第17話 ブレイクスルー
「GRRYUUUU!!」
「先生ッ! うああああッ!!」
ホブゴブリンの咆哮の後、ヒロカちゃんの必死の声。
叫びの中、俺の頭へと振り下ろされる棍棒。そのすぐ横を掠めるようにして——ダガーが投擲された。
黒と銀のダガーはホブゴブリンの左眼に突き刺さり、ヤツは棍棒から片手を離すこととなった。
咄嗟にヒロカちゃんが、攻撃したのだ。
「BRYUUuu!?」
「ありがとう、ヒロカちゃん!」
狙いのブレた棍棒をギリギリで躱し、俺は即座に反撃へと転じる。全神経を研ぎ澄ませ、刹那で魔力を全身を巡らせた。そして一気に佩いていたサーベルを抜き放つ。
「くらえ!!」
「BRYaaaa!?」
俺はスキルで強化した腕力で、刃を横薙ぎに振り抜く。その一撃でホブゴブリンは上下に分断。一刀両断された身体は灰褐色の粒子となり、大地へと還っていった。
俺は足下に転がっていたダガーを拾い上げる。
「はぁ……はぁ……」
「間一髪だった。ヒロカちゃん、ありがとう。助かったよ」
自分の剣を鞘に収め、俺は背後のヒロカちゃんへ振り返った。
見るとヒロカちゃんは汗をかき、肩で息をしていた。その表情には驚きと戸惑いがない交ぜになっているような雰囲気があった。
「ヒロカちゃん、今……動けたよね!?」
俺はダガーを返しながら、思わず確認する。
少し声が上ずってしまった。
「はい……先生のこと助けなくちゃって思ったら、身体が動いてました……。今動かなかったら、一生後悔するって。そう考えたら、身体が反応したんです」
ダガーをしまいながら、自分の手を確認するように見つめるヒロカちゃん。自分でも驚いている、といった顔だ。
「助けてもらっておいて、こんなこと言うのはおこがましいんだけど……やったね!」
「は、はい! トラウマ、乗り越えられたかもしれません!」
俺とヒロカちゃんは拳を突き合わせ、喜びを分かち合う。
まさか俺のピンチが引き金になって、ヒロカちゃんがトラウマ克服のきっかけをつかんでくれるとは思わなかった。
ただそれは、それだけ俺との関係性を大切に思ってくれているということ。……本当に、ありがたいことだ。
「私、この感覚をちゃんとつかんでおきたいです。ここからは私が前衛でダンジョン探索してもいいですか?」
「いいとも。ただし絶対――」
「無理はしない、ですよね?」
念のため釘を刺し、俺たちはダンジョン探索を再開する。
「あと、俺はもう絶対に油断しない。常にヒロカちゃんの安全は俺が守るから、安心して取り組んでくれ」
「はい! でも私だって、先生のことを守れるんですから!」
「はは、そりゃそうか」
そうして俺たちはお互いを守り合いながら、ダンジョンでの特訓に励んでいった。
ヒロカちゃんははじめの方ではまだ恐怖で身体が強張っていた。が、諦めることなく何度も何度も戦闘し、ダンジョンを出る頃には、一人で魔物を撃破することができるようになった。
「おめでとう。これで冒険者試験、合格間違いなしだ」
「ありがとうございます!」
ダンジョンからの帰り道、俺はヒロカちゃんへ合格のお墨付きを与えた。
彼女の笑顔が、夕日に照らされて輝いていた。
◇◇◇
「「「ヒロカちゃん、アルネストへようこそ!」」」
「……ほぇ?」
ギルドへと戻った俺たちを待っていたのは。
やけに豪勢な食事と、ギルド職員や町の人々からの熱烈な歓待だった。
「今日はヒロカの歓迎会。主役はヒロカだ、存分に楽しめ」
「シーシャさん……!」
ヒロカちゃんにドリンクを手渡しながら、シーシャが無表情に言った。
そういえば数日前、ヒロカちゃんの歓迎会をやってあげたいとシーシャが話していたっけ。他のギルド職員も賛同していたから、こんなに迅速に開催に至ったんだろう。仕事の速さはさすが、アルネストギルドである。
そしてシーシャ、お前イイヤツ過ぎるだろ!!
「私、歓迎してもらうようなこと、してないのに……皆さんには与えてもらってばっかりだし、迷惑もかけてばっかりだし……」
突然のことに戸惑い、どこか恐縮した様子のヒロカちゃん。
そこへずい、と腰の曲がった老婆が近付いていった。
ムコルタばあさんだ。
「若いのに妙なこと気にするんじゃないよ、水臭い。アンタみたいな可愛らしい子はね、明るく笑ってりゃそれだけでいい。年寄りはね、自分の町で若いもんが笑顔で暮らしてくれてるだけで嬉しいもんなのさ」
「ムコルタおばあさん……」
「ワタシはまだ『ばあさん』だ! 『おばあさん』なんてトシじゃないよ!」
「「「あははは!」」」
ムコルタばあさん、イイコト言うな。俺も還暦(中身)として、あれぐらいの含蓄ある台詞を言えるようになりたいぜ……。
ヒロカちゃんは最近ではギルドだけでなく、アルネストの美化・清掃も積極的に行っている。そのおかげか、ムコルタばあさんをはじめとした町の人たちとも、徐々に良好な関係性を築きはじめている。
「ヒロカ姉ちゃん。父ちゃんが打ったダガーはどう?」
「ヒロカさん、ぜひおしえてください!」
「わぁ、ダンくんとケルくんも来てくれたんだね!」
今度は鍛冶屋の兄弟ダンとケルが、ヒロカちゃんに話しかけた。彼らの父親が打ったダガーを俺が贈ったわけなのだが、あの子たちはいつもああして、父親の商品の評判がどうかチェックしてくるのだ。まさに子供の顔をした品質チェッカーである。
その他にも、パン屋のロイドや仕立て屋のアルーなど、町の皆がギルドの食堂に集まり、ヒロカちゃんの歓迎会を盛り上げてくれていた。
すでにヒロカちゃんは、この町の一員として認められつつあるのだと、俺は改めて感じた。
教え子が立派な姿を見せてくれるだけで、指導する側はこんなにも嬉しいものなんだな――感じたことのない充足感が、胸に満ちる。
はじめての喜びを噛み締めながら、俺は宴に酔いしれた。




