第32話 死なせてなんかやらないよ?
※完全に悪役オーバーキルです。苦手な方は読み飛ばしてください※
「……あれだけ威勢よく吠えといて、一撃か」
殴られて気絶した悠斗を見下ろし、俺は独り言ちる。
呆気ない幕切れだが、他者を利用する形でしか戦えないヤツの本来の力など、実際はこんなもんだろう。
ヒロカちゃんのことをよく観察していなかった時点で、勝負はすでに決していたのだ。
「先生、すいませんでした」
「ヒロカちゃん……」
振り向くと、ヒロカちゃんが頭を下げていた。
「私が洗脳されている形にすれば、先生が必ず気付いて反撃の糸口を見つけてくれるって思いました。でもごめんなさい。ちょっとやりすぎちゃったような気がしてます……まるで戦闘狂のバーサーカータイプでしたよね?」
「はは、まさか前の会話が伏線になるとは」
そこで俺とヒロカちゃんは、少しだけ笑い合う。
「でも、ヒロカちゃんの機転……悠斗の《《空気を読んでくれた》》おかげで、コイツも信じ切ってて隙ができたわけだから、なんにせよキミが謝るべきことはないよ。むしろありがとう」
またも俺は、教え子に学ばせてもらった形だ。
「先生と本気で戦ったおかげなのか、私のギフト、成長したみたいです。今なら、悠斗くんのギフトがなんなのか《《読めます》》」
「そ、そりゃすごいな」
先ほどの戦闘すら糧にして、またもヒロカちゃんは大きく成長したらしい。
もはや彼女のギフトは『空気を読む』などではなく『恩恵読破』とでも呼ぶべきなのかもしれない。
「彼のギフトは《獰猛支配》。興奮状態になって暴力性が増した生物を、自分の声で支配できるギフトです」
「興奮状態……あ、だから俺とかヒロカちゃんは洗脳されなかったのか」
「だと思います。先生がいつも『平常心が大切』と教えてくれたおかげです」
ヒロカちゃんの微笑みが、自分の指導を肯定してくれている。
これまでの積み重ねが間違っていなかったのだと思うと、溜飲が下がる思いがした。
「……じゃあヒロカちゃん、キミは先に行った二人を追いかけてくれ。心配だからね」
「え、あ、はい」
「できれば、レイアリナさんも連れていってあげてほしい。エデンダルト王子は俺が運ぶから」
「はい、わかりました。でも先生と悠斗くんは……」
「俺は冒険者指導員として、彼をしっかり《《指導》》してから行く。すぐに追いつくから、心配しないで」
「わかりました」
テキトーな御託を並べ、俺はヒロカちゃんをその場から離れさせる。その背中を見送り、悠斗の方を振り向く。
歩き進み、その眼前に陣取る。
「起きろ」
間髪入れず、ビンタをかます。
「……へ?」
「ほら、目を覚ませ」
ワンモアビンタ。さっきより強めに。
「……お、お前……ク、クソが……!」
ようやく目を覚ます。
「おー、まだ元気だな。クソみたいなご高説を垂れ流して全能感に浸るのは、さぞ気持ち良かっただろ?」
「な、なんだと……! モブの、分際で……ぶぐふッ?!」
今度は拳。
「もう戦況は決した。お前に逆転の目はない。ギフトの種明かしも済んでいるからな」
「んな、そんなわけ、お、お前をブハぁ!?」
また拳でいく。
血に染まった歯が二、三本飛んでいった。
ちなみにだが、俺は今まったく興奮していない。むしろ冷静ですらある。今の心境が、どんな誰に一番近いかと言えば。
――完全犯罪を目論む、用意周到な殺人犯に近いかもしれない。
「キミ、まだ気づいてないみたいだから教えておいてあげるよ」
血濡れの顔面に口を近付け、あえてはっきりと言ってやる。
「ここからは俺が、ただひたすらにお前を踏みにじる時間だよ」
そう、ここから先は十八禁。
ヒロカちゃんに見せるわけにはいかないシーンだ。
◇◇◇
「もう一発」
「おふぇ」
「まだまだいくぞ」
「ぶべっ」
俺は彼の制服の襟首をつかみ、鬱憤を晴らすかの如くボコり続けている。
右拳、右拳、右拳、右肘、右拳、たまに左ビンタ。
「ふひ、ふべ、ビひひィ」
俺に殴られている間中、口から血反吐を吐き散らしながら泣く悠斗。
もう一発、ヤツの口に俺は拳を叩きつけた。当然スキルで強化した拳だ。今のでヤツの前歯がほぼ全部折れ散った。あの誰もが羨む完璧スマイルは、もう見られないだろう。
「……っ! ひはぃ(痛い)、ひはぃよぉぉ(痛いよぉぉ)!! おれのはお、はおをひどゅとぅへやはっへぇぇ!!(俺の顔を傷つけやがって、かな?)」
口から血をドバドバと流しながら、悠斗は泣き喚く。
「ちょっと待っててな。今直してやるから」
俺は最低級の《身体回復魔法》で、腫れあがった赤い顔を治癒してやる。最低級であるため、傷は歪んだ形で定着し、完璧な均整を誇っていた顔は見る影もなくなった。歯はさすがに抜け落ちたままで生えてこない。
「実は俺、こう見えてすげー短気なんだよね。普段は一社会人として、取り繕って、人畜無害な人間を装ってるんだけどさ。それが同じく社会を生きる皆に迷惑をかけないための、最低限のマナーだと思うから。……でも正直言うと、ムカつくヤツはすぐにぶっ殺したいと思っちゃう、ダメで未熟な人間なんだ」
じんわり、最低級の回復魔法をかけながら続ける。
ちなみに俺は《《話のわからないヤツにわからせるため》》なら、暴力をも辞さないタイプです。
だって話してわからないんだから仕方ないよね? 他に方法あります?
