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第24話 調査団、出立

 いよいよ、聖魔樹海への出立の日。

 アルネストの入口には、馬数頭と小型の荷馬車、仰々しい鎧を着たメンバーが集結していた。それらは皆、エデンダルトが連れた騎士団である。


 一方、俺とヒロカちゃん、さらにレイアリナの装備は簡素な革鎧に、数日分の食料などが入った背負い袋ぐらいだ。防御も大事だが、なにより動きずらいのは致命的だからな。


「ユーキ、ヒロカ。準備は大丈夫か? 抜かりないか?」


 お互いに持ち物のチェックをし合っていたところに、シーシャがやってきた。休憩時間を使って見送りに来てくれたみたいだ。


「大丈夫だよ、シーシャ。子供じゃないんだから」

「ユーキはたまに子供っぽい。わたしがついていないから心配」

「そ、そうかなぁ?」


 シーシャに言われ、少し恥ずかしくなる。

 中身は還暦なんだけどなぁ?


「そうですよ、先生。たまに先生は子供っぽくてダメダメなときあるから、気をつけなくちゃ。私がちゃんと、荷物の最終確認しておきますからね!」

「ヒ、ヒロカちゃんまで!?」


 言ってヒロカちゃんが俺の背後の荷物をガサゴソと確認しだす。

 還暦まで生きてるのに未熟者ですいません……。


「ユーキ、帰りを待ってる。帰ったら晩酌に付き合ってやるぞ」

「おー、そりゃ楽しみだな」


 と、シーシャが改めて言った。

 シーシャはあまり自分からお酒を飲むタイプじゃないので、そう言ってくれるのは珍しい。こりゃ楽しみだな。


「ヒロカも、帰ったら一緒にお菓子作りをするぞ。果物を採って待っている」

「はいっ、約束です!」

「ちゃんと帰ってこなかったら地獄の果てまで追いかけてバラバラにする。覚悟しておけ」

「こ、こわっ、シーシャさんこわすぎですっ!」


 ヒロカちゃんとシーシャの仲睦まじいやり取りが、なんとも心を穏やかにしてくれる。多少緊張感があったが、これで平常心で臨めそうだ。

 聖魔樹海は確かに危険だが、今回は混沌層までの遠征であり、あくまでも救出任務だ。下手に無理して危険を冒しさえしなければ、きっと大丈夫。


 俺はなにより、教え子であるヒロカちゃんをしっかり守り切り、無事に帰ってくるのが任務だ。そしてこの旅の実績を引っ提げて、彼女が冒険者ライセンスを得られれば申し分ない。


「あ、そういえば。シーシャ、俺がいない間の冒険者指導講習チュートリアルの仕事は誰が——」

「それなら心配いらないよ」


 ふと思い出した心配をシーシャにたずねようとしたとき、ずいっと視界に入って来たのは領主、ルカ・オルカルバラ。無意識に背筋が伸びる。


「アンタの仕事はアタシがやっておく。だから心置きなく行ってきな」

「えっ、と、言いますと?」

「アタシがチュートリアルをやるってことさね。これでも現役時代はA級の上、超級冒険者まで上り詰めた身さ。任せておきな」

「わ、わかりました」


 お、おぉ……元超級冒険者、ルカ・オルカルバラの冒険者指導講習チュートリアルか……なんか凄そうだな。

 俺の穴埋めどころか、受講したいと思う人が殺到したりするのでは? 戻ったら働き口がなくなってるとか、マジでやめてね?

 ただまぁ、仕事に穴を開けずに済むというのはありがたい。変な罪悪感を抱えずに済む。


「アンタの評判も色々と聞いてるよ。アンタはアルネストに必要な人材だ。アタシの許可なく、聖魔樹海で勝手に死のうもんなら……どうなるか、わかってるね?」

「ひぃぃ?! き、気をつけますぅぅ!!」


 領主様がこれ見よがしに拳をグーパーした。

 ヒィィィ! 股間がヒュっとなるぅぅぅぅ!!


