に乗り込んでいた。
尋問を担当した人の話によれば、どうやら悠斗は聖魔樹海に入ってすぐにギフトを使って地竜をコントロールし、クラスメイトを減らしたのだそうだ。ヒロカちゃんの話していた最初の地竜との遭遇の裏には、ヤツの汚い思惑があったというわけだ。途中でヒロカちゃんを追放したのも、ヤツの身勝手な独断があったためだと推察できた。
リサとユメカを含む三人で食事を独占していたという件も、どうやら女子二人は内実を知らされないまま、悠斗が出す食事を食べていただけらしい。最後の最後まで、それに気付けなかった自分をユメカさんは責めていた。クソバカ全能感小僧(悠斗のこと)のせいで、どれだけの人が心に傷を負ったと思ってやがんだ、ちきしょー。もっと殴っておくべきだったか?
「では、我々はダイトラスへ帰る。召喚勇者の面々には、各自の罪に応じた罰を受けてもらうことになるだろう。だが、何度も言うように彼らの生涯の面倒を見る責任が、国家にはある。罪を償ったその後は、僕が責任を持って彼らの人生を上向かせるつもりだ」
出立前のエデンダルトは、責任感をにじませながら言った。まだ残る傷跡のおかげで、より一層凛々しさが増している。
「あの、私は…………」
一歩踏み出し、王子に直接訊ねたのはヒロカちゃんだ。
聖魔樹海から戻ってからあまり元気がなかったのは、おそらくこの日のことを考えていたからなのだろう。
「ヒロカ殿は、今回の遠征に多大なる貢献を果たしてくれた。この実績はもはや、勇者の称号に値するものといって過言ではない。ゆえに、それだけ有望な者をダイトラス王国として放っておくわけには到底いかない。当然、僕と共に戻ってもらう」
「そう、ですよね……私だけ、残るなんて…………」
王子の言葉に、ヒロカちゃんは目に見えて肩を落とす。
そう、召喚勇者が本国へ帰還するということは。
――ヒロカちゃんも、アルネストを旅立つということなのだ。
それはつまり、俺の元を巣立ち、卒業するということ。
……これは、仕方ないこと。わかっていたこと。
ただ、悲しくないと言えば、嘘になる。
隣のシーシャからも、無表情ながら切ない雰囲気が感じ取れた。
「……と、言いたいところだが、どうやら馬車の定員がすでにいっぱいらしくてな。ヒロカ殿にはひとまず、ここに残ってもらいたい」
「「「……え?」」」
エデンダルトの切り返しに、その場にいた全員がポカンとする。
俺とシーシャは顔を見合わせる。
「ヒロカ殿、無理を言ってしまいすまない。また迎えをよこすつもりだが、僕はこれ以上政務に穴を開けるわけにはいかない。仕事もだいぶ溜まっているだろうから、派遣はかなり先になると思うが……それでもよろしいか?」
「あ、は、はい! それで全然問題ありません!!」
ハタで話を聞いていた俺は、思わず苦笑してしまう。
要するに王子は、あれこれ理由をつけてヒロカちゃんをここに残そうとしてくれているのだ。
まったく、エデンダルト王子も憎いことをする。
「ありがとうございます、エデンダルトさん!」
去っていくエデンダルトの背中に、ヒロカちゃんは深く頭を下げた。ポニーテールが陽に照らされ、美しく光る。
「先生っ、シーシャさん!!」
顔を上げ、振り返ったヒロカちゃん。
満面の笑みだった。
「ユーキ先生、シーシャさーんッ!!」
「おわっ?!」
「……よかったな、ヒロカ。本当によかった」
こちらに向かってダッシュし、俺とシーシャを抱き込むように飛び込んできたヒロカちゃんを受け止め、三人でハグをする。
「まだ一緒にいられるー! うれじいぃぃッ!!」
喜びの声から、涙交じりの声に変わっていくヒロカちゃん。その頭を撫でてあげるシーシャ。その光景は、まるで仲の良い姉妹のようだった。
そんなこんなで、召喚勇者にまつわる一連の騒動は。
とりあえず一件落着したのだった。
そして俺は、もう少しだけ。
彼女の先生で、いられるらしい。
※これで第一章は終了です。ここまで応援ありがとうございました!
※第二章もこのペースで執筆予定です! 引き続き応援いただけますと幸いです!




