第150話 ロサム共和国の歴史
野宿をした翌日。
俺とシーシャは荒野を並んで歩き進みながら、これから向かうことが決まった【ロサム共和国】について話していた。
「シーシャ、どうしてロサム共和国なんだ?」
今まで行く先について提案することなどなかったシーシャが、あんな風に言ってきたことが気になっていたので、率直に聞いてみた。
俺はアルネストを離れて一人になって以来、あまり国際情勢に明るくない。
『異端者』としてお尋ね者であるせいもあり、人の多い場所にはあまり行けず、図書館などで情報収集をすることができないというのが一番の理由だ。
それになにより、俺自身にあまり他のことを考える心の余裕がないというのも大きい。
「ロサム共和国は、今現在の世界の覇権国家と言われている。教会勢力であるデムナアザレム、独自路線を貫いているアマル・ア・マギカなどとも対等以上の関係性を持ち、国土についても最大を誇っている」
「あの二ヶ国と渡り合っているのか。それは確かに強いな」
シーシャの言葉を聞き、俺は以前にエデンダルトから聞いた話を思い出す。
確か、ロサム共和国の国際影響力の高め方を真似て、ダイトラスもその二ヶ国との国交を強化していくことを決めたのだと話していた。
「そもそもロサムの成り立ちは、先の大戦後に分裂していた幾多の小国の全てを制圧し統合して生まれた」
「統合せんとした中心勢力はどこの国なんだ?」
「国ではなく、当時の各国から有力貴族が力を結集して作られた『貴族連合』という組織が、周辺諸国を武力、政治手腕などで支配下とし、共和制の国家として再スタートさせたのがロサムの母体と言っていい」
「へぇ」
シーシャから紡がれる歴史知識に、俺は思わず感心してしまう。
大あくびを交えながら何気なく話しているシーシャだが、これだけの知識はしっかりと勉強しようと思わなければ身につかないものだ。
おそらくシーシャは、アンディルバルト商会での社長業の経験から、様々な知識を身に着けることの重要性に気付いたのだろう。
彼女自身は俺に対して見せないようにしている風なのだが、シーシャは未だ商会と交流があるようで、商会の情報網が掴んだ様々な情報を得て、時勢を読んでいるようなのだ。
よくよく考えれば、こんな立場の俺みたいなヤツが、今この時までこの世界で生かしてもらえているのは、もしかしたらシーシャが商会にバックアップを要請してくれているからなのかもしれない。勝手な推測だが。
いくらギルドが公権力などに屈しない自由と調和を重んじる組織であっても、今の俺の立場でチュートリアルをさせてもらえていること自体、何らかの影響力のおかげなのではないかと考えていた。
シーシャはすでに商会の社長職を辞しているが、今でも絶大な影響力を持っている。前世の感覚で言うなれば、栄誉会長みたいな役職に就いていると言っていい。
その影響力のおかげで、俺は陰から色んなサポートを受けているのではないかと勘繰ってしまっているわけだ。
……そうだとしたら本当、俺はありがたい縁に助けられているよな。
「ふふん、わたしの横顔に見惚れてるのか?」
「ち、ちげーよ」
本人に指摘され、ついその横顔を見つめ続けていたことを自覚し、俺は気恥ずかしくなる。慌てて前へと視線を戻す。
「でも、どうしてロサムはここ数年で覇権国家と呼ばれるまでに勢力を拡大できたんだ? いくら大きな国土を持っていると言っても、ただデカいだけじゃ覇権がどうとかにはならないもんだろ」
俺は照れを誤魔化すようにして、シーシャへ質問をぶつけてみた。
「ユーキの言う通り、ロサム共和国が成立した当初は誰しもが『広い国土があるだけの国』と思われていた。元々いがみ合っていた小国家の集合体がロサムなわけだ、一枚岩になりここまで躍進できるなどとは、誰一人として考えていなかった。普通なら、国内で混乱を起こさずにしていくだけでも、一苦労だろうからな」
「じゃあ、どうして今みたいにデカくて強い圧倒的な国になったんだ? 英雄でも表れたのか?」
冗談半分で言った俺の言葉に、シーシャは思いのほか真面目な顔で見返してきた。
「そう、現れたんだ。皆が待ちわびたであろう英雄がな」
「……え、マジ?」
「ロサム共和国はある男の登場により、瞬く間に強烈に結束した大国家となり、国際情勢を引っ張るリーダーような立場へと上り詰めていったんだ」
「ある男……?」
いつも通りの無表情から紡がれたシーシャの言葉から、俺はなぜだか妙な胸騒ぎを覚えた。
国を瞬時にまとめることができる英雄など、実在するものなのか……?
「ロサムの皆が待ち望んでいた英雄、それは貴族連合の最高指導者だった者。その男の名は――【セトルリアン】」
それが苗字なのか名前なのかもわからない、端的に呟かれた名に。
俺はなぜか、不気味さのようなものを感じていた。




