第26話 召喚勇者パーティー、合流
「うーん、やっぱり野宿は身体がバキバキになるなぁ」
俺は歩きながら、首と肩を回してストレッチした。ゴキ、ゴキと鳴るのが気持ち良く感じる。
聖魔樹海調査遠征、二日目。すでに調査団は朝の身支度を終え、進行をはじめている。まぁここの空は昼夜ない感じなので、あまり一日経った感はない。今回の遠征は、予備日を含めて全日程三日程度で終える予定となっている。
昨日は地竜との接触もなく、予定以上に順調に混沌層の手前まで進むことができた。そこで野宿をし、順に見張りを立てつつ各自で眠った……のだが。
「せ、先生ごめんなさい。……私のせい、ですよね?」
と、そこで隣をゆくヒロカちゃんがモジモジしながら言った。そこはかとなく顔が赤い。
「え、あーいやいや、普通に岩場のせいだから。気にしないでいいって」
今回は全員、それぞれ簡易テント持参で来ている。が、昨日寝ようとしたところでヒロカちゃんが「まだテント泊が怖くて……」と相談に来た。
色々とテントの中でこの子は嫌な思いをしたのだろうなと思い至り、配慮が足りなかったと痛感した俺は、ヒロカちゃんが眠れるまで隣で横になることにしたのだ。
最初は『な、なんか変な緊張で眠れないです!』とかテンション高めに言っていたヒロカちゃんだったが、やはり疲れがあったのか、案外すぐに寝入ってしまっていた。
だが、寝たヒロカちゃんが無意識から俺の腕をつかみ、むぎゅっと抱き枕のようにして寝はじめた。そのため、俺は自分のテントに戻ることも、寝返りを打つこともできず、ほとんど熟睡できなかったのだ。
ただまぁ、色んな苦難を乗り越えようと前に進む教え子のために俺ができることなんて、これぐらいしかないよなぁと思い、そのまま朝を迎えることになったというわけなのだった。
朝起きたとき「はぁぁすいませぬぅぅ!!」と焦っていたヒロカちゃんは、年相応な感じで可愛かった。
……え? 女の子との添い寝に緊張して一睡もできなかっただけだろって? そそそそんなわけないだろかかか還暦(中身)だぞこっちはぁぁ!? おおお胸に腕が挟まれても動じぬ強い心を持ってんだぞぉぉ!?
と、そんな他愛もないことを考えながら歩いていると、先頭のレイアリナさんがすっと腕を伸ばした。全体の行軍が止まる。
「ヒロカ、キミのスキルで周囲を探ってみてくれないかな?」
「あ、はい!」
ヒロカちゃんが目を閉じる。視覚以外の情報に集中するためだろう。
すでに彼女は『空気を読む』のオン/オフを習得し、完全な制御下においていた。それもこれも、レイアリナさんというお手本がいたからだと本人が話していたっけ。
「濃い甘い匂いの中に、少し違う匂いが混じってきてます……血と、汗と……人の匂いかもです。近いかもしれません」
ヒロカちゃんが、綺麗な形の鼻をすんすん、としてから言った。
「あれがそうか?」
言葉を受け、周囲を素早く見回したレイアリナが指さしたのは、切り立った崖に、横穴の形でぽっかり口を開けた洞窟の入口だ。よく見ると、入り口の突端部分に、ヒロカちゃんと同じ制服姿の女の子が立っていた。
「エデンダルト、ダイトラス国旗を掲げるんだ。向こうもこっちを見つけたと思うけど、まだ警戒している気配がある。王国の紋章を見れば敵意はないとわかるはず」
「了解した。御旗を掲げい!」
「「ハッ!」」
エデンダルトの合図で、ダイトラス王国の紋章が刺繍された旗が、天に向かって掲げられた。
それを確認した瞬間、女の子は慌てた様子で洞窟内に戻って行った。その後すぐ、同じ制服姿の男子と女子がそれぞれ一名ずつ、中から駆け出すようにして出てきた。
俺たちも周囲への警戒を行いつつ、洞窟の近くまで急ぎ進んだ。
「こちらに敵対の意思はない! 合流せよ!!」
「うぇ、助かったぁぁ……!」
エデンダルトが国の責任者として声をかけると、後から出てきたふわふわロングヘアの女子が泣き始めた。それを慰める見張り役だった女子と、やけにイケメンなハーフ顔の男子も、緊張を解いたように大きく息を吐いていた。
彼女たちに浮かんだ表情こそ、まさに安堵と言うのだろうと思った。
◇◇◇
「召喚勇者パーティー生存者、全七名、応急処置完了いたしました」
洞窟の入口付近にて。エデンダルトの従者で医療従事者の一人が、テキパキと召喚勇者たちの状況を伝えた。エデンダルトは手元の書類に目を通しつつ、他の者へ指示出しなどを行っている。
「悠斗・アレックス・ジョーガサキ、リサ・マイクマ、ユメカ・サイジョウの三名は、疲労と擦り傷などありますが至って健康です。他四名は空腹と怪我、失血状態の者もおり、かなりの衰弱状態です。こちらの四名は急ぎ設備の整った場所で治療が必要かと」
「うむ、わかった。御苦労」
漏れ聞こえてくる召喚勇者の状況は、あまり芳しくない様子だった。まぁ、命が無事なのはなによりだけど。
「変だな……」
「ん? ヒロカちゃんどうかした?」
俺の隣で報告を聞いていたヒロカちゃんが、訝し気に言った。
「先生、ちょっといいですか……?」
「うん」
ヒロカちゃんに手招きされ、輪から離れた岩場の影に移動した。
先ほどからヒロカちゃんは、クラスメイトとの再会を喜ぶことなく、むしろ気付かれないように、身を隠すようにしていたのが気になっていた。
「先生、これから私、すごく性格が悪いこと言うんですけど……嫌いにならないでくれますか?」
潤んだ上目遣いで、必死な雰囲気で訴えるヒロカちゃん。
「う、うん、大丈夫。そう簡単に嫌いになんてならないから。ちゃんと聞く」
俺も彼女が話しやすいよう、真剣に返す。
「ありがとうございます。えと、みんなの食料についてなんですけど……私が追放される時点で、地竜に襲われたせいで、食べ物は全員分合わせて五日分ぐらいしか残されていませんでした」
「うん」
「で、例えばですが、生存確率を上げるために、一日一人一食ぐらいに調整して、七人全員でその日から今日まで凌いだとします。……それだと、どう頑張っても、全員が耐えがたい空腹で衰弱し切っていると思うんです。私に一食分だけ分けてくれたのを考えても、三名が健康状態を維持しているのは、どう考えてもおかしい気がして……」
「言われてみれば、確かにそうかもな……」
よくよく思い出してみれば、牢屋にぶち込まれているあの二人だって、毎日パンとスープ程度は与えられていたにも関わらず、衰弱した様子だった。
なのになぜ、牢屋よりも過酷な状況に追い込まれていた彼らの中で三名もが、至って健康な状態なのか。
「もしかしたら、食料を隠していた可能性も考えられます。それを全員には分け与えず、三人だけで食べていた、とか……あくまで、疑り深くて性格の悪い、私の推論でしかないんですけど」
俯き加減に言い切ったヒロカちゃん。
だが実際に、三名は見るからに顔色も悪くなく健康だった。
内実を知っていれば、ヒロカちゃんのように疑うのはごく自然なことだと思う。
これらのことから、考えられる結論は——
「もしかして……三人だけで、生き残ろうとした?」
俺は一つの推論に至り、うすら寒さを感じる。
健康状態を維持している三人は、この極限の状況下において——命の価値を選別したことになる。
しかも、クラスメイトという仲間に対して、だ。
あくまでもこれは推論であり、確証はない。
が、俺の目線の先——ハキハキとエデンダルトらの質問に応対しているリーダーの男子の、整った横顔。
それを見ていると、なんだか……背筋がうすら寒くなった。
「私……ごめんなさい、あの人たちとは、会いたく、ない……です」
怖がり、俺の背に隠れるヒロカちゃん。
うん、別に無理に会う必要はないだろう。ヒロカちゃんはヒロカちゃんで、大変な目に遭わされたわけだし。
そう考え、俺はヒロカちゃんを彼らから隠そうと思ったのだが。
「ヒロカ!」
彼女を呼ぶ、場違いな爽やかボイス。
振り向くとそこには、目鼻立ちがはっきりとした、高身長のイケメンがいた。エデンダルトが西洋系イケメンの極致だとしたら、目の前の彼は東洋系イケメンの極致だろう。
「ヒロカ、キミが助けを呼んでくれたんだろ? あのときはリサの手前言えなかったけど……俺はキミを信じてたんだ。きっと俺の考えを察して、必ず戻って来てくれるってね!」
「…………」
男女問わず篭絡できてしまうのではないかと思えるほど、これ以上ない完璧な、白い歯輝く素敵スマイル。普通の感性ならきっと、皆が彼に好印象を抱いていることだろう。
だが、俺の全細胞は――『コイツ、胡散臭い』と叫んでいた。




