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第21話 最強勇者と転移勇者

「…………」


 チュートリアラーの仕事を終え、俺はギルドの建物の影に身を潜めていた。視線の先の裏手の広場では、青空教室が開催されている。

 簡素な木の椅子に着席し、講師の話に熱心に耳を傾けている生徒はヒロカちゃんだ。


 では、講師は誰なのか? ……現役最強勇者と名高い、レイアリナ・レインアリアである。

 小麦色に焼けた肌と銀髪ショートヘアがトレードマークの、オーラのある美女だ。


 彼女と共に特別調査団として、聖魔樹海への派遣が決まった俺とヒロカちゃんだが、それによりヒロカちゃんは今まで以上に熱心に特訓に打ち込むようになった。

 毎日飽きることなく、座学を行いダンジョンに潜り実戦を経験する。ときどき魔法のトレーニングも行い、しっかりとスキルと魔法――《魔技マギ》――を上達させていった。


 順調に、冒険者志望としての経験値を積み重ねていた。


 だが、本人はさらなる向上心を抱きはじめたようで、俺の業務前、業務後だけでは物足りず、業務中も一人で自主練をはじめていた。人に見られるとまずい魔法以外を、一人で黙々と鍛錬していた。


 さらなる経験を追い求め、ヒロカちゃんは一人でダンジョンに入ると言い出した。が、それはさすがに俺が止めた。トラウマを乗り越えたヒロカちゃんなら大丈夫かもしれないが、親心的に、許すことができなかった。


 が、そんな彼女の才能を見抜いたのがレイアリナだ。

 通りがかりにヒロカちゃんのトレーニング風景を見たらしく「筋がいい。ボクで良ければ手伝おう」と言ってくれたようだった。そうした経緯から、俺の業務中にはこうして、レイアリナがヒロカちゃんを指導してくれることとなったのだった。


 ……いやね、いいんですよ? ヒロカちゃんも現役最強勇者様の指導を受けられて嬉しいだろうし? ダンジョンに入る上でも? 現役最強の勇者様が同行してくれるなんてこれ以上ないほど安全だと思うし?


 でもさぁ、なんというかさぁ……一抹の寂しさあるのよ!


「あ、先生! お疲れ様です!」

「お、おぉう」


 と、そこでヒロカちゃんが俺に気付いた。

 やべ、平常心平常心。もう三十分前に上がってからずっとここで気にしてましたとは絶対に言ってはいけない。


「先生、レイアリナさんの指導、すごく実践的でタメになります!」

「そ、そう。それはよかった」


 うぉぉ……『え、それって俺の指導よりいいってこと? 俺はお役御免なの?』とかちょっと頭で考えちゃってる俺、なんて器の小さい男なのか。還暦(中身)のくせに!


「……あ、今のはユーキ先生の指導がどうって話じゃないですよ? 先生は私にとっては指導どうこうのレベルじゃなく、人生の師匠だと思ってますから!」

「ヒロカちゃん、男として情けないとこの空気は読まなくていいからっ!」


 案の定、ヒロカちゃんに気遣われてしまい俺は恥ずかしいやら悲しいやら恥ずかしいやらで身をよじってしまう。ぐぬぬ、大人の男(還暦のおっさん)として、少しは威厳のある態度を取らねば……!


「ヒロカ。お疲れ様。区切りがいいから、今日はここまでにしておこうか」

「あ、レイアリナさん! はい、ありがとうございましたっ!!」


 と、そこでヒロカちゃんの後ろから、レイアリナが声をかけてきた。強者の余裕を漂わせ、いかにも一流感が醸し出ている。

 それに比べて俺は……あぁもう、自分の器の小ささが嫌になる。


「あ、俺が不在の間のご指導、ありがとうございました」

「…………っ」


 俺はダサい自分をなんとか押し殺し、レイアリナさんへ頭を下げる。ヒロカちゃんのチュートリアラーとして、最低限の礼は言わねばと思ったからだ。


 会釈のあと、レイアリナさんと目が合った。彼女は一瞬パッと笑みを浮かべた。が、すぐに眉間にシワを寄せ厳しい表情となり、プイッと顔を背けて行ってしまった。


 ……むぅ、やはり俺はあの人に嫌われてしまっているらしい。

 まだどこで会ったのか思い出せないんだよなぁ。


「なんか俺、あの人に嫌われてるっぽいな……」

「え、そんなことないと思いますけど?」


 思わず呟いてしまった言葉に、すぐに否定の言葉を重ねてきたのはヒロカちゃんだ。


「え、なんで?」

「だって今日の講義の間中、先生の指導方法のこととか、先生の性格とか、私から見た先生の評価とか、先生が優しいかどうかとか……ちょいちょい話に挟んできてましたよ?」

「え……どゆこと?」


 え、なんか怖いんですけど。まさか俺のことを調べ上げて潰そうとしてるとかないよね!? そんなレベルの恨み買った覚えないんだけどな……てか講義はちゃんとやってくれてるんですよねぇ!?


「ははぁん、レイアリナさんったら、さては『好き避け』ってやつですね」

「え、スキヤキ? あー、久しぶりに食いたいねぇ。でも米がなぁ」


 と、なぜかヒロカちゃんが急にスキヤキと言い出したので、頭の中があの甘いタレの味で支配される。あぁ、ヨダレ出てくる。


「……先生ってば、そーゆーとこの空気は自分のためにもちゃんと読んだ方がいいと思いますけど……。アピールするときは、私も気をつけなくちゃなぁ」


 すっかり頭の中をスキヤキで埋め尽くされていた俺は、ヒロカちゃんの呟きの内容を聞き取ることができなかった。

 あぁ、甘いお肉を卵に浸して……思いっきりがっつきたいなぁ。



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