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第130話 樹教の祠へ

「では祠へ赴くとしましょうか。場所は教徒にも秘密とされておりますゆえ、ひっそり発つとしましょう」

「わかりました」


 支度を終えた私は、祠への案内役であるザイルイルさん、フィズと共に静かに待機所を出発した。


 ザイルイルさんはトレードマークの穏やかスマイルを浮かべ、司祭冠ミトラなどを身に着けた正装となっている。

 同行を許されたフィズも、いつもの簡素な服ではなく、白を基調としたドレスのような、格式高い雰囲気に変わっている。表情は若干強張っており、緊張感が伝わってくる。


 一方、私はと言えば。

 ……少しだけ、気落ちしていた。


 本来であれば一緒に行くはずだった大人二名が、お酒の飲みすぎで体調不良を起こしたからだ。

 はぁ……まったく、どうして限度ってものを知らずに飲むのかな。

 ああいう大人には、ならないように心掛けないと。


 ダメな大人二人――ユーキ先生とイルミナさん――は、私の判断で置いていくことにした。

 もう、先生のああいうところだけは、ちゃんと直してほしいな。


 でも正直、まだまだ私一人では不安なこともたくさんある。

 今回の道中にしても、二人にはついてきてほしかったけれど……周囲の人たちに、あまり頼りないところを見せてはいけない。


 私はもうただの一個人ではなく、ダイトラス王国に認められた勇者であり、アルネスト領を任された代官という、言わば公人の立場だ。

 そんな状況でいつまでも誰かに頼っているようでは、色んな人に迷惑がかかるかもしれない。


 だから、今回は心を鬼にして、毅然とした態度を貫いたつもり。


「さぁ、こちらです」


 ザイルイルさんの示す先へ、周囲を警戒しながら進んでいく。


 最初に聖魔樹海を訪れたときより、だいぶ落ち着いているのが自分でもわかる。

 はじめてここに来たときは、クラスメイトのみんなに置いていかれないようにするだけで精一杯だったから。


 ……私も少しは、強くなれたってことなのかな。


「ほほ、見えてきましたぞ」

「あれですか」


 ザイルイルさんが指さした先に、ぽっかりと口を開けた洞窟の入口が見えた。

 あの中に、樹教の祠があるのだろう。


 ここまでの道中、数体の魔物と遭遇したが、冷静に身を隠してやり過ごした。そう、本来は戦う必然など一切ないのだ。地竜とは因縁があったので進んで対決をしたが、無駄な戦闘をして消耗する必要もない。


「宿願樹になる木、採って帰ろうね」

「は、はい」


 少し後ろを歩くフィズに、振り向きつつ投げかける。まだ緊張感が解けていないのか、フィズは落ち着きがない様子だった。


 視察とは別に、名もなき村に持って行く宿願樹の材料を採らなくちゃいけない。

 それを使ってザイルイルさんに新しい宿願樹を作ってもらったら、フィズと一緒に村へ戻るのだ。


 そんなことを考えていると、すぐに洞窟の入口に到着した。

 中には明かりがあるのか、薄ぼんやりとした光が漏れている。


「こんな神聖な場所に、わたくしめなどが入っていいのでしょうか……?」


 入口で立ち止まったフィズが、おどおどした様子で言った。

 洞窟から漂ってくる静謐な空気に、おののいているのかもしれない。


「大丈夫だよ、フィズ。だってフィズはここに来るまで、たくさん色んな人のために動いてきたじゃない。それはここに来るに相応しい行いだったって、私は思う」

「……ありがとうございます、ヒロカさん」


 目を合わせて語り掛けると、フィズはぺこり、と頭を下げた。


「ほほ、ヒロカさんとフィズは、本当に仲が良いですねぇ。フィズを教え導いてきたわたしとしては、本当に誇らしいことです」

「いえ。私自身、フィズからたくさん学ばせてもらっていますし。本当にフィズは良い子です」


 微笑むザイルイルさんへ、私は自分が思っていることを素直に返す。


「では、参りましょう」


 ザイルイルさんを先頭にして、私たちは中へと足を踏み入れた。


◇◇◇


「わぁ……」

「……すごく幻想的、ですね」

「ほほ、そう言っていただけてなによりです。ここはわたし個人が定期的に遣いなどをやって、清掃なども行っているところですから」


 入ってすぐ、洞窟内は神秘的な空間に様変わりした。

 まず入り口からは想像できない、見上げるほどに高い天井。まるで高い塔の吹き抜けを見上げたときのような高揚感がある。


 高い天井から続く岩の壁面には、掘ったような窪みがいくつもあり、そこに灯りとして蝋燭がたくさん設置されていた。

 焚かれた蝋燭の火が、塊となってゆらゆらと揺れている様は、なんとも幻想的だった。


 火から漂う煙が内部に滞留しているのか、洞窟内にはぼんやりと霧がかかっているような雰囲気があった。それが一層、この空間の神秘性を高めていた。


 ここにいると、不思議とリラックスする感覚がある。


 聖魔樹海の特有の、濃い魔元素の甘い香りと、蝋燭から出ているのか、線香のような独特な香りが混ざり合い、妙な陶酔感のようなものが湧きあがっていた。


「あの奥に祠がありますので、わたしはフィズと共に少し清掃をしてまいります。ヒロカさんはしばしここでお待ちください」

「じゃあ木片でも探していますね」


 ザイルイルさんとフィズが、入り組んだ洞窟の奥へと入っていく。きっとそこに、祠の本殿のような場所があるのだろう。

 二人の姿が見切れたタイミングで、私は息を吐き、足元に目線を落とした。教会で見たような、材木を探すためだ。


「あ、これなんかいいんじゃないかな」


 地面に目線を移すと、すぐにいくつかの木枝が見つかる。宿願樹にするのに良さそうなものを集めて、置いておく。


「こっちの方がさっきのよりいいかも……ん?」


 夢中になって探していると。

 ひた、と頭に水滴が垂れた。ヒヤリとして、咄嗟に顔を上げる。


「ひっ」


 ――と。

 何気なく振り向いた瞬間、私の背後にフィズとザイルイルさんが立っていた。

 私は思わず、声を上げてしまう。


 洞窟内にその声が反響した。


「ど、どうしたんですか? なにかありましたか?」


 咄嗟に、私は後退る。


 そういえば私、どうして二人の気配に気付かなかったんだろう?

 いつもなら気付くはずなのに……デムナアザレムに来てから、あまりギフトを発動させていなかったから?


 眼前、ザイルイルさんのいつもの穏やかな笑みが、急に怖く感じる。


「ほほ。……フィズ、先程の話を、ヒロカさんにお話してみなさい」

「は、はい……」


 促されたフィズだが、さっきよりも顔色が優れないように見えた。

 心なしか、青ざめたように思える。


 なにかあったのだろうか?


「……ヒロカさん、あの……」

「ん?」


 フィズの震える唇が、弱々しい声が漏れ出てくる。


「わたくしたちに――その身を捧げてくださいませんか?」

「…………え?」


 紡がれた言葉の意味を、私は理解することができなかった。



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