第132話 祠はまだか?
ディンゼルさんを先頭にして、俺たちは聖魔樹海をゆっくり進んでいた。
魔物たちに見つからないよう、身を潜めつつの行軍である。
待機所からはもうかなり離れたが、祠はまだだろうか?
「ディンゼルさん。あとどの程度で到着しますか?」
「もうそろそろですので、ご安心ください」
すぐ前を行くディンゼルさんは、振り返ることもなく言った。いずれにせよ俺達には、この人についていく以外選択肢はない。
俺は振り向き、後ろのイルミナを確認する。
……めちゃくちゃ顔色悪くなってるな。
「イルミナ、大丈夫か?」
「な、なんとか……」
歩いたせいで血の巡りが良くなり、気持ち悪さが復活したのかもしれない。
まだまだ体調は、全快には程遠いようだ。
ただイルミナは、フィズが余分に置いていってくれた薬草をガムのように噛みながら、なんとか踏ん張ってついてきている。自業自得とは言え、頑張っている。
しかし、仲間の一人がこんな状態では、聖魔樹海の厄介な魔物たちを相手にはしたくない。敵との接触を避けつつ、このまま行けるといいのだが。
「お二人、見えました。あそこに見える洞窟の奥に、祠があります」
「あー、よかった」
そんな風に考えたタイミングで、ディンゼルさんが向こうを指さし、少し興奮気味に言った。彼の示す先に、黒い大穴が見えた。
あれが、樹教の祠がある洞窟か。
よし、これでひとまずは安心だな。
◇◇◇
「すみません、ここからは先頭をお願いしてもよろしいですか?」
「え?」
洞窟に入ってすぐ、ディンゼルさんが振り返りながら言った。
中は暗く、スキルで夜目を利かせなければ一寸先もわからないほどだった。
ディンゼルさんは持参した燭台を持っている。
「ここは魔物が出ることもありますので」
「あー、そういうことでしたか。わかりました、お任せください」
「イルミナさんとはぐれてもよくないので、わたしが最後尾を務めますね」
「ご苦労をかけます」
ディンゼルさんはそう言い、燭台の灯を消して後ろへ下がった。
彼の気遣いのおかげで、イルミナは俺のすぐ後ろにポジショニングする。「うぅー」と唸っており、まだ若干気分が悪そうだ。
「ユーキぃ、水くれー」
「俺のはもうねーよ。お前が道中で飲みまくったせいで」
俺が準備していた水筒は、この洞窟に来るまでで、すでにこいつが飲み干してしまっていた。
まったく、水飲みたいときどうしてくれるんだよ。
「よかったらこれ、お飲みください」
「えっ、いいのか!?」
「はい。まだ一口も飲んでいませんので、お気になさらず」
「うおー、恩に着るぅぅ!」
呻き続けるイルミナに業を煮やしたのか、ディンゼルさんが自分の水筒を手渡した。この人、イイ人だな。
ちゃんとあとでお礼を言わなくちゃな。
「この洞窟は基本一本道ですので、道なりに進めば、いずれは祠に到着すると思いますので」
「了解しました」
後ろから聞こえたディンゼルさんの指示に従い、俺は一歩一歩進んでいく。あまり速いとイルミナがついてこれないので、遅めのペースを心がける。
「イルミナ、このぐらいの速度なら問題ないか?」
「ああ、問題ないぞ。助かる」
イルミナは俺の服の背部を、指先でつまむようにして持っている。
若干歩きにくいが、ちゃんとついてきているのがわかるので安心ではあった。
ゆっくりとしたペースで進んでいると、コウモリ系の魔物や、スライムタイプの魔物が数体出現した。
が、イルミナの状態もあり、俺が『魔眼』や魔法などの飛び道具で撃破していく。大して強くない魔物が主で助かった。
「あ、分かれ道だな」
三匹目のパープルスライムを撃破したところで、少し開けた場所に出た。
魔物が出はじめた辺りからここまで、しっかり集中して進んでいたせいか、案外疲れがたまっているような感じがした。
「ディンゼルさん、この道は…………って、あれ?」
指示を仰ごうと、俺は後ろを振り向いた。
そこにいたのは。
……先程より幾分、顔色の良くなったイルミナだけだった。
「イルミナ、ディンゼルさんは?」
「知らんぞ。私はユーキについていくことに集中していたのでな」
なぜか胸を張り、どや顔で言ってのけるイルミナ。体調がだいぶ戻ってきているようなのでそれは喜ばしいが……いやいや、ディンゼルさんいないとこの先行けないんだけど。
え、もしかして俺たち……はぐれちゃったのか?
「んー、これどうするべきか……」
途方に暮れつつ、どうすべきかを思案する。
まず、ディンゼルさんを探すべきか否か。
……その必要は、ない気がする。
ここまでは一本道だったし、ペースが速すぎたということもないはず。
そう考えるとディンゼルさんは、自発的に道を戻った可能性が高くなる。意図せず横穴に落ちてしまうなどの不測の事態もあり得るが、そうなったら叫ぶなどして俺たちが気付いたはずだ。
「じゃあ、どちらに行くかということになるが……」
次に考えるべきは、目の前の二つの道をどちらに進むか。
スキルでしっかり夜目が利いているとは言え、さすがに道の奥深くまでは窺えない。
「両方行ってみればいいんじゃないか?」
「馬鹿言え。祠があるとは言え、ここは聖魔樹海の魔物が出る洞窟だぞ? もし正規ルートじゃない方を選んじまって、そっちが延々と続く道で戻ってこれなくなったらどうするんだ」
「むぅ、確かに」
それにしても、どうしてディンゼルさんは何も言わずに戻ってしまったのか。
何か急用を思い出した? いや、そんなわけはない。
俺たちが頼りなくて、身の危険を感じた? いやいや、一人で離脱する方がよっぽど危険だろ。
「んー、考えてもわからんな」
俺は立ち止まって腕組みをしたまま。再び分かれ道の先を見た。
洞窟特有の、暗くジメジメとした空気が不安感をかき立ててくる。
「…………ん?」
「……ユーキ、今なにか聞こえなかったか?」
「イルミナも聞いたか」
地鳴りのような振動が道の先から微かに聞こえ、俺とイルミナは顔を見合わせる。
この音、状況……少し前にも似たようなシチュエーションに遭遇していなかったか?
「まさか……」
俺は頭の中で考えてしまった最悪の予想を消し去るべく、洞窟の奥へと目を凝らした。
そこで視界に映ったのは……蠢く巨大ななにか。
「イルミナ、逃げるぞッ!!」
「ま、まさかまたなのか?!」
「ああッ、最悪だッ!!」
俺たちは振り返り、来た道を戻ろうと駆け出す。
道の先から、地響きを伴って現れたのは――。
「くそ、またサンドワームだッ!!」
「「GGORUoooooooo!!」」
「しかも、二匹ッ!?」
最悪過ぎる再会だった。




