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第138話 怒りのままに

「――お前を殺すよ」


 全身が、迸るような怒りで熱くなっている。

 にもかかわらず、頭の中はやけに冷静な気がしていた。


 これが、本気で殺意を抱いたときの心情ってやつなんだろうか。


「は、殺すだぁ? あんな()()が一体動かなくなった程度で、なにをそんなに怒ることが――」


 血と涎で薄汚れた顔で下卑た笑いを浮かべたディンゼル。その言葉が完結するより早く――刹那で接近し、俺はヤツの顔面に右拳を叩きつけた。


「っぶし!?」


 唾液を撒き散らして、ディンゼルは吹っ飛んだ。壁面にカエルのように叩きつけられて止まる。


 うん、糞馬鹿は殴るに限る。


 もう一度ぶん殴るため、俺はヤツに近付いていく。

 何度でも立ち上がるなら、何度でもぶち壊してやる。


 そこでディンゼルが、壁に手を着いて立ち上がった。


「ディンゼル、とりあえずどうしてフィズがあんな目に遭ったのか教えてくれ。お前単独の犯行なら痛めつけて殺す。もしくは大司教の差し金だってんなら、お前は情状酌量ってことで、傷めつけて殺す」

「ど、どっちにせよ痛めつけて殺すんじゃねぇか……この腐れ外道がぁ!!」

「ああ、外道で結構」


 フィズを死なせてしまった時点で、俺は最低の人間だ。


「クソがぁ! 《土罠グラウンドファング》!!」


 ヤツが叫びながら地面に手を置いた途端、足元を魔力が走った感覚があった。

 洞窟を塞いだ岩もそうだが、ヤツは土魔法が得意なのだろう。


「きひひゃはは、テメェの脚はもうダメかもなぁぁ!!」

「……?」


 言われて自分の脚を見てみると、ヤツに斬られた右足に、土で作られた牙が突き刺さっていた。

 怒りでアドレナリンが出ているのか、痛みをまったく感じない。


「だからどうした?」

「あぐぃ!?」


 確かに歩きにくくなったような感じはあるが、そんなことはもはや関係ない。

 俺は目の前のこの男を、感情の赴くままに殺すだけだ。


「答えろ。フィズがああなったのはお前のせいか?」

「いぐぁ!?」


 また殴る。


「それとも大司教からの指示か?」

「うごぇ?!」


 もっと殴る。


「ほら、早く答えろよ。それともなにか? 『俺はなにも知らない、してない』とでも言うつもりか? だとしてもフィズがああなるのを止めなかった責任があるからな。なんにせよ痛めつけてから殺す」

「や、やめ――」

「やめて、だと? フィズだってきっとそう思っただろう。それでもああなるのを止めなかったのは……ここにいたお前『だろォガァァ』ッ!!」

「いぎぃぃ!?」


 言葉の最後が、またも『魔声』になっていた。

 ディンゼルの汚れた顔が、一層苦痛に歪む。


「……あまりお前をいたぶってもいられないんだよ。ヒロカちゃんを追わなきゃならない。お前が答えないなら、大司教に聞くよ。それじゃな」


 そして。

 俺はヤツの脇腹を――サーベルで刺し貫いた。


「ごふ……ぶ!?」

「……フィズも、こんな風に痛かったと思うんだ」


 ヤツの口から出た血を浴びながら、俺はフィズに思い馳せる。

 本当に、痛かったろうに。


「てめぇ殺して――」

「喋るなよ」

「っ!?」


 騒ぐディンゼルを、ありったけの魔力と怒りを込めた『魔眼』で睨みつける。

 すると。

 ヤツの右眼球が――弾け飛んだ。


「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙っ!?」


 聞くに耐えない醜い悲鳴が、荘厳な洞窟内に響き渡る。

 あぁ、五月蠅い。


「潰れたのは片目だけか。まぁ、お前みたいなヤツは見えなくても不自由しないだろ。あんなに優しい子を、見殺しにしたんだ、元々なにも見えていないのと変わらないもんな」

「や、やめてくれ……もう、これ以上はぁぁ……!」

「やめるわけないだろ」


 俺は一方的な論理で、ディンゼルを蹂躙する。

 よし、次はもう片方の目も吹き飛ばしてやる。


 そう思い、俺はまた眼に魔力を集めていく。

 彼女の死を見過ごす目など、いらないだろ。


「ユーキッ! それ以上はやめろ!!」


 と、そこで。

 再起したらしいイルミナが、俺の肩を掴んで止めた。


「……止めるなよ、イルミナ」

「彼がフィズの死にかかわっているのかどうか、わからないだろ!」

「そんなことどうだっていい。どうであろうが、こいつはここにいながらフィズを助けなかったんだ。その時点で俺と同じで、罪深い」


 言いながら、自分に対しても腹が立った。自らを痛めつけるように、俺は下半身で踏ん張るようにして、ディンゼルの顔面へ一撃を加える。

 右脚が、ようやく痛みを伝えてきた。


「あ゙あ゙あ゙、ザイルイル様、ザイルイル様ぁあ!」


 泣き叫びはじめるディンゼルの顔は、すでに血と汗と涙でぐちゃぐちゃだった。なんらかの回復系ギフトがコイツの治癒力を高めているのだと思っていたが、どうやら眼球までは回復しないらしい。


 よし、そうと分かれば今度は耳を――


「やめろと言っているっ、ユーキッ!!」

「ぐっ」


 が、そこで前に回ったイルミナに、殴打される。

 目の覚める一撃をもらったことで、視界に靄がかかっていたような感覚が、すっと引いていく。


「もっと冷静になれと言ったはずだ! 今コイツの息の根を止めても、なんの意味もないし、なんのメリットもないだろッ!!」

「…………少なくとも、俺の気分は晴れる」

「嘘をつけ! そんな顔して、今のお前はなにをしたって晴れやかになることはない!」

「…………」

「ここまで痛めつければもう行動不能だ。それに、今はこんなヤツに構っている暇はないだろ! ヒロカ様とザイルイル大司教を追うんだろ!?」

「……ああ」


 俺なんかとは比べ物にならないほど冷静なイルミナが、胸倉を掴んで叫んだ。


 ……あぁ、またも俺はイルミナに助けられたらしい。


 ディンゼルが逃亡できないよう縛り付け、土魔法で壁に磔にし固定しておく。

 そして、フィズの亡き骸を壁際に横たえさせてから、俺たちはさらに奥へと進むことにした。


 戻ってきたら、フィズをしっかり弔ってやらなければ。


「イルミナ」

「なんだ?」

「なんか……ありがとう。助かったよ」

「ふん、訓練とは言え、一度本気で剣を交えた仲なのだ。お前の気持ちや心情などお見通しだ」

「本当、ありがとう」


 奥へ続く道中、俺はイルミナの横顔に頭を下げた。

 俺にはたくさんの、頼りになる仲間がいるのだと、改めて実感をした。


 ただ、落ち着いて気付いたことがあった。


 すでに俺の右脚は、正常には動かなくなってしまっていた。



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