第133話 教え子を手本に
「イルミナ、動けるか!?」
「う、動くしかないだろッ!!」
「気合入れろ、ゲロ吐くなよッ!!」
真っ暗闇の洞窟の中、俺たちはスキルを全開にして突っ走ることとなった。
背後からは、またもサンドワームが迫っている。
しかも今度は二体。さらに言えば、ヤツを一撃で葬ってくれるヒロカちゃんもいない。
どうやって、この難局を切り抜ける?
考えろ、ユーキ・ブラックロック!
「「BROUUuuuuaaaa!!」」
呻き声なのか洞窟が軋む音なのか、不快な音を鳴らしてサンドワームの巨体が押し迫ってくるのが背中越しに伝わる。
大質量が迫ってくるこの感覚は、やはりいつ何時でも耐えがたい圧迫感がある。息苦しくて、早く外で深呼吸をしたくなる。
「あぁッ!? なんだあれ!?」
「出口が塞がってるじゃないんか!!」
疾走していた俺たちの目に入ったのは、なぜか大岩で塞がれた出入口だった。大岩の隙間から、細く外の光が差し込んでいる。
「誰があんなことを!?」
「可能性としてはディンゼルさんだが、今は確かめる術がない!」
俺は仕方なく腹を決めて、立ち止まって振り返る。
「ユーキ!?」
「イルミナ、一旦俺の背後に入ってくれ。魔法でのサポートを頼む!」
「し、しかし! サンドワームは危険な消化液を吐くのだろう!? こんな場所で戦って勝ち目があるのか!?」
「わからん! でもやるしかない!!」
俺は腰に佩いたサーベルを抜き、構える。
背中ではイルミナが俺に張り付くように陣形を取った。
……と、そこで俺は閃く。
迫りくるサンドワームの身体の直径は、この洞窟の直径とほぼ同じ。
岩壁を擦りつけた身体で削りながら、こっちに向かってきている。
ということは。
「イルミナ、ヤツら二体いるがここなら二体同時に相手にすることはない。デカい図体のせいで詰まっちまうからな!」
「そ、そうか! 今の私たちのように、前衛しか正面に出られないということか!」
「そういうことだ!」
そう、ヤツらの大きさでは、この一本道では一体入るのがやっとだ。
二匹いたところで、前が詰まってしまえば出てくることはできないということ。
……だったら、俺に考えがある。
サンドワームを相手取ったときのヒロカちゃんを手本にすれば、今の俺でもできるはずだ。
「イルミナ、魔力で鼓膜守れ!」
「お、おう! あれをする気だな!」
「ああ!」
掛け声に合わせて、イルミナが耳を塞ぐ。
俺は思い切り息を吸い、一度止める。
聖魔樹海の濃い魔元素が、刹那で魔力に変わる。
「――『『止まれ』』!!」
「BROUUuuuuaaaa!?」
大出力の、特訓中の『魔声』だ。
まだまだ魔力を音波に乗せてぶつけるだけなので、『止まれ』と言ったのはあくまで雰囲気。
だが、正面から魔力の大波を受けたサンドワームは、一瞬怯んだように見えた。
「BRRRUuuuuaaaa!?」
「BUUOuuaaaa!?」
続けて、洞窟全体を揺るがすほどの振動。どうやら、前の一匹が急に止まったせいか、後方のサンドワームが激突したようだった。
口のようなところから粘液を撒き散らしながら、一匹目のサンドワームが暴れるように身をよじる。
よし、ヤツの注意が後ろへ向いた!
「すぅ――『『千切れ飛べ』』ッ!!」
今度の魔声は、先程を超える最大出力。
ここなら指向性を一切気にすることなく、大声で叫ぶイメージだけでいける。
巨大な魔力の大波を、ヤツらへぶっ放す!
「「BYRBRRUuuaaaaaa!?」」
直撃。
先頭のサンドワームのおぞましい大口に、幾重にも裂け目が。
魔力の波に揺られ、ヤツらの身体が悲鳴を上げているのだろう。
「イルミナ、準備いいか!?」
「おお、いつでもいけるぞ!!」
「よし、ぶちかませ!」
「くらえぇいッ、《火大球》ッ!!」
ヴィヴィアンヌさんからの直伝であり、イルミナの得意魔法となった火大球が、もがき苦しんでいたサンドワームを焼き尽くさんと飲み込んでいく。
たまらず、奇声が上がる。
「「BROBUUuuuuaaaa!?」」
炎の中、二体のサンドワームは体液を撒き散らし、溶けるように死んでいった。
洞窟の中の気温が、一気に上がった気がした。
……ふぅ、なんとか勝てたな。
俺は額の汗を拭う。
「それにしても……おかしいよな」
「ああ、おかしいな」
そう、おかしいのだ。
サンドワームは今の時期に、洞窟型ダンジョンの奥に発生する魔物である。
異常な大きさになった個体を特魔物として認定され、大掛かりな討伐隊を組んで殲滅するのが常だ。
基本、あの巨体ゆえに一つの洞窟型ダンジョンには一体しか発生しない。
ここが聖魔樹海とは言え、なぜ二体も同時に発生したのか?
「あんまり考えたくはないけど……ディンゼルさんが、俺たちを嵌めた?」
一つの可能性が、口をついて出る。
急に姿が見えなくなったことや、洞窟の入り口が塞がれていたことなども加味すると、その可能性が高いと言わざるを得なかった。
「……だとしたら、ヒロカちゃんとフィズが危ない!」
「待て、ユーキ。そうだとしても、本当の祠がどこにあるのか、私たちにはさっぱり見当がつかないぞ!」
「くそ、どうしたら……!」
「ぐぬぬ……ひ、ひとまず水でも飲んで落ち着くか……」
イルミナはそこで、水筒を傾けて水を飲んだ。
……そこで、気付く。
今彼女が手に持っているのは、ディンゼルさんからもらい受けた水筒である。
「それから辿れば、なんとかなるかもしれない」
決意を胸に、俺は自分の鼻をつまむ。そして一息に、ぷーんと鼻をかんだ。
よし、鼻孔がビンビンに通ったぜ。
「俺が犬になって、ディンゼルさんの痕跡を辿る」
「……は?」
イルミナの呆れ顔が、妙にムカついた。