「それじゃ、そろそろ出発しよう!」


 そーこーしているうちに、先頭をゆくレイアリナが全体に声をかけた。

 それをきっかけにして、俺たち調査団はアルネストを発ち、聖魔樹海へと進みだした。


 目指すは聖魔樹海、混沌層。

 ヒロカちゃんのクラスメイトたちを、連れ戻すのだ。




◇◇◇




 調査団が旅立ったアルネストの入口。

 心地よい風が吹くその場所で、領主ルカ・オルカルバラは腕を組み、仁王立ちしていた。もうかなり遠くまで進んだ調査団の行く末を、眼光鋭く見つめ続けている。


「ルカ様、お久しゅうございます」


 そんなルカの元に、一人の老婆がゆっくりと近づき、頭を垂れた。


「おぉ……ムコルタかい。変わりないようで安心したよ」


 老婆に対してルカ・オルカルバラは、アルネストに来てから一番の笑みを見せた。それは普段の彼女からは想像もできないような、とても穏やかな微笑みだった。


「いえ、ワタシはもはや老いぼれ。腰もこんなに曲がってしまいました。あなたと共に戦場を駆けた日々すら、今では懐かしく思います」

「フフ、今も昔も、アタシが遠慮なく背中を預けられたのはムコルタ、お前だけだよ」

「もったいないお言葉にございます」


 こんなにも慈愛の空気を醸し出すルカ・オルカルバラは、おそらく領内で誰も見たことがないことだろう。それに応えるように、ムコルタの背筋も心なし、ピンと伸びたように思われた。


「ところでルカ様、先程お話になられていたあのユーキという男……中々に見どころがあるかと」


 そこで突然、ムコルタの口からユーキの名が語られた。ルカも表情を引き締めた。


「フム、やっぱりねぇ。アタシも薄々は感じていたが、ムコルタが言うのなら間違いないだろう。して、どんなヤツなんだい?」

「普段はギルド職員として、町の見回りとチュートリアラーの仕事を真面目にこなしているだけの青年です。最近は召喚勇者の少女を冒険者にするため、無償で手解てほどきをしていたようです」

「ほう、あの子をねぇ」

「ただ、その成長速度が……異常なのです」


 そこではじめて、ルカ・オルカルバラは怪訝な表情を浮かべた。


「それはアレじゃないのかい、あのヒロカって娘のギフト『空気を読む』だかってのの恩恵じゃないのかい?」

「だとしても、です。その妙な名前のギフトの効果はワタシの耳にも入っておりますが、その吸収力を以てしても、あの上達速度は異常という他ありません。ワタシの見た限り、すでにあのヒロカという少女はこの数週間で、準B級冒険者に匹敵するであろう能力を発揮しつつありました」

「……アタシの最初の見立てより上、ということかね。それは侮れないねぇ」

「さらに、ワタシが独自に調べたところで言えば、ユーキの講習を受けた冒険者の七割以上が、どうやら一ヶ月以内での昇級、あるいは飛び級を達成しているようなのです。これは明らかに異常な数値です」

「ほほぅ……そいつはとんでもないねぇ」


 一瞬にして、ルカ・オルカルバラの眼光は鋭さを取り戻した。

 ムコルタは続ける。


「ユーキ自身はなんのギフトも持たない凡夫のはずでしたが、なにか妙な言語化能力というか、この世界にはない言語感覚を持っているというか……人が考えもせずにやることを、粘り強く思考して言葉の形に落とし込む周到さがあるというか……一度だけ彼の冒険者講習チュートリアルを見学したことがありますが、完全に独自の理論を構築している感がありました。あの様子を見るに、まだ誰にも披露していない独自の技術理論がある印象を受けました」

「……ふむ。確かにチュートリアルの内容は各ギルドのチュートリアラーの裁量に任せられている部分が多いからねぇ。各人で指導方法に独自の差分が出ているというわけかい」


 ムコルタの話を聞き、ルカ・オルカルバラは考え込むように顎をさすった。


「……まぁいい。なんにせよアタシは、アタシの領地にとって有益な人材への投資は惜しまない。あのユーキとやらがどんどん優秀な冒険者を輩出すると言うのなら、領地にとってこれ以上のことはないさね。今後もなにか有事の際には、あらゆる対応ができるよう根回ししておくとするかい」

「さすがルカ様。賢明なご判断かと存じます」


 領主とアルネストの門番は、頷き合う。


「とにかくね、ムコルタ。もうお互い若くないんだ。身体には気をつけるんだよ。アタシを置いて先に逝ったりなんかしたら、絶対許さないからね」

「勿体ないお言葉……ありがたき幸せにございます。このムコルタ、残りの生涯を賭して、ここアルネストを——ルカ様の背中を、守り続けましょうぞ」

「気張りすぎるんじゃないよ。長生きはするもんだからね」


 二人は緊張した雰囲気を崩し、顔を見合わせて微笑み合った。

 アルネストの丘を、柔らかく温かい風が吹き抜けていった。



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