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第30話 立ちはだかる者

「クハハ、いいぞ、いいぞぉリサ! その調子で、俺の意のままに雷を降らせるんだ! リサ、お前は生き残るに相応しい人間第一号だよっ!!」

「…………」


 不快な叫びが、鼓膜を揺らした。

 頭上で雷の轟音が炸裂したため、少し聴覚がおかしくなってしまっていたようだ。


 俺は身を挺していた状態から、身体を起こす。隣で伏せていたユメカさんとやらも無事みたいだ。

 レイピア避雷針作戦は、上手くいったようだった。ただレイピアは焼けて破損し、遠くに転がっていた。もう同じ使い方はできないだろう。


「……なんだ、生きてるじゃないか。リサの雷のコントロールがずれたか? それともただ運が良かっただけか。……まぁどちらせによ、俺が死ねと命じたんだ。その指示に応えて死ぬのが、お前たちに残された唯一の存在証明なんだよ」


 ヒロカちゃんを拘束したまま、悠斗は気持ち良さそうに語る。彼はもうすでに、自己陶酔の極致にいる様子だ。

 言論から他者目線が抜け落ち、ただ言いたいことを吐き出すだけで、意味不明。……要するに、青臭いガキの戯言。


「リサ、もう一度だ! もう一度最大出力の落雷を浴びせてやれ! 今度は確実に仕留めるんだぞッ!!」

「うん、わかった……」


 悠斗の声に導かれるように、ゆるふわ女子リサが一歩前に出た。

 そしてすぐに右手を天に掲げ、《暴風乙女テンペストリリ》を使用せんとする。


 ……が。


「ぶごはッ」

「ッ!?」

「リサッ!!」


 リサの鼻、口から、大量の出血。続けてユメカの悲鳴。

 あの症状は……おそらく魔力枯渇まりょくこかつだ。


 魔元素の吸入、からの魔力変換が追い付かず、体内の魔力を使い切った状態で、それを無視して《ギフト》や《魔技マギ》を使用すると人はどうなるのか。

 当然、人体に直接のダメージが出る。軽度でも脳や身体に異常が現れ、一生治癒しない後遺症が残ると言われている。さらにひどければ最悪、死に至る場合もある。


 理屈としては、体力が底をついた状態で無理して働き続ければ身体がぶっ壊れるのと同じだ。


「リ、リサ? おいおい……使えないヤツだな、まったく。二発ぶっ放したぐらいでヒヨるなよなぁ? ホラ、死んででも雷出せよッ!!」

「それ以上やめろ! その子の命に関わるぞッ!!」


 これはあくまで俺の見立てだが、《暴風乙女テンペストリリ》ほどのギフトなら、体内の魔力を最大値まで溜め込んでいたとしても、本来なら一発で魔力は空になるはずだ。

 にも関わらず、大きな深呼吸などをする暇もなく連続使用したのだ。彼女にああしてダメージが現れるのも無理はない。

 しかも悠斗のギフトが洗脳系だと仮定しても、それによって他者の魔力運用までを管理できるとは限らない。


 これ以上使用させれば、彼女はただではすまないだろう。


「俺以外がどうなろうが知ったことかッ! 人類の代表である俺だけがいれば、この世は回るんだよッ!!」

「この、どクズ野郎……ッ!!」


 悠斗のクソ以下の言葉に、俺も思わず毒づいてしまう。

 言われるがまま、リサは再び右手を掲げた。


「はぁ……はぁ…………ぅ」

「リサァァ!!」


 しかし——白目を剥き、身体が揺れた。

 倒れる、と確信した俺は、ユメカの悲鳴と同時に地面を踏み込んだ。

 一気に距離を詰め、リサの身体を受け止める。そしてそのまま、岩場の地面に頭などをぶつけないよう、静かに寝かせる。


 その瞬間、緊張していた場の空気が、一瞬だけ弛緩したのがわかった。

 この隙に——悠斗の懐に飛び込む!!


「――ッ!?」


 ギィィンッ!!


 スキル全開、最高速で悠斗の顔面目掛けて抜き放った俺のサーベルを、寸でのところで押し止めたのは。


 ――黒と銀の、ダガー。

 立ちはだかったのは、俺の大切な生徒……ヒロカちゃんだった。


「……悠斗くん、私もあなたの役に立ちたいの。指示をください」

「ヒロカちゃんッ!? やめろ、目を覚ませッ!!」


 まさか、ヒロカちゃんまでヤツに操られてしまったのか!?


「ヒロカ……! クハハ、ハハ……カハハハハ!! 素晴らしい、素晴らしいよヒロカ! やはりキミは俺が見込んだ通り、素晴らしい女だッ!! 特別に、俺の右腕となる許可をあげよう!!」

「ありがとう、ございます」

「さぁヒロカ、さっそく踊ってみせてくれ。キミを助けたいらしいそのモブ男を、キミの刃で終わらせるんだ! そうしてキミは俺だけを慕う、従順なメスに変身するのさ!!」


 身の毛もよだつクソキモ台詞を撒き散らしながら、悠斗はヒロカちゃんの拘束を解き、その背を押した。

 ヒロカちゃんは改めてダガーを構え直し、眼光鋭く俺を射抜いた。


「《《ブラックロック先生》》…………いきます!」

「……ッ!!」


 数舜の、視線の交差。

 それを合図に。


 ――刃と刃が、激しく鳴った。



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