第153話 セトルリアンシティの暗部へ
シーシャと共に地下への入口へ飛び込んだ俺は、薄暗闇の狭い道を、光もなく歩き進んでいた。
前を行くシーシャは、一切の淀みなく足を運んでいる。途中、分かれ道も数回あったが、そこも迷うことなく判断し今に至っている。
おそらく、事前にこの地下の地形などを頭に叩き込んでおいたのだろう。
すでにそれなりの時間を歩いたので、この地下空間がかなりの規模であるということが理解できた。
セトルリアンシティという大都市の地下に、このような大規模な地下道が張り巡らされていることに、俺は少なくない驚きを感じていた。
「シ、シーシャ。この地下道って、セトルリアンシティの下に続いてるのか?」
「ああ、そうだ」
俺の質問に、振り向くことなく応えるシーシャ。歩みを止めず、軽快に突き進んでいく。
いまいち状況を飲み込めないままの俺は、彼女の背中についていくのがやっただった。
「そろそろ、協力者と落ち合う地点だ」
「協力者?」
細く狭い直線を進むと、少し開けた空間に出た。相変わらずの真っ暗闇だが、俺とシーシャは夜目が利くため、視界は確保されている。
そこでシーシャが、きょろきょろと辺りを見回しはじめる。
協力者とやらを、探しているのかもしれない。
「……こっち。こっちだってば」
「っ!?」
「はぁ。おばさん、おじさん、鈍感だね」
と。
二人で周囲へ視線を彷徨わせていると、足元から少しくぐもった声が聞こえた。
見ると、うずくまるようにして子供が一人座っていた。
もしかして、この子が協力者なのだろうか?
「……おい、今わたしにおばさんって言ったのか?」
「そうだよ。だっておばさんじゃん」
「許さん。ここで土に還してやる」
「ちょ、シーシャ! 待て待て」
出会い頭で『おばさん』と言われ、無表情のまま怒髪天モードに変貌するシーシャ。今にも飛び掛からんとするその身体を羽交い絞めにし、なんとか止める。
どんだけおばさんて言われたくないのだ、シーシャよ。
「はぁ。このぐらいで怒るとか、大人が聞いてあきれるよ。さ、いいからついてきて」
「ちょ、ちょっと! キミ!」
子供はシーシャの怒りにビビることもなく、すっと立ち上がってすぐに歩き出す。
シーシャは未だフガフガと怒っているが、ひとまずあの子についていけばいいのだろうか?
「シーシャ、落ち着け。どうどう」
「わたしはおばさんじゃない。お姉さんだ」
怒りの収まらないシーシャに襲いかかられてはたまらないので、今度は子供、俺、シーシャの順番で進むこととなった。
金輪際、シーシャにおばさんと言わないように気を付けよう……。
◇◇◇
「もう少しでセトルリアンシティの中心だよ」
「あ、ああ」
前を歩く子供が、素っ気ない感じで言った。
シーシャにおばさんと言い放ったこの子の名は『ロリアン』。伸ばした黒髪に中世的な顔立ちをしている男の子だ。
ちなみに俺は『悪趣味仮面おじさん』というあだ名を頂戴した。
暴力してやろうかコノヤロウ。
「そこにボクらの住処、『隷属街』がある」
「れい、ぞく、がい?」
ロリアンの言ったことを、俺はそのまま間抜けにも繰り返してしまった。
「なんだ、おばさんから聞いてないの?」
「だからわたしはおばさんじゃな――」
「シーシャ、話が進まないからここは押さえてくれ」
背後から怒気をむんむんに漂わせるシーシャを制しつつ、俺は話の先を促す。
「隷属街ってのは、ボクらみたいな奴隷が住まわされる場所さ。暗くてジメジメしてて、あんまり楽しい場所ではないよ」
「…………」
立ち止まったロリアンの口から語られた事実に、俺は憤懣やるかたない感情を抱く。
人を街の地下に閉じ込めて生活させるとは、いったいどういう了見なのだろうか?
「ロサム共和国では、まだ奴隷制が続いている。首都であるセトルリアンシティの地下には、今歩いてきたような広大な地下空間が作られ、奴隷階級の人間はそこに押し込められて生活させられている」
「それって……胸糞悪いな」
冷静さを取り戻したシーシャの補足説明に、俺は思わず悪態をつく。
世界を制する覇権国家。だがその内情は、奴隷階級の人々を作り、様々なものを搾取することで成立している国家体制ということ。
……要するに、一部の人間の犠牲を前提にして成り立つやり方ということだ。
正直、反吐が出る。
「……っ」
と、そこでロリアンがびくりと肩を揺らした。
「ユーキ、殺気が出ている。子供を怖がらせるな」
「あっ、す、すまない」
シーシャに指摘され、俺はようやく気付く。
どうやら俺から出ていた殺気のせいで、ロリアンが怖がってしまっていたようだった。
いかんいかん、子供は人の出す雰囲気に敏感だ、怖がらせてしまってはいけない。
「わたしもあまり法律だの政治だの、難しいことは知らないしわからない。でも、今ユーキが感じている感情を、同じように抱いた」
「シーシャ……」
「だが、それが良いか悪いかを決めるのは、その土地で暮らす人々だ。わたしたちがどう思ったとしても、実際に奴隷となっている人々がどう感じているのかの方が大事だと思った。だからこうして、ユーキに一緒に来てもらって、一緒に考えてもらおうと思ったんだ」
真剣な眼差しで話してくれるシーシャに、俺の心は絆されていく。
シーシャの言う通り、俺たちはあくまでも外野である。
国の在り方を決めるのは、あくまでもそこに住む国民であるべきだ。
「わかった。俺もこの目で見て、耳で聞いて、肌で感じる」
「ありがとう。そしてもう一つ、ユーキにはぜひ知っておいてもらいたいことがある。それが、どうしてもロサム共和国を訪れるべきと思った理由なんだ」
真剣みを増したシーシャが、真っ直ぐに目を見て言った。
俺たちが、ここを訪れるべき理由?
いったいなんなのだろうか。
「セトルリアンシティの市民は、漏れなく全員が――魔技を使うことができるらしいんだ」
「…………っ!」
シーシャの口から語られた事実に、俺は驚きを隠せなかった。




