表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
143/153

第143話 人の業

「――はい、かしこまりました」


 ザイルイルの口から出た言葉を受け、フィズはいつもと変わらぬ微笑みをたたえ、頷いた。


 フィズが、俺を殺す。


 ……ただ言葉が耳に入ってきただけで、その意味するところをきちんと受け止めることは、到底できなかった。


 どこからか取り出したナイフを両手で握って、フィズはこちらに向かって歩き出した。貼り付けたような笑みのままで刃物を正面に構え、ゆっくりと歩み寄ってくる。


「フィズ! やめるのだ!!」

「イルミナ、いい! 止めるな!」

「し、しかしっ!」


 状況を見て取ったイルミナが、フィズを止めようと動く。

 だが俺は、その行動を制止する。


 フィズはおそらく、ザイルイルの命令には従わざるを得ない。そんな彼女を無理矢理に止めたり、命令行動を阻止したりしてしまったら、彼女に悪影響が及ぶかもしれない。


 だからと言って黙って死ぬつもりもないが、まずは状況を注視しなければ。


 そんな思考をしながら見ていると、フィズは正面にナイフを構えたまま、目の前まで進んできた。


「ユーキさん。死んでください」

「……はは、フィズには似合わない台詞だ」


 微笑みを消し、少しだけ真面目な雰囲気に表情を変え、ナイフを煌めかせてみせるフィズ。

 ……そんな風にしたところで、全然怖くないぞ。


 血濡れで凶器を持っても、威圧的な表情をしたとしても。


 幼く見える小柄な姿と、人好きのする愛くるしさを感じさせる顔の造形が、どうしたってフィズを可愛らしい存在として認識させる。


 ……フィズ、みんな、お前が好きなんだよ。


「ナイフを、刺します」


 立ち止まり、一度深呼吸してからわざわざ宣言するフィズ。

 俺は思わず笑ってしまいそうになるが、なんとかこらえる。


 ナイフが、胸に迫る。


「フィズ! くっ、ユーキ! こんなことさせるべきではない!!」

「いい、大丈夫だ」


 再び叫んだイルミナを制し、全身に力を込める。


「……!」

「痛……ぅっ」


 フィズの握った刃が、俺の胸に突き刺さった。


 肌を破られた痛みのあと、血液が暴れ出したように熱くなりはじめる。

 傷口から、どくどくと脈打ちながら血が垂れ落ちる。


「……ふぅ!」

「ぅ……ぐ……」


 フィズが力み、徐々に刃が食い込んでくる。痛みが増し、自分の肉が裂かれていくのがやけにはっきり分かる。

 熱く赤い血液が、容赦なく流れ出ていく。


「ぶふぉ、ふほぉぉっ!?」

「ほほ、ヒロカさん見えますか? あなたの大切なユーキさんが、生き返ったフィズによって殺されようとしていますよぉ!」

「はふぅぅ! ふ、ふほぉぉ!」


 口腔内に蝋燭を含まされたまま、ヒロカちゃんは何かを叫んでいた。

 フィズを止めようとする言葉なのか、それとも俺へ向けた言葉なのか。


 ただ分かるのは、彼女が深く苦しみ、悲しんでいるということだった。


「ほっほっほ! あまり興奮してはいけませんよぉヒロカさん。唾液が出て蝋燭を溶かしてしまいますからねぇ、毒で身体をダメにしてしまっては、せっかくの御身が台無しですので!」

「ぼふぉぉ、ふぼぉぉ……!」


 ヒロカちゃんの瞳から、大粒の涙が零れ落ちている。

 俺はナイフの痛みと失血で気が遠くなりながらも、ザイルイルへの怒りを糧とし、なんとか全身を奮い立たせていた。


 ――アイツを、殺す。


「あふぁぁぁ……!!」

「ぬほほほ! ヒロカさん、辛いですか、悲しいですか、心が壊れそうですか!? ほほそうですかそうですか、いやはや効果てきめんですねぇ!! ヒロカさんの心が、木っ端みじんに砕けていくのが手を取るようにわかりますよぉぉ!」

「ユーキ、さん……はやく……死ん、で……!」

「ぐ、ぅぅ……!」


 フィズの最後の力みにより、ナイフの刃渡が全て自分の体内に入り込んだ。痛みより身体に何かが捻じ込まれた異物感を、強く感じていた。


 喉の奥から、鉄の味がせり上がってくる。


「がはッ!」


 吐血。

 視界が揺らぎ、気が付くと俺は倒れていた。

 世界が、横になって見える。


「ふぇんへぇぇッ!!」

「ほっほっほ! ヒロカさん見てください、あなたの大切なあの男が、そろそろ死にますよぉ、しかも、あなたの友人であるフィズ・イグナシアの手によってねぇぇ! どうですか、心が痛みますか!? 痛みますよねぇぇ、そうですよねぇぇ!!」

「へぶぇ……へふべぁぁ…………!」


 薄れていく視界の中で、興奮してせせら笑うザイルイル。

 一方のヒロカちゃんが、再び失神したのが見えた。


 完全に脱力し、倒れる。


 く……俺までぶっ倒れてる、場合じゃないのに……!


「……ザ、ザイルイル様の教えを守り、わたくしは……」

「…………」

「わたくしは、ユーキ、ユユ、ユーキ、さんを……」


 そこで、傍に立っていたフィズの身体が小刻みに震えだす。そして、なにかに抗うかのように、自分の頭をかき乱しはじめた。


「フィズ……俺は、大丈夫……だから……」

「……ッ! ユーキさん……!」


 なにがきっかけかはわからないが、ザイルイルの命令の強制力が解けたのだろうか? フィズが俺に寄って来て、上半身を起こすようにして支えてくれた。その眼にはあろうことか、涙が浮かんでいる。


「ユーキさん……わたくし……」

「いい、いいんだフィズ。仕方なかったんだから」

「…………!」


 フィズは泣きながら、俺の顔を見て歯を食いしばった。

 ふと、魔力の流れを感じる。


 まさか。

 フィズが、俺に回復魔法を――


「勝手な真似は、お仕置きですと教えたはずですよぉぉ?」

「ひっ!?」


 ザイルイル大司教が、フィズのすぐ後ろに立っていた。

 俺の全細胞がその瞬間、燃え上がった。


 そして――動いた。


「死ねぇ、ザイルイルッ!!」

「ぬぅお!?」


 なけなしの魔力でヤツの目に『魔眼』を叩き込み、自分の胸から引き抜いたナイフを、そのでっぷりと肥えた腹目掛けて投げ込んだ。


「ぎゃあああああああ!!」


 ザイルイルの甲高く醜い悲鳴が、洞窟内で反響した。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