暴力や恐怖で他者を押さえつけ、正義とは到底呼べない自分のクソみたいなワガママを撒き散らす馬鹿を許容してやれるほど、俺は人間ができちゃいない。還暦なのにな。
ソイツらの前には法も、ルールも、モラルすら無力だ。連中はそれらをそもそも理解できていないのだから。
そういう害悪が自分の愛するコミュニティに入り込み身勝手をしだしたら、戦って外へ跳ね除ける以外はない。俺はそう考えている。これは前世のクソ上司との体験から、身に染みてわかったことだ。
ヤツらが自己満足のために身勝手な害悪を撒き散らし続けるのならば、さらなら恐ろしさで《《わからせて》》やり、人間的成長を促すか二度とこっちに来ないよう恐怖させてやるぐらいしか、俺が思いつくことはない。
「おい。顔上げろほら」
「ぁ、あが?」
「よく聞け。……いや、聞かなくてもいい。お前みたいなクソ以下の生物に言語理解なんざ期待してない。ただ好き放題言わせてもらう」
歪み果てた顔を、睨みつける。
「お前は言ったよな? 『俺が人間を選定してやる』って。だから俺も、俺の基準で勝手にお前の命運を決めてやろうと思ったんだ。わかるか? お前が言ってた理屈は、こういうことなんだよ。自分の命が他人の身勝手な尺度で決められると思ったら恐ろしいだろ?」
「ぁが……あぁ?」
「俺、お前みたいな他者への思いやりを持ってないヤツが大嫌いでな。さらに言えば、優しくもできないくせに自分の権利だとか主張だとか、そういうのを人のこと一切考えずに押し通そうとするヤツは、反吐が出るほど嫌いだ。その点、アルネストは本当にいいところでさ……優しい人ばっかりだ。俺にとってはあそこが、最高の居場所なんだってはっきり言える。でも……お前はそこに波風を立てた。要するに、迷惑をかけたわけだ」
コイツも好きでアルネストに影響を及ぼしたわけではないだろう。
が、これは理屈の話ではない。ただ俺が心底ムカついた分、腹いせしているだけのことだ。
「お前は俺の大切にしてるものを、その手で傷つけ怖がらせもした。それだけで俺としては、お前をぶち殺すのには十分すぎる。……だがやらない。なぜだかわかる?」
「…………ぁ?」
「死んだらそれで終わりだからだよ。その瞬間で、終わり。そんなのは、お前みたいな害悪には相応しくない。お前にはな、寿命の限り苦しみ、悲しみ、痛み、絶望。あらゆるイヤな感情を味わい続けてもらう。あらゆる方法で。だから生かしておいてやるんだ」
そのときはじめて、こちらの言っていることが理解できたのか、悠斗の身体が小刻みに震えはじめた。
「あと、最後にもう一つ。お前みたいなヤツはさ、きっと大人を見下して生きてきたんだろうな。無能が、とか、冴えない連中が、みたいに言って。態度を見てればわかるよ。……でもな、お前が小馬鹿にしてきたであろう一部の大人たちはな、ブラック企業という地獄で、ひどく理不尽で不条理な仕打ちに毎日耐えてる。それぞれの大切なモノや居場所、誰か、想い……そういうものを守るために、日々地獄を生き抜いてんだよ。お前が大嫌いな失敗だって受け止めて、糧にして、常にもがき苦しんで、それでも生きてるんだ」
そう、俺としてはこれだけは言っておかなくちゃならないのだ。
「まぁ要するに、社会という荒波に揉まれたこともないガキが、全てを知った気になって偉そうに語ってると縊り殺すぞ、ってことね。……もし今度、そういう人たちを馬鹿にした言葉を吐いたり、態度を取ってみろ。そのときこそ、俺がこの手でお前を——」
一度、深呼吸する。
「殺し尽くしてやる」
……ふぅ、ひとまずこのぐらい言えばいいか。
これだけ言って殴ってしてもわからないんだったら、もうそのときはそのときだよね。
「へ……おま、へは、ひったい……ッ」
「ん? 『お前はいったいなんなんだ』って? そりゃ——」
悠斗の見開かれた目を見て、言う。
「辺境のしがない冒険者指導員さ」
俺は最後にもう一度ヤツの顔面を殴り、失神させた。
さて、教育的指導(?)はこのぐらいにして。
さっさとアルネストに、帰りましょうか。




