第31話 先生vs生徒
「ユメカさんとやら! そのリサって子を連れてここから離れろッ! 馬車を追えば治癒士もいる!!」
「……え……」
「その子はまだ助かる! 泣いてる場合じゃない! 助けたいなら今は踏ん張って、動けッ!!」
「……っ!」
俺はヒロカちゃんの激しい猛攻をなんとか凌ぎつつ、ユメカにリサを連れて離脱するよう促す。悠斗のギフトが人すら操る洗脳系の能力だと仮定するならば、できるだけ対象は減らした方が得策だからだ。
幼馴染が血反吐をぶちまけたためか、ユメカは半ば呆然自失状態だったが、俺の声はしっかり聞こえてくれたようだ。すぐにリサの元へ寄り、抱き上げて場を離れてくれた。
「クク、ハハハ! いいさ、ギフトを使えないリサなんてただのお荷物だ、消え失せてくれた方がよっぽどいい。それに俺には、ヒロカがいる。さぁ、キミのポテンシャルを存分に見せつけてくれ!」
「やあぁぁッ!!」
「くぅぅ!?」
悠斗から発せられる、演技のような大仰な台詞に反応したのか、ヒロカちゃんのダガーがより一層鋭さを増す。命を刈り取らんと迫るその刃を、スキルで強化した目でなんとか見切る。
「クハハ……ヒロカ、ヒロカぁッ!! キミはなんて素晴らしいんだ、こんなに強くなっていたなんて! リサの馬鹿よりよっぽど使える! 素晴らしい、本当に素晴らしいじゃないかッ!!」
俺に対するヒロカちゃんの攻勢を見て、悠斗の野郎が嬉しそうに高笑いする。
悔しいがヤツの言う通り、ヒロカちゃんの強さは俺の予想を遥かに超えていた。もう下手したら俺なんかでは、歯が立たないかもしれない。そう思えるほどに、彼女の剣技と体捌きは熟達者のように洗練されていた。
しかもヒロカちゃんの回転を交えた素早いダガー捌きは、演舞のように美しい。これが戦闘中でなかったら、思わず見とれてしまっていたところだろう。
……が、戦いはじめてからずっと、俺の中には一つの違和感が引っ掛かっていた。
戦闘開始直前、ヒロカちゃんは俺を《《ブラックロック先生》》と呼んだ。なぜ、いつもとは違う呼び方をしたのか。
もしあの時点でヒロカちゃんが、悠斗のギフトによって操られていたと仮定し、その能力が言動や心理などにも介入可能なものだったとして。
悠斗はずっと俺を無視し、認識の外に置き続けていた。だから俺の名前は知らない。だとしたら操られているヒロカちゃんの俺の呼び方は、彼女の記憶などから自然と出てくるいつも通りの《《ユーキ先生》》や《《先生》》、となるはずなのだ。
にも関わらず、ああしていつもは呼ばない苗字で呼んだということは。
自らの意思で呼び方を選択し、俺だけが気付く形でなにかを示しているということ。そのことから、導き出される結論は。
おそらくヒロカちゃんは——洗脳されていない。
「えいやぁッ!!」
「くぅぅ!?」
が、次々と繰り出される攻撃には、本気で殺気が乗っかっている。
いったいどういうことなんだ?
喉を掻き切らんと横薙ぎに走るダガーをなんとか躱し、彼女の瞳を見つめる。目には潤いがあり、確実に洗脳されていたであろうゆるふわ女子とは違い、意思力みたいなものが感じられた。
小さく溜めを作り、思い切り振られたダガーをサーベルで受ける。
「先生、どうですか!? 私のダガーの扱いはッ!?」
「……ああ、いいよ! 身のこなしも軽やかで、言うことなし!」
「やった!」
鍔迫り合いの最中、ついにヒロカちゃんが語りかけてきた。
いや、普通にしゃべってるよねこれ!?
「先生、いつまでも逃げてないで、一度くらい本気で打ち込んできてください! 本気の先生と、私戦ってみたいんですっ!」
どこか無邪気さすら感じるその表情からは、もはや洗脳されてる感は一切ない。
というかそういう魂胆だったか、この子ったら! 本当に俺に対してだけは空気読まないッ!!
「お、俺は生徒に手を上げるなんて真似、できない!」
「そゆことじゃないです! 私は先生に全身全霊、全部でぶつかっていきたいし、ぶつかってきてもほしいんです! あとこの世界にコンプラとかないんだから、変に気にしすぎるのやめてくださいっ!!」
「いやそりゃ結構な無理難題だよ!?」
管理職のとき、ハラスメントには人一倍気を付けていた俺なのよ? それはかなり酷な注文だよぉ!?
「先生を信じてるから、本気でいけるんです! だから先生も、私を信じて本気を出してくださいっ!!」
ヒロカちゃんの言う通り、彼女が本気で打ち込んできてくれるからこそ、視界の端の悠斗はこちらを一切疑っていない様子だ。
でも俺には、骨の髄まで染みついたコンプラが……。
「先生ッ!!」
それでもヒロカちゃんは、逡巡する俺に容赦なくダガーを振り抜いてくる。
――わかった、それなら一度だけだぞッ!!
「でりゃぁぁ!!」
「ゃッ!?」
俺はヒロカちゃんの斬撃に対し、渾身の力でサーベルを振った。
ダガーを弾き返されたヒロカちゃんは、たまらず持ち手を離してしまう。
そうして。
黒と銀のダガーが、宙を舞う。
反射的に全員の注意が、ダガーへと向いた。
「やっぱりまだまだ、先生には敵わないや——」
ヒロカちゃんの、慎ましい微笑み。
――今だ!!
「は?」
瞬間、俺は悠斗との距離をスキル全開の脚力で一気に詰めた。
「むんっ」
「ごぇはッ!?」
スキルで強化した拳を、ヤツの顔に思い切り叩き込む。
その整った顔が、醜く歪んだ。




