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第18話 鋼鉄の魔女ルカ・オルカルバラ、登場

「領主様がいらっしゃいましたっ!」


 昼下がりの時間帯。いつものように冒険者指導講習チュートリアルを行っていた俺の耳に、ギルドの同僚の声が聞こえてきた。

 講義を受講している冒険者志望の方々も、何事かと周囲をキョロキョロしはじめている。


 ギィ、とギルドの入口が開かれた次の瞬間。

 ド派手なドレスに身を包んだ巨体の女性が、数人の従者らしき人たちを引き連れ、ズンズンと進み入ってきた。もはやその雰囲気は歴戦の武士のごときである。なにせ顔にいくつも傷があり、左目に至っては眼帯をつけているのだから。


「「「ようこそおいでくださいました、ルカ・オルカルバラ様」」」


 事前に準備していた様子で、俺以外のギルド職員全員が立ち上がり、領主へ向けてお辞儀をした。受付にいるシーシャも無表情ながら、しっかりと身体を折り頭を下げている。

 え、ちょ、俺聞いてないけど!? そういう礼儀・礼節に疎いんだから事前に教えておいてほしいんだけど!?


 まずい、俺だけ怒られるのでは……とビビッていたのだが。


「はいはいどうもどうも。挨拶はそれ以上いいから仕事に戻りな。今回は急なことに対応してくれて礼を言うよ」

「「「…………え?」」」

「アンタらね、覚えときな。領主だろうが王様だろうがどんだけ偉いヤツだろうがね、忙しいときに挨拶以上の時間を奪ってくるヤツなんてのはクソだ。対応なんざしなくていい」


 歩みを止めないまま、ギルド全体に響くような声で領主は言い放った。


「今日からここの会議室を使わせもらうよ。準備はアタシらでやるから、皆は自分の仕事を優先しな。部屋は階段を上がった先だったかい?」

「そ、そうです。ですが領主様、我々もなにか……」

「ですがもへったくれもあるかね。いきなり予定をねじ込んで流れを乱したのはこっちなんだ、自分たちでできることはやるさ。仕事が忙しい中でこっちの要望に対応してくれだけでアンタらには感謝だよ。ありがとうね」

「い、いえ。滅相もない」


 終日対応するつもりで出張っていた職員は、領主の予想以上に砕けた態度に恐縮しきりだ。


「よし、そんじゃまずは会議室の掃除といくかい。第二王子と勇者を迎えるんだ、少しは見栄え良くしておかないとね!」

「「ハっ!」」


 足を止めず、ギルドの二階へと進む領主、ルカ・オルカルバラ。引き連れた従者数名に指示を飛ばしながら、会議室へとなだれ込むように入って行った。

 なんとも、嵐のような人だな。


「あれが『鋼鉄の魔女』か」

「いかにも女傑って感じの雰囲気だったね」

「女であのガタイはヤバイな……すげぇ威圧感だ」


 受講生たちが噂話をはじめたので、俺はゴホンと咳払いをして仕切り直した。


 鋼鉄の魔女、ルカ・オルカルバラ。

 俺が文献で調べた限りでは、幼少期から傭兵的冒険者として数々の武勲を上げ、先々代の初代ダイトラス王に認められ、辺境貴族にまで成り上がった女傑中の女傑。

 彼女の領地における統治方法は先進的かつ人道的で、常に領民から賢主として愛されてきた、史上まれに見る最強の女辺境伯――それが世間的なルカ・オルカルバラ評だった。


 まぁ、端的に言えばめっちゃイイ領主ってことだよな。


 それにしても、領主のルカ・オルカルバラが領地であるアルネストに来るのはまだわかるが、なぜこんな辺境に、それこそ超絶VIPのダイトラス王国第二王子や、現役最強勇者までが集結しようとしているのか。

 俺は改めて疑問を感じ、講義用の文献をめくりながら、ちょっとだけ思考を巡らせてみた。


 ……まさか、ヒロカちゃんたちが関係している?

 ふと浮かんだ答えは、少し不安を掻き立てるものだった。


◇◇◇


「ライセンス試験中止!?」


 俺がヒロカちゃんとの特訓を終えてダンジョンから戻ると、中央ギルドから悲しい報せが届いていた。

『今春の冒険者認定試験は中止とする』——中央からの手紙には、そう書かれていた。


 中止の理由としては、どうやら現状のアルネストギルドで冒険者試験を行うことが危険と判断されてしまったようだった。毎年、冒険者試験の会場となる各所のギルドと周辺ダンジョンでは、冒険者志望の荒くれ者たちの流入で治安が悪化し、それにより軽犯罪が発生していることが問題視されていた。

