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第137話 別れも言えず

「ぐあぁぁ!?」


 脚が熱湯を浴びたように熱くなり、それが一瞬で痛みに変わる。

 激痛で立っていられなくなり、俺はその場に倒れ込んだ。


「きひぃはは、オレを舐めてるからだぁ!」

「こんのぉ……!」


 痛みに悶えつつも、俺は再び眼球へ魔力を集中させる。

 そしてもう一度。


 ディンゼルを『魔眼』で睨みつけた。


「ガァ……!?」


 ヤツは目を血走らせたまま、カクンと意識を失った。

 おかげで脚を掴む握力が緩んだ。その隙に足を抜き、片足で跳んで距離を取る。


 素早く、自らに回復魔法をかける。


「くそ、痛ぇ……!」


 が、ほとんど痛みが引かず、俺は自分の回復魔法のレベルの低さを改めて嘆く。

 ……そうだ、俺はフィズから回復魔法を学べるんじゃないかと思って、ここまで来たんだ……!


 フィズ、フィズを助けないと!


「ユーキ! ここは私に任せろ!」

「く……すまない、イルミナ」

「ユーキ、少し冷静になれ。さっきから詰めが甘いぞ!?」

「す、すまん」


 そこで、俺を守るようにディンゼルとの間に入ってくれるイルミナ。彼女の言う通り、さっきから俺は先走り過ぎて迷惑をかけてしまっている。


 そうだ、思い出せ。

 熱くなっても、冷静さを忘れるな。


 常に思考しながら動くんだ、ユーキ・ブラックロックよ。


「焦るな、俺……まずはフィズだ」


 ヒロカちゃんもフィズもと、両方を追っていては足元をすくわれるばかりだ。

 二兎を追う者、一兎も得ず。


 まずはすぐそこにいる、フィズの容態を確認するのが先決だ。


 俺は意思決定し、一目散にフィズの元へ。

 痛みで片足を引きずる形になるが、立ち止まっている場合ではない。

 歯を食いしばり、スキルで肉体を強化しながら、進む。


「きひへへ、女ぁ、オレと遊んでくれるのかぁ? 楽しみだなぁ」

「貴様、さっきから回復速度が異常だな……」


 背中側から、声が聞こえる。

 またすぐに立ち上がったらしいディンゼルを、イルミナが迎え撃つ。


 というかさっきからディンゼルは、なにかでハイになっているように見える。

 ……まさか、薬物か?


「貴様、さっきと人格が変わりすぎじゃないか? いったいどうしたと言うのだ」

「ひひ、ザイルイル様お手製のお香のおかげで、なんでもできそうな気分なんだ。頼むからたくさん、たぁくさん……遊んでくれよぉぉ!!」

「うぉ!?」


 そこで、剣戟の音が響きはじめた。

 イルミナがディンゼルを食い止めてくれている間に、急ぐ。


「…………っ!」


 ようやく、フィズの傍に辿り着く。


 が。

 ……横たわる彼女の姿を見て、戦慄する。


 腹の傷があまりに大きく、流れ出た血の量がおびただしい。

 ぱっと見ただけでわかってしまう明確な死の気配が、絶望となって俺の全身を駆け巡った。


「フィズ、しっかりしろ、フィズ!!」

「…………」


 それでも、諦めてしまうわけにはいかない。

 彼女の腹に空いた大穴に手を当て、回復魔法を使用する。


 しかし、一切の反応がない。

 俺は奥歯を食いしばり、何度も何度も回復魔法を使う。


「俺の声、聞こえるよなフィズ? 一緒にさ、また星空見ようぜ? 起きろよ」

「…………」


 フィズの目は薄く開いたまま、ピクリとも動かない。

 ……ダメだ、ユーキ、諦めるな。回復魔法を使い続けるんだ。


「フィズ、ほら、宿願樹を持って村に戻るって約束してたろ? 約束破るなんて、お前らしくないぞ」

「…………」


 呼びかけを止めず、魔法も止めない。

 額から汗が流れ落ちてきて、顎を伝ってフィズの顔に落ちる。


 それでも反応はない。


「フィズ、ほら、分厚いステーキをさ、食べたいって言ってたろ? 今度美味い店に連れて行くって……一緒に行こうって話してたじゃないかよ!?」


 途切れさせてなるものかと言葉を紡いでいると、どうしてか喉の奥が詰まってくるような感覚に襲われる。

 さらに、徐々に視界がぼやけてくる。


 頭の中で、フィズの驚いた顔、嬉しそうな顔、人懐っこい笑顔――そして二人で見た星空が、一枚一枚の写真のようなイメージで、パッと浮かんでは……消えていく。


 ……クソ、走馬灯なんて浮かんでくるんじゃねーよ!!


「フィズ、起きてくれ……頼むから、俺に回復魔法を教えてくれよ……!!」


 そしたらすぐに、キミに使うよ。

 痛みや辛さを取り除いて、またいつもみたいに笑えるように。


『この世界のみんながいい気持ちで生きられたら、きっと幸せは連鎖していくと思うのです。そのためにも、もっともっとわたくしも頑張って、樹教の教えを広めなければなりません』


 フィズの人を想う優しい笑顔が浮かんで、すぐ。

 俺は魔法を使っていた両腕を、下げた。


「…………っ」


 黙ったまま、フィズの瞼を閉じてあげる。

 安らかな寝顔は少し幼く、本当にただ寝ているだけのようにすら思えた。


「あぁ……ぁぁ……ぁあッ!!」


 声にならない声が漏れ、身体中が小刻みに震える。

 どす黒く抑えようのない怒りが、全身を焼く。


 どうして、こんなことになった? どうして、あんなに優しい子が命を散らさねばならない? どうしてユーキ、お前はそんなに不甲斐ない?


「ああぁぁぁぁぁぁ『ァァァァ』ッ!!」

「「!?」」


 俺は叫ぶ。

 八つ当たりするように、叫び散らす。


 見境がなくなってしまったせいか、叫び声に魔力が交じり『魔声』のような効果を発揮していた。


 背部で続いていた、イルミナとディンゼルの剣の音が止む。

 俺は立ちあがり、振り向く。


「ぐわ!?」

「けひゃひゃ、どけぇぇ!!」


 一瞬の隙を突き、イルミナを蹴り飛ばしたディンゼル。

 快楽に歪んだ醜い顔が、怒りを増長させる。


「おい、ディンゼル」


 歩き出しつつ、呼ぶ。


「……なんだぁ? やけにいけ好かねぇ態度だなぁ? 甘っちょろいクソの分際で、オレを見下しやがってぇ」


 ヤツは再び俺へ敵意を向け、舌なめずりをした。

 ああ、そうだ、もっともっと俺に悪態をついてくれ。


 そうすれば――お前を殺すことに、躊躇がなくなる。


「ただの腹いせで、俺は…………お前を殺すよ」



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