第151話 ニアミス
様々な移動手段を用い、大小の街や村を経由して、俺とシーシャはロサム共和国の国境へと近付いていた。
広大な国土を持つロサムには数多くの都市が乱立しているそうだが、中でも一番の大都市は、国の中央にある首都だそうだ。
ロサム共和国の首都、その名も――セトルリアンシティ。
英雄の名を、そのまま冠した都市。
きっと国を象徴するような場所なのだろう。
俺たちはセトルリアンシティを目指して、今は徒歩で移動していた。
すでに街が近いせいか、多少の人の往来があった。
「そういえば、シーシャはセトルリアンに会ったことがあるのか?」
少し前にシーシャから英雄セトルリアンの話を聞いた俺は、隣でベーコンとチーズのパンを頬張るシーシャにたずねる。
「いや、ない。ただロサム内にもアンディルバルト商会の支店はある。それで多少は情報を持っている」
「さすがアンディルバルト商会、手広くやってるんだな」
「支店の者たちがバルドバルジの本店に来ていたときに聞いた話だ。セトルリアンは広大なロサムを定期的に回り、民へ向けて演説することが多いそうだ。そしてそれを聴いた聴衆は皆、彼に心酔してしまうのだそうだ。実際、それを話していた商会の者たちも、心底から惚れ込んだような表情を浮かべていた」
「ほぇぇ、なんか凄そうだな」
前世の感覚から辿ってみても、演説に人が魅入られるイメージがあまり湧かない。
選挙のときなんかに駅前で街頭演説している人がいて、一度興味本位で聴いたこともあるが、まったく持ってチンプンカンプンな感じだったし。
ああいうのって、どれだけの名演説であれば人の心を惹くことができるもんなのか、個人的には少しだけ興味があった。
人前に出て講義をしなければならないという意味で、冒険者指導員にも演説の技術が応用できるのでは?と、個人的には考えているからだった。
「ただ、ロサムには心配なこともある」
そこで、シーシャの声に少し影が入った気がした。
すでにベーコンとチーズのパンは完食している。
「なにか気になっていることがあるのか? 俺にも教えてくれ」
「……今は言わないでおく。わたし自身、自分の目で見て判断したいことでもあるんだ。ユーキには悪いが、前提条件なしで、わたしと一緒に判断をしてほしい」
一切茶化すような雰囲気はないまま、シーシャが言った。
ならば、俺もこれ以上聞くのは野暮というものだろう。
「わかった。俺も自分の目で見て判断するよ」
「助かる」
そうして俺たちは、決意新たに首都セトルリアンシティへと向かって、歩みを早めた。
◇◇◇
「覇権国家のカリスマ指導者から、色々と学びたいと思ってるんだ」
わらわの対面に座るヒロカが、窓の外を眺めながら言った。その表情には、夢見る乙女のような印象があった。
すでにわらわたちは魔法馬車に乗り込み、ロサム共和国の国境近くへ来ていた。
ここ数日のヒロカは、相変わらず何かに憑りつかれたかように働き詰めだった。なんとかせねばと思っていたわらわも、途中でもう面倒になり説得はあきらめた。
まだまだヒロカは若い。
自分で色んなことに気付いて人間的成長を果たすのは、まだまだ先でいいのかもしれない。そんな風に考えて出した結論でもあった。
その後、ヒロカは迅速にロサム共和国へ行く手続きを済ませた。
ダイトラス本国の方へも話を通し、名目として『アルネストの環境整備の参考のための視察』というそれらしい理由もついている。
わらわ個人の思惑としては、ロサム共和国の『魔法科学』の視察にある。
ロサムは、我がアマル・ア・マギカに負けず劣らずの魔法科学の技術力を持ち、すでにそれらによって都市のインフラなどが、かなり発展しているらしい。
その辺りの開発や使用例などを観察・分析するのが、個人的にはかなり楽しみである。
さらに、建物に世界最大の時計塔をそびえた、大図書館もある。
くぅ、久しぶりに知的好奇心が暴れ出してしまいそうじゃ!
外交だのなんだのという小難しいことはほぼほぼヒロカに任せ、わらわは好き勝手、旅行気分でやらせてもらおうと思っている。
ぬふふ、最近は傷心したヒロカのお守りばかりでストレスが溜まっていたからのう。そのストレスを発散する意味でも、知識と知見を貯える快感を大いに味わおうではないか!
「ロサム共和国の最高指導者の人、生ける英雄って呼ばれているんだって。その人に会うと皆、心の底から魅入られてしまうってさ。私にもそれだけの力……じゃなくって、人間性や魅力が備わればいいなって思ってる」
「ほーん。魅力ねぇ」
久しぶりに、ヒロカの口から前向きな言葉が出た。ようやく寂しさに囚われ続けるのは良くないと気付いたようで、わらわは少しだけ嬉しくなった。
「もう少しでセトルリアンシティだよ。ヴィヴィ、お行儀良くね」
「言われなくてもわかっておるわい。わらわも英雄と肩を並べる大賢者ぞ?」
「ふふ、そうだったね」
そんな軽口を交わし合いながら、わらわたちを乗せた魔法馬車は、首都への道を進んでいった。
◇◇◇
「あっ」
俺とシーシャが、セトルリアンシティへ向かう人の列に紛れていると。
綺麗に整備された馬車用の公道を、見慣れた魔法馬車がすいすいと進んでいくのが見えた。
側面の窓へ目を凝らしたが、角度が悪く中を伺うことはできなかった。
もしかして……ヒロカちゃんや、ヴィヴィアンヌさんが、乗っていたりして?
「……まさか、な」
一度足を止め、誰にも聞こえないように独り呟いた。




