第22話 鋼鉄の魔女の真の恐ろしさ
アルネストギルドの建物の隣には、馬を繋いでおく厩舎がある。そしてそこから奥まったところには、地下に降りる階段があり、その先には罪人を留置しておく牢屋がある。
普段は誰も近寄りたがらない場所だが、今日だけはそこに大御所たちが集まっていた。
領主のルカ・オルカルバラと、ダイトラス王国第二王子のエデンダルト・ダイトラスだ。そしてついでに俺こと、ユーキ・ブラックロックである。
はいそこ、俺だけモブキャラとか言わない。自分でわかってますからね。
なぜこんなジメジメした陽の当たらない場所に、とびきりのVIPたちが集まったのかと言えば。
俺がとっ捕まえた召喚勇者二名――ショーゴとヒロキだったか——から、召喚勇者本隊の情報を洗いざらい話してもらうためだった。
「テメェ……こっちに来やがれ! 今すぐ殺してやるッ!!」
ガシャン、と鉄の牢をつかんで揺らしながら、金髪ツンツン頭の方が叫んだ。どうやら俺の顔を見て、怒りが湧いてきたらしい。ほう、人の顔を記憶するぐらいの知能はあるらしい。
よく見ると、牢の奥ではもう一人の方、茶髪ロン毛が寝ころんでいる。どうやら衰弱している様子だ。両者の足首には、重りのような足枷がはめられている。
二人とも最低限の食料は与えられているはずだが、かなり痩せたような気はする。育ち盛りの身体に、パンとスープ程度の食事では物足りないのだろう。
まぁ純度100%で自業自得なので、まったく可哀そうじゃないけど。
「コイツらがそうかい?」
「ええ。俺が聖魔樹海への関所近くで捕縛し、ここに連れてきました」
領主ルカ・オルカルバラが確認してくる。俺は二人を拘束した経緯を、ざっと説明する。
「エデンダルト、コイツらを召喚勇者と考えればアンタの領分になるが、今はアタシの領内にいる罪人だ。尋問は基本アタシに任せてもらうよ」
「ああ。ただ殺しはしないでくれ」
「それはヤツらの出方次第さね」
「だが、彼らはダイトラス王国の——」
「アタシに指図するのかい?」
「……っ!」
領主と王子が一瞬、睨み合う。
一触即発な雰囲気になる牢獄内。王子の連れの従者が鋭い剣幕で一歩進み出ようとしたが、王子自身が手を伸ばしそれを制した。
「……了解した。よろしく頼む、オルカルバラ辺境女伯」
「承ったよ」
何事もなかったかのように緊張を解き、ショーゴの方へ向き直るルカ・オルカルバラ。肝が据わりまくってますね……! てか俺、こんなとこにいたらやばくない……? 命がいくつあっても足りない気がする……!
「おいアンタ。ショーゴとか言ったかい? アンタらと別れた召喚勇者たちは、どんな状態だったか聞かせてもらえるかね」
「あぁ……? んだババア、なんでテメェみたいなのにオレが指図されなきゃ——」
「ほう、これはだいぶ頭の悪い猿だねぇ」
「っんだと、テメェ!?」
「生物としての《《絶対的な力の差》》もわからないんだ、当然だろう。賢い動物なら勝てない相手に勝負は挑まないだろうからね」
ショーゴの反応に対して、せせら笑いながら返すルカ。この圧倒的威圧感がわからないなんて、ある意味ではショーゴくん、大物の素質があるのかも? ……いや、ただ馬鹿なだけか。
「こういう馬鹿から話を聞くには、身体に直接聞く方が手っ取り早くていいだろうねぇ」
「あぁ? いいぜ、来やがれよババア!!」
我が領主様は恐ろしいことを言ってから、一切の躊躇なく牢の鍵を開けて中に入った。ショーゴは脱走のチャンスだとでも思ったのか、さっきにも増して舐め腐った表情を浮かべた。つくづく馬鹿だな、こいつ。
ちなみにショーゴとヒロキの足枷は、『魔解石』というもので作られている。アレを装着されると魔力を身体に溜め込むことができなくなり、《魔技》を使えなくなるのだが。
にもかかわらず、彼は勝ち目があると思っているのだろうか?
