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第16話 チュートリアラー、痛恨のミス

「ヒ、ヒロカちゃん? どうしたの?」

「…………」


 俺の魔力変換速度を聞いた途端、ヒロカちゃんが絶句してしまった。

 え……まさか俺、調子に乗りすぎ? ドヤり過ぎた?


 皆が自動でやっている『魔力変換』を、俺は試しに()()で行ってみた。それに手応えを感じ、自主的に特訓し続けたらめちゃくちゃ高速で魔力変換できるようになったのだ。

 なので個人的には魔力運用の速度・精度はかなり自信があった。気持ち的には『ふふん、魔力運用に関しては俺は一角ひとかどだぜぇ?』と、まさに辺境の隠れた実力者ムーブだなぁと内心ドヤァって感じだったのだが……え、癪に障った?


 だとしたら本当ごめんマジごめんなさい! もう調子乗らないから許して!! おじさんは若い女の子に嫌われるのが本当にダメージデカいの!!


「先生、今普通にストップウォッチって……」

「いやそっちかーい!」


 ツッコんだあと、ガクッとずっこける。

 そっち!? 土下座する勢いで謝罪の脳内シミュレーションしてたよ!!


「ダイトラス王国で聞いた話ですけど、この世界ではまだまだ機械時計はないですよね? 魔力とか魔法で動く便利なものはありましたけど、そういう時計は高級品で貴族しか持っていないって聞きました。魔力変換の測定だって砂時計みたいなので測ってましたし。ストップウォッチなんて言葉も仕組みも、そもそもまだ生まれてもいないですよね?」

「うっ……」


 冷静に言及され、俺は言葉に詰まる。

 日本からやってきたヒロカちゃんと交流していたために、自然と前世の感覚が再燃してしまっていたらしい。


「制服姿に違和感を抱いてなかったり、こっちの言葉を上手く日本の感覚に訳してくれたり、そういうとこからなんとなく感じてはいましたけど、ユーキ先生ってもしかして……日本人ですか?」

「ギクゥ!」

「自分で『ギクゥ!』とか言ってるし!」


 はっきりと指摘され、俺は極めて阿呆な反応をしてしまう。

 ヒロカちゃんの『空気を読む』の前に隠し事は無意味だろうと決めつけていたせいで、自分が転生者であることを隠す気持ちが消えてしまっていた。


 こちらの世界で二十二年を生き、すっかりこちらに馴染んだつもりでいた。が、やはりずっと頭の片隅に『前世の記憶や想い』を持って生きてきた影響は大きいようだ。


「今まで隠していてごめん。実は俺、日本からの転生者なんだ」

「あ、全然怒ってるとかではないんですよ。ただそうなら色々とお話したいことあるなって思って」


 正直に言うしかなくなり白状した俺に対して、ヒロカちゃんは柔らかい笑みを返してくれた。ふぅ、嫌われていないみたいで一安心だ。


「確かに。よしじゃあ……さっきブラックバットを倒した辺りで一旦休憩しよう。魔物が倒されたばかりで魔元素が乱れた場所には、魔物はすぐには寄ってこないから」

「わかりました!」


 俺たちは荷物を降ろし、少し休憩することにした。


◇◇◇


「転生者ってことは、ユーキ先生は日本で亡くなられてからこっちで生まれ変わった、という感じですか?」

「うん。そういうことになるね」

「へぇー。この世界には私たちみたいな異世界転移じゃなくて、異世界転生もあるんですね!」

「俺の他にも、前世の記憶を持った転生者はいるかもしれないね。現時点では会ったことないけど」


 興味津々といった様子で色々と質問をしてくるヒロカちゃん。彼女は転生などのファンタジー小説を読んでいたそうなので、その辺りの知識の説明はいらなかった。


「子供の頃から鍛えてたから、今みたいにすっごく強いんですか? あるじゃないですか、転生者が努力して無双するっていう作品」

「いやいや、俺は魔力変換が早いだけでそこまで強いわけじゃないし。でもまぁ、小さい頃から魔力とかを鍛えて無双……に憧れてた時期はあったね。ただ、この世界は人が持てる魔力量は一律だから、すげー無駄な努力だったんだけど」


 俺も無限の魔力で他を圧倒できる最強主人公に憧れがなかったわけではない。だって還暦(中身)でも、やっぱり男の子なんだもの。


「でもあれだけ魔力変換が早ければ、半ば魔力が無限なのと変わりませんよね? 呼吸した傍から魔力が作れるわけだから」

「んー、それはそうなんだけど、俺はヒロカちゃんみたいなギフトもなければ魔法の才能もないからね。強いて言うなら、平常心さえ維持できればスキルを使い続けることができるってぐらいだよ。と言っても俺が使えるのは、指導のためにマスターした《身体強化》とかの、基本的なスキルだけなんだけどね」

「それでもすごいです! やっぱり頑張り続ければすごいところへ行けるんですね!!」


 自慢とも自虐とも言えない中途半端な俺の自分語りを、ヒロカちゃんは前向きな言葉で肯定してくれる。


「まぁ頑張るってほど頑張ってはないから恐縮だけど、前世の頃から他人が感覚でやってることを言語化して、マニュアルにして繰り返せるようにしていくっていうのは、結構やってきたかな」


 仕事の立場上、そういうタスクを担当することもよくあった。


「あ、だから先生は指導がわかりやすいんですね!」

「褒めてもなにも出ないぞー」


 と言いつつ、心では嬉しさを噛み締めていた。

 俺には何の才能もなかったが、だからこそ人が理解しやすい言葉の形に落とし込み、繰り返して行い、誰もが徐々に精度を向上させられるようにしたかった。


 仕事でよくあったが『いい感じにやっといて』などとフワっとした指示を出した挙句、こちらの成果に対して『全部やり直し』と無責任に言い放つ人間は山ほどいた。

 俺が過労死する原因となったクソ上司は、まさにその典型だった。自分の説明不足や言語化能力不足を棚に上げ、下のせいにしてばかりいる人間だった。今思い出しても腹が立つ。


 だからこそ俺は、そういう連中と同じにならないため、できる限り言語化することを意識し、他者にも自分にも伝わりやすい形にすることを心がけるようにしてきた。それだけは常日頃から意識している、俺の大切な信念と言えた。


「――とまぁ、俺はそんな感じで今日まで生きてきたよ。前世のブラックな生活に比べたら、こっちの世界はのどかで愛すべきものだね。多少の不便はあるけど、またそれも風情って思える」


 ヒロカちゃんに出会うまでの俺の人生をざっと話し終え、間を置くために岩へ腰掛けたまま首のストレッチをした。


「……私、ユーキ先生みたいな大人に、もっと早く出会えてたらよかった。日本で私の周りにいた大人は、おじいちゃん以外みんな自分のことしか考えてなかった。……だから私、こっちの世界に強制的に連れてこられたとき、内心で『やった!』って思ったんです。そんな大人ばっかりの日常に、ずっと耐えていたから」


 地べたに座り話を聞いていたヒロカちゃんが、少し悲しそうに目を伏せた。


「俺も自分のことしか考えてないよ?」

「先生のそれは全っ然違います! だって先生は常に『自分と周りに不幸が降りかからないように』って思って動いてるじゃないですか! 私の周りの大人は、みんな自分が良ければなんでもいいって態度でした。こっちのことわかったフリして、結局は自分の都合を優先する人ばっかり」


 真剣に話してくれるヒロカちゃん。

 俺は耳を傾ける。


「先生みたいな大人がいてくれたなら、日本も悪くないって思えたのかな、私……」

「ヒロカちゃん……」


 意気消沈したヒロカちゃんを元気づけなければと思い、俺は岩から立ち上がる。が、どんな言葉をかけるのがいいかわからず、若干懊悩する。

 あーもー、こういうシチュエーションで良いセリフを瞬時に言えるほどモテる人生送ってきてないぞ?


 なんてことばかり考えていたせいで――反応が遅れた。


「ッ! 危ないッ!!」

「やべ油断し――」

「GRRYUUUU!!」


 俺の背後に、狡猾なホブゴブリンが音もなく接近していた。

 先の大きな棍棒が、俺の頭蓋骨目がけて振り下ろされた。



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