第152話 セトルリアンシティ
夕暮れ時、俺とシーシャは長蛇の列に並んでいた。
ロサム共和国の首都、セトルリアンシティへの入国審査の列である。
首都は、小高い丘のような場所に作られた城塞都市で、周囲を高い壁が囲み、さらにその外側に深い堀を張り巡らせてある、鉄壁と表現できる大都市だった。
今俺達がいるのは城塞の外で、並んでいるのは唯一の入口、堀にかけられた橋から続く列だ。
待機列の両側には、これでもかと露店が並んでおり、威勢の良い売り手のかけ声や、香ばしい肉を焼いた匂いなどが漂っていた。
大都市にはこのように入国を待つ者が列を成すが、そこを商機と見てまた人が集まってくる。セトルリアンシティ周辺もその例に漏れず、半ば小さな町のような規模で発展していた。
「あれが時計塔か。ここからすでに見えるなんて、とんでもない高さだな」
「近くで見たらどれほど高いんだろう」
俺は高い城塞から飛び出すように見える、巨大な時計塔へと視線を向けた。香気に食欲をそそられっぱなしだったシーシャも、同じく目線を塔へと動かした。
セトルリアンシティの中央にある、世界最高高度を誇ると言われる巨大建造物、セトルリアン大時計塔。
周辺を見下ろし、かつ首都としての威厳を示すかのように、厳かに佇んでいるのが見えた。
「ありゃすげぇや。間違いなく今まで見た建物ん中で一番デカい」
「いかにも、国が豊かな証拠だな」
軽く見上げるように時計塔を観察しつつ、語り合う。
個人的な趣味だが、大きな建物は好きだ。テンション上がる。
前世にはどデカいビルとか大仏を見るのが結構好きだったのだが、その辺の趣味に近いものがある。男はデカいものに惹かれるのさ!
直近で見たデムナアザレムの大聖堂もテンション上がったが、時計塔はアレよりもデカい。さらに、見る度感動していたダイトラス城の大尖塔よりも高い。
しかも高さだけでなく、城や大聖堂に負けず劣らずな豪華な装飾が施されている。遠目からでも手の込んだ飾りが幾重にも張り巡らされているのが見え、とんでもない財が投入されているのがよくわかった。
人手もかなりかけて作られたことだろう。
「……ん? あれはデムナアザレムの……」
塔に興味をそそられていた俺を差し置いて、隣のシーシャが、なにか呟いた。
「ユーキ、予定変更」
「え、なんで?」
首都に入ったら絶対に間近で大時計塔を見るぞ、と息巻いていた俺を、シーシャは腕を掴んで入国審査の列から離し、横道に引っ張り込んだ。
また最後尾に並んだら日を跨ぐぞ!?
「ど、どうしたんだよ?」
「入口に樹教の連中がいた。もしかしたら検問を敷いているのかもしれない」
「……マジか」
シーシャに言われ、俺は改めて入国口に目を凝らしてみた。
仮面のせいで若干視野が狭かったが、確かに司教服のようなものを着た人間が数名、入国者を観察できる形で橋の辺りに待機していた。
全員の表情を確認すると、若干眉間にシワを寄せ、決して穏やかな感じではない。
……これはやはり、異端者である俺のことを探している連中だろうか。
「あれじゃ、入国は無理か……どうする?」
長い旅程を経てここまで来たのに、俺のせいで入れないのは心底申し訳ないのだが、ロサム共和国に危険を冒してまでこだわる理由もない。
俺は荷物を背負い直し、できる限り暗くならないよう平静に言った。
「いや、ユーキが今の生き方を続けるなら、一度ロサムを見るべき。覇権国家の今と行く末を見定めなければ、これから本当にどうするべきなのかは決められない」
「シーシャ……」
シーシャは俺の目を見て、真っ直ぐに言った。
「この世界の人々にとって、本当に必要とされることはなんなのか。ユーキがたった一人でそれらを背負い続けなければならないのか。それを真に判断するためには、今この世界で強大な力を持つロサムの在り方を肌で感じなければ、良い判断はできないと思う」
真摯に訴えてくるシーシャの澄んだ目に、俺は身動きを取ることができなかった。
そんなところまで、考えてくれていたとは。
「それなら……この辺りで数日野営するか? デムナアザレムの連中も、時間が経てばいなくなるかもしれないし」
「ふふん、こんなこともあろうかと、色々と手配してある」
俺の提案に対して、シーシャは得意げに胸を張った。
本当になにからなにまで、俺のことを慮ってくれているわけだ。
まったく、俺は一生彼女に頭が上がらないだろう。
「俺、どこまでもシーシャについていくよ」
「ふん、当然。少し歩く。こっちだ」
お礼の意味も込めて深々と頭を下げてから、俺はシーシャの後をついていく。
列を離れて歩いていると、露店などの賑わいもすぐに遠くなる。
陽が落ちて辺りが暗くなったせいもあってか、かなり不気味さすら感じるほど人気がなくなった。
「シーシャ、いったいどこへ?」
「しっ。もう少しだ」
黙々と歩き進むシーシャの華奢な背中を、俺はただひたすら負った。
「この辺だろうか」
ふと立ち止まり、周囲を見回すシーシャ。
俺はその後ろで、ただただ立ち尽くすしかない。
「あった」
「ぬお!?」
キョロキョロしていたシーシャが、突如俺の足元に潜り込んだ。
いきなりなんですかシーシャさん!?
ぼごん、という音を立てて、突如として地面に穴が開いた。
「ここから、セトルリアンシティの地下へ入れる」
「……っ!」
「さぁ、行くぞ」
シーシャが無表情のまま。
――その入口へ、飛び込んだ。