「バカが。ババアがオレに腕っぷしで敵うかよ! オラァァ!!」
牢へと立ち入ったルカへ、ショーゴは気合十分に突撃した。
痩せこけていると思ったが、どうやらまだまだ血気盛んらしい。
が。
「勇敢と無謀の違いもわからないらしいね、この猿は」
「な、なんだ……コイツの、力……ッ!?」
思い切り繰り出したショーゴの拳は、ルカの親指と人差し指によって止められる。
「さすがのアタシも、現役を退いて久しいもんでねぇ。最近はめっきり身体が鈍っちまってしょーがない。長年連れ添ってきたギフトも……下手したら暴走させちまうかもしれないねぇ」
「は? ……あ、へ?」
ニヤリと、ルカ・オルカルバラが凶悪に笑った瞬間。
—―ショーゴの腹を鋼鉄の刃が刺し貫いた。
「え、は、っぐ、い」
突然の事態に、ショーゴは言葉が出ない。
痛みと噴き出した血液で、その顔が歪む。
「……女傑ルカ・オルカルバラのギフト、《鋼鉄刃》だ。あれこそが、彼女を『鋼鉄の魔女』と言わしめた所以だ」
「アイアン、エッジ……」
隣のエデンダルト王子が、恐ろし気に呟いた。彼の従者たちも、驚愕に目を見開いていた。俺も目の前の光景に、息を飲むことしかできない。
「アタシのギフトは、全身のあらゆるところから鋼鉄の刃を出せるんだ。ただ少しでもコントロールを間違うと、自分で意図しない素っ頓狂な場所から刃が出ちまうし、お気に入りのドレスも破けるしで困りもんなのさ。まぁ、四方八方を囲まれる戦場じゃ役に立ったもんだけどねぇ」
「いた、痛……痛い! 痛いぃぃ!」
痛みが遅れてやってきたようで、ショーゴは刃で刺し貫かれた状態から逃れようともがく。が、そのせいでさらなる痛みが襲い掛かってくる。
一方のルカ・オルカルバラは、世間話をするような気軽さで続ける。
「一度ベッドの上でアタシの名前を間違えた失礼な男がいてねぇ。そのときは逆に、《《アタシがソイツを貫いちまった》》んだっけねぇ」
「「…………ッ!」」
ルカの言葉を聞き、俺とエデンダルトは揃って身を震わせた。絶対今、王子様も股間がヒュっとなったんだよね……!?
「いてぇぇいてぇぇんだよぉぉぉぉ!!」
「いいかいクソ猿、この痛みを忘れるんじゃないよ? アタシはね、イイ女がアンタみたいな馬鹿で無能で無価値な男に蹂躙されるのが、この世で一番堪えられないんだ。あのヒロカって子が感じた恐怖はこんなもんじゃない。本来ならアンタらみたいなのには野菜くずすら与えたくないところだが、今は利用価値があるからね、生かしておいてあげるさ。だから素直に知ってることを、洗いざらい全部話すんだ。まだ無意味に吠えてこっちを煩わせるってんなら——男の象徴、切り落としてやる」
「ヒ、ヒィィィィ!?」
言って領主ルカは、ショーゴの股間を鷲掴みにした。あのまま手から《鋼鉄刃》を出せば、簡単にヤツの《《アレ》》は細切れになるだろう。
……俺もそうだが、隣の王子も若干冷や汗をかいていた。
「さぁ、話してもらうよ。生存している者の名前、別れ際の状況、装備やギフトの詳細に至るまで、アンタの足りない頭でわかることすべてをねぇ」
「は、話す! 全部話すから剣を、剣を抜いてくれぇぇ!」
その後、ショーゴは救護班に応急処置をされた上で、知っていることを全部従順に話していった。ヒロキが持っていた情報も合わせて、生存する召喚勇者たちの情報がある程度手に入ったのだった。
というか、我がアルネストの領主、鋼鉄の魔女ルカ・オルカルバラ。
マジで恐ろしい方でございます……。
絶対にあの人には逆らわないようにしようと、俺は心に固く誓った。




