第148話 流浪のチュートリアラー
「――とまぁ、長々と講義をさせてもらいましたが、要するにスキルや魔法、それら【魔技】を使いこなしたい場合は、まずなにより『体内に起こる魔力の熱を感じること』、これが重要だということですね」
俺は講義教室にいる受講者の顔を一通り見渡して、反応を観察する。
うん、しっかり聴いてくれている人もいるな。
「ではこれで、俺の冒険者指導講習は終了となります。座学で退屈だったかもしれませんが、最後までご清聴ありがとうございました」
絞めの言葉を紡いだあと、講習を受けてくれた皆へ向けて深く頭を下げた。
頭を上げると、チラホラとではあるが幾人かが拍手を向けてくれていた。
その他の皆々は、一瞥くれることすらなく講義教室を退出していった。
数えるほどであっても、俺の話が届いた人がいてくれてよかった。
誰も一切耳を傾けずに終わってしまうチュートリアルもあったからな。
「ユーキ、お疲れ」
「お、ありがとう」
アシスタントのような立ち回りで講義のサポートをしてくれていたシーシャが、水を持って来てくれた。俺は遠慮なく水分補給させてもらう。
あー、生き返る。
講義中は当然だが、仮面を外すことはできない。どうしたって窮屈な気分になることもある。
俺は顔に空気を当てたくなり、まだ室内にいる受講者に見えないよう背中を向けてから仮面をずらした。ふぅー、気持ちがいい。
毎回講義の冒頭では、顔に生々しい傷があるので隠していると嘘をついている。
ただ、冒険者としての素性などは詳細に明かせないため、いつも受講者からは『コイツ信用できんの?』『実績ないヤツの言うことじゃん』というような、疑心暗鬼の雰囲気が漂ってくる。
元々猫背で威厳がなく、舐められまくってしまうというわけなのだ。
ぴえん、中身は還暦なのに。
しかし、だからと言ってこの流浪のチュートリアルをやめるわけにはいかない。
少数にしか届いていないのだとしても、なんとか魔技の使い方を覚えてもらって、皆が魔力を使用できるようになってもらわなければならない。
でないと、また『魔毒病』が流行し、多くの死者が出てしまうのだから。
「ユーキ、あんまり根詰めるな。顔が怖い」
「あ、ああ。ごめんシーシャ」
一人考え込んでいると、シーシャが無表情に言った。
チュートリアルを終える度、つい今のように思考の沼に入ってしまう。
デムナアザレムは、宿願樹の供給が停止することをまだ公に発表していない。
おそらく世界の混乱を避けるためという理由があるのだろうが、俺からすると自分たちの威厳が地に落ちることを恐れているだけのような気もした。
なんにせよ、俺は地道な草の根活動を続けていくしかない。
俺のような正体不明に、こうした機会をもたらしてくれるギルド組織には本当に感謝だった。
「よし、それじゃ晩御飯でも食べに行くか」
「その言葉を待ってた。わたしはベーコンのスープをいただくとしよう」
「昨日もそれだったろ」
講義後の片づけを終え、俺とシーシャは何度か通っている酒場へと足を向けた。
◇◇◇
「おい、お前ら」
「……どうかしました?」
俺とシーシャが酒場の隅の席でベーコンのスープなどを美味しくいただいていると、冒険者らしき風貌をした荒くれ者が五人、周りを取り囲んでいた。
「オレたちはよぉ、旅の者なんだが。少し前にデムナアザレムにいた時期があってな」
「はぁ」
「そこで、最近異端者と認められた野郎がいてな。中肉中背、そんでもって少し右脚を引きずるように歩くんだとさ」
「へぇ」
「でよぉ、アンタがさっき脚を引きずるのを仲間が見ててな。人相書と比べたいんで、そのダセェ仮面を取って顔を拝ませてくれねぇか?」
集団のリーダー格らしき体格の良い男が、見下すように言った。
脇を固める取巻きらも、下卑た笑いを浮かべている。
はぁ……最近は俺への手配書もかなり流通しているようで、このように絡まれることが増えてきた。
こっちは好きでアウトローになったわけじゃないのに、どうしてこうもダル絡みされるのだろうか。そっとしておいてほしい。
「……わかった。外で待ってろ。お勘定を済ませてくる」
「ふはは、話がわかるじゃねーか」
店に迷惑はかけたくないと思い、俺は立ちあがって食事代を支払う。退出する際「御馳走様でした」と言って、感謝するのを忘れない。
「……シーシャ、すまん。ここでの活動もそろそろ潮時みたいだ」
「いい、気にするな。また新しい場所で、新しい美味いメシが食える」
「……だな。ありがとう」
外に出る際シーシャに詫びを入れるが、彼女は無表情を崩さず、前向きなことを言ってくれた。
……本当に、シーシャがいてくれて心強かった。
「で、あいつらどうしよっか?」
「わたしがやる。ちょっとストレス発散したい」
「心得た」
店の外へと歩きながら、俺はシーシャの荷袋を預かり、彼女が動きやすいように取り計らう。
荒くれ冒険者連中は、思い思いの得物を持って待ち受けていた。相変わらずの下品な笑みで、こちらを舐めているのが丸わかりだった。
ま、はっきり言ってあんな雑魚、何人束になろうがシーシャの相手ではない。
ただ、たまにはシーシャも身体を動かしたいだろうから、運動がてら思い切り暴れてもらうとしよう。
俺がやることはただ一つ。
シーシャのやりすぎを止めることである。
「さあ、腹ごなしの運動といこう」
「なんだぁ? 女が相手してくれるってよ。お前ら、オレが楽しむから手を出すなよ」
「「「ハハハハハハ!」」」
程度の低い会話を交わしてから、ヤツらはニヤニヤとシーシャに接近した。
あー、この暗闇でシーシャに喧嘩売るとは……命知らずもいいところである。
俺は彼らの明日をほんの少しだけ憂いてあげてから、夜空に浮かぶ満月を見上げた。
次に行く街を、考えないと。
闇夜に響く野郎どもの悲鳴をBGMに、俺は物思いに耽った。
※今後の更新は火、木、日の週3日になります。
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