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第25話 聖魔樹海、突入

 アルネスト近くの関所を越え、俺たち調査団はいよいよ聖魔樹海に突入していた。最初の目的地は、ヒロカちゃんが本隊と別れた場所だ。


「これが聖魔樹海の空……」


 意図せず、言葉が漏れる。

 見上げるとそこには、見ているだけで眩暈がしてくるまだら模様のような空がある。紫色を主体にして彩られたそれはなんとも禍々しく、自分たちが日常と大きくかけ離れた異界に入り込んだのだと痛感させる。


 アルネストから世界樹の方角を眺めたときには、あんなに幻想的で美しい風景があったのに。なぜ、この聖魔樹海という空間に入るとこんなにも異様な風に映るのだろうか。


「この空は、高濃度の魔元素の影響だと言われている。遠目には見えないけど、聖魔樹海内から空を見上げることで、魔元素が幕のように折り重なって見えるらしい。人によっては『魔元素の見せるオーロラ』なんて呼ぶこともある」

「へ、へぇ。ロマンチックな方もいるんですねぇ」


 よほど俺が小難しい顔をしていたのか、説明してくれたのは前を歩くレイアリナさんだ。原理は一度聞いただけではよくわからなかったが、見る人によってはこれが美しいと思う場合もあるということだろうか。

 というか、レイアリナさんから話しかけてくれたのはじめてかも。


「さすがレイアリナさんだ。詳しいんですね」


 と、俺はせっかくの機会なので交流しておこうと考え、当たり障りのない返答をしたのだが。


「べ、別に受け売りだ、全然詳しくないっ。ボクはこれでも勇者だし、調査遠征で何度も聖魔樹海には入っているし、空を見上げて困惑していたから声をかけただけだし! と、とにかく勘違いするなよな!」

「……は、はぁ」


 なぜか今度はお怒り気味に、矢継ぎ早にまくし立てるレイアリナさんなのだった。えーと、俺はどうすればこの人と普通にコミュニケーションをとれるのでしょうか?


 とは言え、俺は彼女に怒りなどはない。なぜなら俺たちは、彼女のおかげでここまで何の苦労もなく来れているからだ。


 聖魔樹海特有の歪な大地でも、経験から導き出される比較的安全なルートへ先導してくれるおかげで苦も無く進めるし、道中出現するオーガやジャイアントスライムといった上級魔物すら彼女が瞬殺してくれるから安心だしで、もうこの人一人でよかったのでは?という状態なのだった。現役最強勇者の面目躍如といったところか。


「そ、そろそろ地竜の生息域に入る。気を引き締めるように!」

「は、はい」

「ここはまだ序層、高濃度魔元素の影響もさほど出ない! 呼吸は絶やさないように!」


 プリプリと怒った感じのまま、レイアリナさんが全体へ号令した。俺の後ろからはエデンダルト王子を含めた騎士たちの「了解」の声がした。


 地竜――グラウンドドラゴン。この魔物は聖魔樹海に入ったことのない人間にも知られている、知名度の高い魔物だ。その理由は、地竜が『聖魔樹海最初の関門』と呼ばれ、ある意味で聖魔樹海の象徴のように扱われているためだ。


 勇者を代表とする、何度も聖魔樹海を訪れる者たちから伝えられているその姿は、見上げるような巨体に、ワニのような長いアゴと尻尾。翼などはなく、体表は固い鱗に覆われている。性格は至って狂暴、残忍で執念深く、聖魔樹海に侵入した者をことごとく追い、喰い荒らし、その行く手を阻み続ける――これが、地竜が『聖魔樹海最初の関門』と呼ばれる所以だ。


 このグラウンドドラゴン、太古の昔から序層に数体が生息しているとされ、もしかすると代替わりなどもしているのかもしれない。魔物は種によっては繁殖する場合もあるが、いかんせん聖魔樹海の魔物はその生態系が未知であるため、真実は不明だ。


 レイアリナさんが事前に語っていたところでは、地竜を二度討伐した経験があるそうだ。確かに強力で最初の難関ではあるが、冷静に対処すればどうにもならない相手ではないらしい。

 彼女が言うには、聖魔樹海への恐怖や畏怖が影響して、噂に尾ひれがつき、実際以上に強力な魔物としてイメージされるようになったのではないか、とのことだった。


 とは言え、召喚勇者パーティーをはじめ、これまで幾多の者たちがヤツの餌食になっているのは疑いようのない事実だ。絶対に油断だけはしないようにしないと。


 事前に打ち合わせていた通り、レイアリナさんを先頭にして、その背後を俺とヒロカちゃんで固めつつ、左右を警戒しながら進む。さらに俺たちの後方には、エデンダルト率いる騎士団が重武装で構えている。


 俺たちは一定の緊張感を保ち、聖魔樹海を進んでいく。

 一歩一歩、着実に進む。

 警戒しつつ、進む。

 油断せず、進む。

 進――


「――いないな」


 と、かなり進んでからレイアリナさんが言った。

 俺たちは臨戦態勢に入ったまま、そこそこ、というかかなり歩き進んだ。


 が、本来必ずと言っていいほど出現するはずのグラウンドドラゴンは、どこにもいないのだった。辺りに気を配ってみても、それらしい存在感や魔元素の揺れは感じられなかった。

 これはレイアリナさんからの受け売りだが、地竜には亜種も存在しているらしく、その亜種は巨体ながらも景色に溶け込む擬態が上手いらしいので、その可能性も考慮して周囲を警戒する。……んー、肉眼で見る限りは見当たらないな。


 もしかして、召喚勇者パーティーが倒したのだろうか?


「ヒロカちゃん、召喚勇者たちが地竜を倒したってことはないかな?」


 俺は周囲を警戒したまま、ヒロカちゃんに聞いてみた。


「私が遭遇したときは、逃げるのが精一杯で、倒すことはできませんでした」

「そうだよね。でもその後、ヒロカちゃんと別れた本隊が戻って討伐した可能性はない?」

「ない、と思います。あんな怖い体験をしたのに戻って再戦しようなんて、みんな考えすらしなかったと思います。やられたクラスメイトのために復讐してやるって感じの人も、一人もいなかったし……あの状況では、私も含めてみんな、自分のことしか考えられませんでしたから」


 緊張感を含んだ声で、ヒロカちゃんは言った。

 そうだ、彼女は一度グラウンドドラゴンの被害に遭っているのだ。俺なんかよりよっぽど、その身をもって恐ろしさを知っている。先ほどから俺以上に油断なく、周囲を警戒している様子から察するべきだった。


 むぅ。またもや俺は、教え子に教えられてしまったわけだな。


「なんにせよ、一つの難関を苦労なく通過できるのはありがたい。油断はせず、このまま進んでいこう」

「「了解」」


 レイアリナさんの号令に従い、俺たちは進軍を再開した。

 聖魔樹海の空には相変わらず、不気味な雲が蠢いていた。



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