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第13話 指導する側の悩み

「…………ふぅ」


 皆が寝静まった後の、人のいないギルドの食堂。壁に備え付けられた小さな明かりが、ぼんやりと光っている。

 大抵のギルドにはここと同じように宿屋と酒場が併設され、結構遅くまで営業しているが、ここアルネストギルドは個人で営まれている他店への影響を考え、早めに閉まるようになっていた。


 そこで俺は終業後、職権を活かして晩酌をしていた。

 食堂スタッフのみんなは、すでに上がっている。さすがに俺一人のために働いてもらうわけにはいかない。

 ただ俺にとっては、たまにこうして一人で飲む時間は、精神衛生上必須なひとときなので、許可をもらって飲ませてもらっていた。


 なにをするでもなくただただ酒をゆっくり飲んでいると、自分の心理状態が明確になっていくような気がする。そうして不必要な考えなどが削ぎ落とされていく感じがして、明日への活力が湧いてくるのだ。


「ユーキ。起きてたのか」

「あ、シーシャ」


 おかわりの酒を注ごうと席を立つと、シーシャが燭台片手にやってきた。

 就寝直前だったのか、寝巻姿だ。いつもの制服より胸元がはだけており、セクシーな雰囲気が漂っている。


「眠れないのか?」

「いんや。ちょっと考え事をね」

「考え事」

「そ。考え事」

「悩み事、ではないんだな?」

「……んー、どうなんだろうな」


 鋭いシーシャの指摘に、俺ははっきりと答えられない。

 悩み、というほど深刻な問題だとは思っていないのだが、今の俺の頭の中にはモヤモヤというか引っ掛かりというか、そういう類のものがあるのは確かだった。


 それは言わずもがな、ヒロカちゃんに関することである。


 ヒロカちゃんへの指導自体は順調そのもので、すでに座学に関しては初心者講習の域を出て、中級から上級にかけての内容をやっているぐらいだ。

 魔法に関しても、土にはじまり、火、水、風の四大属性の最低級魔法をすんなりと会得した。

 ダガーでの戦闘訓練自体も、俺との組手の際にはかなりイイ動きをするようになってきている。


 だが、実戦となると……トラウマの影響で、からっきしなのだ。


「もはや俺みたいな凡人が先生じゃ、あの子を成長させてあげられないのかもなぁとか思っちゃってな」


 ふと、言葉が出た。

 どうやら俺は、優秀な生徒をブレイクスルーさせてやれないことで、自信をなくしはじめていたらしい。


 本人にその自覚はないが、間違いなくヒロカちゃんは超逸材だ。

 たまたまギフトが『空気を読む』という、日本人の感覚で言えば日常で当たり前にやっていること(本来は当たり前じゃないはず)だったせいで下に見られ、追放されただけだ。


 ギフトは日進月歩に研究されているが、そこから導き出された一つの答えとして、戦闘においては攻守両面に活かせる『攻防一体型』のギフトはかなり強力だと考えられている。

 その観点から見ると、ヒロカちゃんの『空気を読む』は、間違いなく最強クラスになる可能性を秘めたものだ。


 相手の醸し出す空気を読むことで攻撃をかわすのは容易となるだろうし、それを発展させれば、ロビー活動的な交渉事などでも大いに力を発揮することだろう。

 攻撃面に関しては今はこれといった性能は見受けられないが、『場の空気を司る全ての要素』を読むのだ、もしかすると大気へと干渉し、何らかの現象を起こすことだって可能になるかもしれない。


 順調に育っていけば、間違いなく『勇者』へと上り詰めることができるだろう。

 とにかく、ヒロカちゃんには無限の可能性があるということだ。


「それだけの可能性、将来性がある子の、トラウマをなんとか解消してやりたいんだけど……全然、イイ指導法が思いつかないんだ。凡人な俺には、この辺が限界なのかと思うと……ちょっと悔しくてな」


 黙って話を聞いてくれるシーシャへ、俺はボソボソと言葉を垂れ流す。


「もしA級の冒険者とか、それこそ現役勇者の人とか、そういう一流どころがヒロカちゃんを指導したら、簡単に壁を打ち破らせて、グングン彼女の可能性を広げられるんじゃないかと思うと……やっぱり、ちょっと悔しいし、悲しいんだよな」


 俺などという凡庸な冒険者指導員チュートリアラーでは、彼女を最上級レベルまで導いてあげられないのではないだろうか。

 トラウマ一つ乗り越えさせてあげられない先生など、いらないのではないか。

 だからこそ、もっと優秀で実力のある指導者の下で、学ぶべきなのではないだろうか。


 自信をなくし、俺はそんな風に考えてしまっていたのだった。


「……冒険者としての実力が、そのまま指導力に繋がるわけじゃない」

「それは一応、わかってるつもりなんだけどさ」


 シーシャがかけてくれる優しい言葉にも、俺はどこか頷ききれない。

 前世での管理職経験から、現場でプレイヤーとして働く力と、監理職として人のマネジメントをする力ではまったく異なることは身をもって知っているつもりだった。


 が、いざ自分のプレイヤー経験を超え得る逸材に出会うと、それがコンプレックスのように感じられてしまうのだと今回はじめて体感した。


「まだまだだなぁ、俺も。未熟者だ」

「だったら成長すればいい」

「え?」

「今をまだまだって思うなら、成長すればいいだけ。人は何時だって、何歳からだって成長できる。わたしもまだまだ美しくなれるんだ」

「はは、シーシャがそれ以上美人になったら困るな。ドキドキして業務に支障が出る」


 俺が平常心でいられなくなっちゃうぜ!


「……ユーキがわたしでドキドキしてくれたら、わたしは嬉しい」

「え? ごめん、なんだって?」

「なんでもない。ユーキはイイヤツ。絶対大丈夫。このわたしが保証する」

「はは、ありがとう」


 シーシャの独り言は聞き取れなかったが、そのあとの淡々とした励ましが、俺に力をくれた。


 生徒と対峙し自分の実力に不安を感じたのなら、自分も生徒のように学び、上達すればいいだけの話だ。そんな当たり前のことも、俺は忘れてしまっていたみたいだ。


 またもシーシャに背中を押してもらってしまったな。今度、なにか奢らなくっちゃ。


 俺は翌日から、今まで老化防止(中身は還暦なので)程度に行なっていた自主トレのメニューを、一新することに決めた。



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