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第147話 エピローグ

「……もう朝か」


 身体に伝わる揺れで、俺は目を醒ました。

 いつの間にか馬車の行く道の先には、大きな街が見えてきていた。


「お客さん、そろそろ到着だ」

「ああ、ありがとう」


 御者が、元気よく言った。

 俺は板張りの上で寝ていたせいで固まった身体を、ストレッチしてほぐす。腕を胸の前で伸ばしたりしながら、まずは装備を検めていく。


 寝て起きてすぐ、装備や身の回り品を入念に確認するのは、皆の元を離れて付いた癖の一つと言えた。

 これをする度、アルネストがどれだけ平和だったのかを思い知らされる気がした。


「……仮面で視界が狭まる感じも、慣れたものだな」


 確認のために荷物を漁りながら、独り言ちる。

 俺は今、常に仮面を装着して過ごしている。目と鼻を隠し、口元は出ているタイプのものだ。


 少し前までは、目覚める度にこれが外れていないか、真っ先に確かめていたっけ。


 これを着けて生活する理由は、言わずもがな、自分の正体を隠すためである。

 装着時の違和感にもようやく慣れ、最近は着けたままでも眠れるようになってきていた。


「んん……」


 と、荷物を挟んだ脇で、もぞもぞと蠢く身体が一つ。


「シーシャ、起きろ。そろそろ到着だぞ」

「二度寝を所望する。邪魔するな」

「起きろっつの」


 ――そう、あのシーシャである。


 聖魔樹海でのザイルイル殺しから、俺は単身で聖魔樹海を進み、まったく土地勘のない関所から出て、そのまま世界を放浪することとなった。


 なんてことはない、現役冒険者だった頃の生活に戻っただけだ。ただし世界的なお尋ね者というバフ(デバフか?)がかかっているのだが。


 そうしてひと月ほどが経った頃、拠点としていた街の路地裏で、なぜか……俺はシーシャに拉致された。


『ユーキ、見つけた。もう逃がさんぞ』

『シーシャ!? え、な、なんでここに!?』

『アンディルバルト商会のネットワークの広さと情報収集能力を舐めるな』

『いやそういう問題か!?』


 とまあそんな感じで、シーシャは無理矢理合流してきたのだった。


 はじめは俺も、男の意地と言うかなんというか、別れも告げず出てきた手前、シーシャを振り切ろうと色々試行錯誤した。

 今のように寝ている間に一人旅立ってみたり、街中でスキル全開で撒いてみたり。


 しかし、その全てを無視して、シーシャはしつこく俺の傍にいようとした。

 いや……いようとしてくれた。


 ……俺自身、急に皆と離れた寂しさがあったのか、結局はシーシャとの二人旅を受け入れてしまっていた。


「ほら、起きろー」

「うーんむにゃむにゃ」

「それ実際言うヤツはじめて見た」


 わざとらしく呻きながら、「もう少し寝かせろ……」などと寝返りを打つシーシャ。その穏やかな顔を見ていると、少しだけ安心する。


「…………」


 しかしふと気を抜くと、すぐにヒロカちゃんやイルミナと別れたシーンが思い出された。

 その際、イルミナが必死になって訴えていたことが、頭をよぎる。


『ザイルイル大司教が死ねば、宿願樹の供給が滞り、また世界中で『魔毒病』が流行することになる! それはどうするのだ!?』


 俺はそれに対して、こう答えた。


 ――俺が指導員として世界各地を巡り、皆が最低限のスキルや魔法を扱えるように教えを広める。


 そうすることで、一般人も自ら体内の魔力を消費することが可能となり、魔毒病は発症しなくなる。

 さらに皆が魔法や身体強化などのスキルを使えるようになれば、様々なことの利便性が上がり、生活の向上などだって見込める。


 だがそれでも、イルミナは納得してくれなかった。


『しかしそれは、教会の作った世界規範を揺るがすことになる! 半ば世界を破壊する事になりかねないのだぞ!?』


 あのときの彼女の必死の表情は、今でも鮮明に思い出す。

 そう、この世界の常識は、聖魔樹教の教えを根底とした倫理観で出来上がっている。さらに言えば、教会が構築した法やルールが、ほぼ全ての社会通念の下地となっているわけだ。


 それを前提に考えると、俺がしようとしている行為は、世界の常識を破壊してしまう行為に他ならない。


 教会の作った価値観では、魔法やスキルというのは一般人は使用すべきものではなく、ギフトの発現自体も教会が管理し、貴重な能力は教会を通してのみ、人々に分け与えられるべきものという風に考えられてきた。


 しかし、前世を持つ俺からすれば、既得権益を独占したいようにしか思えなかった。


 教会勢力は長らく、ギフトや魔法、スキルの使用者を限定し秘匿することで、その恩恵を欲しがる者たちから金銭を受け取り、莫大な富を得てきた。

 冒険者という存在が勃興し、ギルドが乱立したおかげで魔法やスキルが世間へ流入することとなったが、はじめの頃は激しい対立もあったと聞く。


 前世の感覚で言えば、要するに市場の独占状態に近い。

 しかも法的な側面すら、彼ら教会側の常識によって作られているわけだ。そこには、如何ともしがたい搾取構造が存在する気がしていて、常々違和感を抱いていた。


 まぁ、そんな腐った仕組みをどうこうしようだなんて大それたことを、実際にやらざるを得なくなるなんて、露ほどにも思っていなかったわけだが……。


「ユーキ、あそこの街にはどれくらいいる予定だ?」

「名前呼ぶなっつの。んー、特に決めてないけど、いれるだけいるさ」


 ようやく起き出したらしいシーシャが、馬車の行く先を見つめながら淡々と言った。


 俺はすでにお尋ね者として、世界中で指名手配されている身だ。

 身を隠しながら転々とし、今日まであまり長居できた場所はない。


 それでもあの街が、俺たちの新たな拠点として少しでも長く、平穏な時間をくれたらと願う。


「さ、支度しろ。街に着いたらすぐにギルドへ行くぞ。講習会実施の交渉をしないと」

「却下。まずは腹ごしらえ」

「なんでシーシャが仕切ってんだよ」


 心地よいシーシャとの何気ないやり取りも、アルネストで交わしていた頃より貴重に感じられる。

 あんなにも穏やかで、安心できる場所は、もう見つからないかもしれない。


 そうだとしても……俺はやるべきことを、やるだけだ。


「ユーキの講義が、みんなに届くといいな」

「ああ。目の前のことを、一つ一つだ」


 旅の荷物にしてはひどく軽い革袋を背負ってから、俺は深呼吸する。

 美しい朝日が、前途を照らしてくれている。


 ――そんな風に前向きに考えなければ、今にも立ちすくんでしまいそうな弱い自分を、俺は仮面の下に必死で隠した。



※これで第四章は終了です。ここまで応援ありがとうございました!

※第五章も執筆予定ですが、数日間のお休みをいただきプロットを練らせていただきます!

※再アップは十二月頭からを予定しております! 引き続き応援いただけますと幸いです!

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