 今のアルネストにはこれでもかと言わんばかりの大物たちが滞在しているわけで、その影響も考慮されたのかもしれない。現場のみんなは開催時期を早めるなどの措置でなんとか対応しようとしてくれていたが、中央の強権が発動してしまった形だ。


 くそ、アルネストではここ数年なんの問題も起きていないのに。それにヒロカちゃんのことを考えても、一刻も早く冒険者にしてあげたいところなのだが……。


「先生、どうかしましたか?」

「あ……ヒロカちゃん」


 先に荷物を置きに行っていたヒロカちゃんが、俺のいる受付へと戻って来た。冒険者試験中止のことを、順を追って説明する。


「それって、もう私は冒険者になれないってことですか?」

「いや、そこまでではないんだ。でも冒険者試験は年二回、春と秋の開催だ。だから最速でも半年以上は先になってしまう」

「そ、そんな! 半年先まで皆さんのお世話になり続けるだなんて、私耐えられないです。……もういい加減、自分の食い扶持は自分でなんとかしないと」

「俺たちは全然、ヒロカちゃんならずっといてくれていいんだけど」

「私がこの町の皆さんが好きだからこそ、甘えてばっかりはイヤなんです!」


 ここ最近、ヒロカちゃんは前にも増して『早く一人立ちしたい』と話すようになった。彼女がアルネストに来てから、与えられてばかりであることをずっと気にしているようだった。

 俺がふと世間話程度に、十四歳頃から成人的に扱われるというのを話してしまったのがいけなかった。さらに鍛冶屋のダンケル兄弟がすでに働いていることなども見ており、焦りを抱いてしまったようなのだ。


 くぅ、俺としたことが。

 教え子一人の精神状態も慮れないで、なにが指導員だコンチクショー。


「だったら、アンタも調査団に入ればいい」

「その声は——領主様?」


 ギルドの受付で問答していた俺たちの頭上に降ってきたのは、豪傑ルカ・オルカルバラの大音声。我が領主さまは自慢の巨体を揺らしながら、階段を下りてくる。


 後に続いて出てきたのは、金髪碧眼のすらりとした超絶イケメンと、負けじと高身長の銀髪ベリーショートで小麦色の肌の女性だ。出るとこが出て引っ込むところは引っ込んでいる女性らしいスタイルから、女性と判断した。


 ……ん? あの女の人、どこかで見たことある気がする。


「あっ」

「えっ」


 向こうも俺と目が合った途端、一瞬嬉しそうな顔をした。

 が、それは本当に一瞬で、即座に不機嫌そうに眉間にシワを寄せ、ぷいっと顔を背けた。


 ……え、俺なんかした? 

 もしかして、どこかで会って粗相してしまったとか……あぁ、思い出せない。まあいい、必要以上に絡まずにいれば失礼を上塗りしてしまうことはないだろう。


「調査団って、いったいどういうことですか?」

「さっき決定してねぇ。ここアルネストにて有志を募って、聖魔樹海へと調査団を派遣することになった。主な任務は、樹海で行方不明となった召喚勇者たちの捜索だ。そこのアンタも、召喚勇者の一人なんだろう?」


 そう言い、ヒロカちゃんを鋭い視線で射抜くルカ・オルカルバラ。


「で、でもそれが冒険者試験となんの関係が——」

「調査団には指揮官として、ここにいる二人、勇者のレイアリナ、ダイトラス王国第二王子のエデンダルトが、数名の騎士と共に同行する。これだけの重鎮の前で仕事を無事にやり遂げれば、冒険者ライセンス発行に足る十分な実績になる。下手したらF級どころか、飛び級扱いでD級、C級からはじめられる可能性だってあるさね」


 ルカの言葉を聞き、にわかにヒロカちゃんの目が煌めく。

 いや、でも危険すぎるだろ、いきなり聖魔樹海は。


「……俺は反対です。まだ彼女に実戦は危険すぎますし、ましてや聖魔樹海だなんて——」

「先生。心配してくれてありがとうございます。嬉しいです。……でも私、せっかくのチャンスはフイにしたくないんです」

「ヒロカちゃん……」


 俺とルカの間に、ヒロカちゃんがずいっと割り込んだ。

 背筋をピンと伸ばし、二倍近くの身長がある領主と相対している。


「お話、もう少し詳しく聞かせてくれませんか?」

「ほう、真っ直ぐなイイ目をしてるねぇ。……聞いていた感じより、断然イイ女になってるじゃないか」


 居並ぶ英傑らに一切物怖じせず、ヒロカちゃんは言い切った。

 すでにヒロカちゃんのギフトが、交渉の席において力を発揮しはじめているのかもしれない。


 ただ、俺としては…………はぁぁ。ため息です。

 だってどう考えても、俺の教え子が俺の空気だけ読んでくれないんだもの。

 俺、すげー心配なんだけどなぁ。



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