第149話 それぞれの向かう先
絡んできた荒くれ者どもをテキトーにあしらった後。
俺たちは足早に宿へ戻って旅支度をし、街を出て、夜の荒野を並んで歩いていた。
すでに街の灯りは遠のき、月明かりが俺たちの行く先を照らしている。
一応言っておくと、チンピラどもはシーシャが瞬殺した(殺してはないよ?)。
彼女のギフトである『暗影』により、全員を影の中に束縛してきた形だ。
ああしておけば、陽が当たれば束縛が解け、自警団などの手によりお縄につくことだろう。
シーシャ曰く、あらゆる五感が遮断される影の中では、普通の精神では三日と持たないらしい。さらに言っていたのは「わたしたちに下手に絡むとそれだけの目に遭うとわからせておいた方がいい」とのことだった。
わからせお姉さんシーシャ、おそるべし。
「今日はこの辺で野宿しようか」
「心得た」
ちょうどいい陸地の起伏を見つけ、そこをキャンプ地と決める。
少し肌寒かったので、焚火をおこす。温まってきたら、荷物などを素早く片付け、寝支度をする。晩御飯は酒場で済ませているので、あとはもう寝るだけだった。
いつも使っている毛布をひっかぶり、焚火を挟むようにして並んで横になっていると、シーシャがこちらを見ているのに気付いた。
「どうかしたか?」
「ユーキ、辛くないか?」
「えっ」
急に質問され、俺は間の抜けた声を出してしまう。
シーシャは相変わらずの無表情だが、眼には心配の色が色濃く宿っていた。
……ここで強がっても、仕方ないだろう。
「……全然辛くないと言ったら、嘘になるかな。でも、自分で選んだ道だし、シーシャがいてくれるから、はじめの頃よりはかなりマシだよ」
「わたしが来て、よかっただろ?」
「ああ、本当にありがとう」
「へへん」
俺が素直な気持ちを伝えると、シーシャは鼻を掻いた。少し照れているのかもしれない。
世界各地を巡って冒険者指導講習をしながら、流れ流れて生きていくこと。
それは言うなれば、安心と安定と平穏を手放して、逆境的な環境の中で生きるということに近い。
……個人的にはあまり、そういう生き方は好きじゃないし、求めてもいなかった。
「もう今の生活に慣れてはきたけど、やっぱり平穏無事なスローライフが性に合ってるんだよなぁ」
夜空の星々を見上げ、つい独り言ちる。
……世界の人々が『魔毒病』で苦しまないようにするために働いているはずのに、なぜかこの世のどこにも居場所がないような感覚になるときがある。
んー、社会人になってすぐの頃、そんな感覚になって苦しんだ時期があったなぁ。
今になって、まさかあの感覚を懐かしく感じることになるとは。
「ユーキ、提案なんだが」
「ん?」
俺をじっと見ていたシーシャが、そこで声を上げた。
「ロサム共和国に行ってみないか?」
◇◇◇
「ヒロカッ!! もういい加減休めッ!!」
「…………」
わらわは思わず感情的になり、執務机に拳を叩きつけた。
だが、目の前で忙しなく事務作業を続けているヒロカの手が止まることはなかった。
もうわらわが怒号を上げたところで、ヒロカは言うことを聞いてはくれないのだろうか。
目線すら向けぬまま、ひたすらに手続き等の書類を処理している。
「……ヒロカ、お願いじゃ。頼むから少しは自分をいたわってやれ」
ここ最近、ヒロカは自分を虐めるかのように働き詰めであった。
いくら若く上質な回復魔法を使えるからといっても、魂や精神の疲弊は誤魔化しようがないだろうに。
「ありがとう、ヴィヴィ。でも私なら大丈夫」
そう言って笑うヒロカの顔は、無理しているのが透けて見えて痛々しかった。
ユーキがいなくなって以来、ずっとヒロカはこんな調子だ。
口をついて出るのはいつも「先生が堂々と戻ってこれるように世界を変えるの」という、大言壮語のようなセリフばかりだ。
どんな人間であろうとも、人一人の力では絶対に世界は変わりはしない。
あくまでも、変えようとする人間が他の誰かに影響を及ぼし、変化への渇望が連鎖することで、大きな変革へと繋がるもの。
いつも世界はそうやって、ゆるやかにだが確実に変わっていくものじゃ。
……しかし、そんなわらわなりの人生経験を語ったところで、目の前の若者一人にすら、なんら影響を及ぼすこともできない。
大仰に大賢者などと呼ばれ敬われたわらわも、他者を変えることの難しさ、困難さを、ここ最近で身をもって痛感していた。
はぁ、ユーキの奴め。
よくもまぁ、無理難題な“宿題”をわらわに残してくれたもんじゃ。
……戻ってきたら、バチボコにしごきまくってストレス発散してやるぞ。
「あ、ちょうどヴィヴィに相談したいと思っていたことがあったんだ」
「おーなんじゃ、遠慮なく言うがいい」
そこでヒロカが、珍しくわらわに意見を求めてきた。
どんな些細なことであっても、今のヒロカがわらわに向けて発信してくれることに対しては、できる限り応えてやりたかった。
「ロサム共和国について、色々聞きたいの」
「……覇権国家ロサム、か」
「そう。世界を変えるために、あの国へ行ってみたいと思ってるんだ」
ようやくわらわの方を見て笑ったヒロカの瞳は、一切疲れを感じさせない強い意思が宿り、輝いてすらいた。
だがそれがわらわには、逆に不気味に感じられた。




