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第139話 祠の祭壇で

 ザイルイル大司教が消えていった祠の奥へ、俺達は進む。痛みのある脚を若干引きずるようにしながらも、急ぐ。


 奥へ続く道は予想より長く、妙な煙が充満しており呼吸がしづらかった。

 俺はそこで、ディンゼルが言っていたことを思い出し、ザイルイルの罠である可能性に思い至った。


 息をするのを控え、魔力を節約しつつ進む。

 あのディンゼルの興奮状況や異常性を考えると、なにがあるかわからない。すでにある程度吸入してしまっているが、今からでも警戒しておくに越したことはないだろう。


 仄暗い坑道のような風情の道を、俺とイルミナは並んで進んでいく。


「見ろ。光だ」


 イルミナが道の奥を指さし、そこに光が一筋見えていた。

 俺は再び申し訳程度の回復魔法を右脚にかけ、はやる気持ちを抑えつつ光へ向かった。


 ――白い閃光のような先。一際神々しく装飾された、祭壇のある広間。


 足を踏み入れた俺たちの目に、次に飛び込んできたのは。

 祭壇に横たえられたヒロカちゃんから、衣服をはぎ取ろうとしているザイルイル大司教の姿だった。


「お前なにしてんだコラァァッ!?」


 反射的に、叫ぶ。

 ヤツ目掛けて一目散に襲い掛かろうともしたのだが、踏み込んだ際、右脚が予想以上に痛み、断念する。


 こちらを見て、ザイルイル大司教は手を止めた。

 すでにヒロカちゃんは服を全て脱ぎ去られ、下着姿になってしまっている。


 ……あれ以上彼女になにかしようものなら、一気に飛んでヤツの息の根を止める。

 たとえその一撃で右脚がダメになったとしても、構うものか。


「ほほ、ディンゼルはあなた方を止められなかったようですね。優秀な手駒でしたが、彼もそろそろ潮時ということでしょうか」

「そんなことより、ヒロカちゃんから離れろッ!!」


 はぁ、と息を吐いたザイルイルが、馴れ馴れしくヒロカちゃんの身体に触れる。

 こめかみの辺りがビキビキと脈打つ。


「残念ですがね、そうはいきません。ヒロカさんには、我らが『聖魔王』様の器となっていただき、迷える信徒たちを導く存在となっていただかなければならない」

「せい、魔王……?」

「そうです。世界樹の現人神、聖魔王。その器になれるというのは、もはや神になるのにも等しき偉業であり栄光。きっとヒロカさんご自身も受け入れてくれるはずです」


 ザイルイル大司教は陶酔的な表情で、雄弁に語る。

 語られた名に、俺は不穏な響きを感じとる。


 聖魔王というのは、巷で語られてきた魔族の王――魔王のことではないのか?


 歴史的文献の記述から言うなら、それは人間を教え導くような存在ではなく、人間の存在そのものを脅かし続けるような脅威だったはず。


 それに、いくら宗教的に名誉なことだと言われたところで、俺からすれば一組織の偉いヤツが、自分のエゴで推し進めているだけのようにしか見えない。

 そんなことに大事な教え子を使われてたまるものか。


 ここは冷静に、状況を見極めなければならない。


「ヒロカちゃんがどう思うかは俺は知らない。しかしそれなら、なんで意識を失くして一方的に事を運ぼうとする? 本人の意思を確認もせず、なんでこんな真似しようとしてるんだッ!?」

「そうだ、ザイルイル大司教! ヒロカ様は国の特使だ、ダイトラスとデムナアザレムの今後を考えるのならば、このような凶行はよせ!!」


 俺の論に、イルミナも加勢してくれる。

 そう、あくまでもこれは外交の一部の出来事なのだ。


 どちらかに無礼があれば、間違いなく国民を巻き込む大事となり得る。


「……ふほ、ふほほほ! あー滑稽、滑稽ですねぇお二人は」

「なにがそんなにおもしろいんだ?」

「だって、ヒロカさんに許可を取れっておっしゃっているわけでしょう? そんなこと、わざわざするわけないじゃないですか。だって――」

「っ!?」


 そこでザイルイル大司教は、思いのほか素早い動きでヒロカちゃんの上半身を持ち上げた。

 背後から肩を掴むように抱え、ヒロカちゃんを盾にするような格好だ。


「――言ったら断られちゃうでしょぉがぁぁ!!」

「な……!?」


 ヒロカちゃんを盾にしたザイルイルが叫んだ刹那。

 二人の祭壇の左右両脇から、サンドワームの上位種――ロックワームが二匹、同時に現れた。


「おいきなさい、わたしの可愛い蚯蚓ミミズちゃぁぁん! ふほほははぁぁ!!」

「ま、またかっ!?」

「「GGORIIORoooo!!」」

「ザイルイル大司教はコイツらを、操っているというのか?!」


 大司教の高音な声に反応しているのか、俺とイルミナへ同時に襲い掛かってくるロックワーム。

 サンドワームの亜種とも言われている巨大な魔物だが、サンドワームよりも二回りほど身体は小さい。


 しかしそのため、こういった場所でも小回りが利くし、なにより表皮が岩と見紛う硬い皮膚で覆われているため、防御力が異常に高い。


「あなた方は、わたしを魔族の遣いかなにかだと思っていらっしゃるのかもしれませんが、違います。わたしはね、正真正銘、信心深いだけの人間です」


 逃げ回る俺とイルミナを高い祭壇から、文字踊り見下すようにして笑っているザイルイル大司教。クソ、気安くヒロカちゃんの肌に触れやがって、胸糞悪い!


 さらに右脚が上手く動かないせいで、いつもより回避行動で体力が削られていく。


「あなた方のようにスキルも使いこなせなければ、ディンゼルのように魔法の素養が高かったわけでもありません。彼はそれに加えて、珍しいギフトも所持しておりましたからね。まぁですが、わたしにはそれらに負けず劣らないギフトと、いくつかの才能に恵まれたのです」


 彼も香りを吸い込み興奮状態に陥っているのか、声高に独り語りをはじめるザイルイル。

 耳に届く声が、たまらなく不快だ。


「ふほほ、その一つがお二人の目の前で暴れるそれ——魔物を育て、意のままに操る才能ですね。どうですか、可愛いでしょう?」

「悪趣味なんだよッ!!」


 俺の反抗を無視し、ザイルイルはヒロカちゃんを盾にしたまま、優雅に片手を広げてみせた。


「さ、わたしが手塩にかけて育ててきた蚯蚓ちゃんとのダンスを、気兼ねなく、存分に、死ぬまで味わってくださいね!」



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