第144話 断罪
「痛ぃぃいっぃぃぃぃいぃぃぃぃいッッ!!」
ザイルイルの耳障りな悲鳴が、祠の中を反響する。
俺が投げつけたナイフが、ヤツの腹を抉り、血液を噴出させた。
「ザイル、イル、様……っ!」
傍にいたフィズが膝をつき、戸惑ったように視線を泳がせている。強い頭痛も感じているのか、時折こめかみを抑えては眉間にシワを寄せた。
やはりまだザイルイルの命令の影響があるのだろうか。
大司教の味方であろうとする気持ちと、俺たちを助けたいと思う気持ちが、フィズの中でせめぎ合っているのかもしれない。
「フィズ……ここで少し待ってろ。な?」
「ユ、ユーキ……さん……」
俺はまだふらつく身体をなんとか起こし、立ち上がる。フィズの回復魔法のおかげで身体は動くが、少し血が流れ過ぎたようだ。
だが……ここで躊躇はしていられない。
ザイルイルの息の根を、止めなければ。
「トドメを刺してやる、ザイルイル」
「い、痛い、いたいんのぉぉっ」
俺は痛みのある胸と右脚へ自ら回復魔法をかけながら、悶え苦しむザイルイルの元へ歩む。
そしてヤツを見下ろすようにしてから、胸に刺さっているナイフの柄を。
――踏みつけた。
「いだぁああぁぁっぁぁぁあぁああああッ?!」
「見苦しいな、大司教」
「やめ、やめて、やめろよぉぉおぉぉ!?」
「…………」
丸い身体を蠢かしながら、顔を汚して泣き叫ぶザイルイル。
土などが付着し、神聖な法衣も薄汚れている。
――いい気味だ。
俺は気を失っているヒロカちゃんの身体に自分の上着を巻き付けるように着せ、抱き上げる。そしてイルミナのところまで運ぶ。
もうこれ以上、この子の尊厳を傷つけさせない。
「イルミナ、ヒロカちゃんを頼む」
「ユ、ユーキ……殺すのか? ザイルイル大司教を」
「…………」
イルミナが、心配そうな表情を浮かべていた。
「ユーキ! ザイルイル大司教を殺してしまったら、大変なことになるぞ! わかっているのだろう!?」
「……コイツを殺さないと、ヒロカちゃんの尊厳は取り返せないし、今後の安全も保障されないだろ」
「だが、しかし! 大司教だけが、『魔毒病』を発生させないために教会に置かれる『宿願樹』を製造できるのだろう!? その彼が死んでしまったら、その宿願樹が供給停止となってしまい、また未曾有の魔毒病被害が発生することになるぞ!!」
「……大丈夫だ、それについては考えがある」
俺はイルミナと目を合わせず、静かに魔力を練り上げる。
「……すまない、イルミナ。お前は正しい。絶対に正しい。でも……俺はアイツを殺さなくちゃならない」
さらけ出されたヒロカちゃんの肌や、汚れた顔を思い出すと、行き場のない怒りが満ち満ちてくる。
「ヒロカちゃんを……教え子を、こんなにも辱めたザイルイルを、俺は許さない。ヤツが生き続けてしまえば、それはヒロカちゃんが生きる未来が、常に脅かされ続けるようなものだ。そんな未来は……先生として、俺が叩き潰さなくちゃならない」
将来有望な者たちの未来が、悪意的な大人によって汚され、歪められることなど、決してあってはならないのだ。
「ザイルイルは、聖魔樹海で殺す」
「し、しかし! それでは国際問題に――」
「そこも問題ない。もしそうなりそうなときは……」
再びザイルイルの元へ歩みながら、俺は考えていたことを言葉にする。
「……俺だけが、反逆者だと流布すればいい」
「な、なんだとっ!?」
そう、俺が聖魔樹海遠征の過程で、乱心したとでも言えばいい。
そうすれば、アルネストもダイトラスにも迷惑をかけずに済むはずだ。
……まぁ、俺は追われる身となってしまうだろうが、ヒロカちゃんの未来が守れるのなら、それで構わない。
「さぁ、ザイルイル。殺してやるから覚悟しろ」
「ふほ、ふほ、ほほ……ユ、ユーキさんとやら。本気なのですか? わた、わたしは世界宗教の総本山、デムナアザレムの大司教なのですよ?」
「だからなんだ」
「わ、わからないのですか!? わたしを殺せば、ダイトラスとデムナアザレムの国家間の火種となり、それが戦争の発端になるかもしれないのですよ!?」
「ふん、お前の死は聖魔樹海での不慮の事故にすればいいだろ」
「で、では、そ、そこにいるフィズも、機能を停止してしまうのです! それでも、それでもいいのですか!?」
「…………」
そこで俺は、一度フィズを見た。
フィズは少しだけ、困ったような、泣き笑いのような、そんな顔をした。
「フィズはお前が作った人形なんだろ? だったら……躊躇はないさ」
「ひっ!? な、なんで、どうして!? お前、お前は、人でなしか!?」
「なんとでも言え。俺はもう、まともな人間をやめることにしたんだよ」
言いながら俺は、サーベルを掲げる。
洞窟内の光に照らされ、鈍く煌めく。
「ユーキ、やめ――」
「死ね、ザイルイル」
イルミナの静止を無視し、俺はサーベルを振り下ろした。
――ドサ。
「…………」
「あぁ……なんて、ことを……!」
イルミナの小さな嘆きのあと。
ザイルイルの首が、血だまりの中に転がった。




