第129話 ダメな大人です
翌日。
眠りから覚醒した俺に、朝一番で襲いかかってきたヤツがいた。
それは…………二日酔いである。
なんとも、強大な敵っ。
おえぇ、頭揺らすと気持ち悪ぅぅ。
俺は横になったままで目を開き、少しだけ頭を動かして周辺を探る。
……あ。
「うげぇぇ」
「……大丈夫ですか、イルミナさん?」
一足先に起きていたらしいイルミナが、ヒロカちゃんに背中をさすられながら、部屋の隅で汚物入れに頭を突っ込み、おえおえと吐きまくっていた。
おぇぇ、この匂いを嗅ぐと俺ももらっちまいますぅぅ……。
「も、申し訳ありません、ヒロカ様……こ、この私としたことが」
「はぁ……」
涙目で必死に謝罪するイルミナに、容赦なく冷たい視線を送るヒロカちゃん。
俺、教え子にあんな目で蔑まれたら死にたくなってしまうかも……!
「すぅ……ふぅ……」
だが、いつまでも寝ているわけにもいかず、一度深呼吸をして気分を整える。
気合を入れ、起き出す。
……二日酔いで急な体勢変更は危険である。ゆっくり、上半身を起こしていく。
が。
「うっ」
「あ、先生! おはようございま……」
ぱっと明るい笑顔で挨拶をしようとしてくれたヒロカちゃんだったが。
俺が咄嗟に口元を押さえたのを見て、その眼が感情を失った。
「……先生も、二日酔いですか?」
軽蔑しきったヒロカちゃんの瞳に射抜かれ、俺は口を押さえたままゆっくりと頷くしかなかった。
本当、申し訳ないっス……。
「はぁ……」
半ば侮蔑に近い氷点下の眼差しをこちらに向けて、ヒロカちゃんはもう一度大きくため息をついた。
あぁ、あんな目で見られたら新しい世界の扉が開いちまうぜ……おぇぇ。
「本当、なにやってるんですか二人とも」
「「申し訳ございません」」
俺とイルミナの渾身の謝罪が重なる。
どうして、どうして適量で止められないんだ、ユーキ・ブラックロックよ。
この一杯でやめよう、ここでやめれば問題ないぞ、と何度もチャンスはあったのに。
どうして、結局気持ち悪くなるまで飲んでしまうのだ!?
「うぐ、頭痛ぇ……吐き気が……」
「先生、これ水です」
「あぁ、ありがとう……うー染みるぅ」
ヒロカちゃんから受け取った水を、浴びるようにして一気飲みする。
あー、効く。
「おはようございます、ヒロカさん」
「フィズ、おはよう」
と、俺とイルミナというゴミカス大人(泣)が打ち上げられた魚のように悶え苦しんでいると、ダイトラス側の待機室にフィズがやってきた。
すでに支度を終え、いつも通りのお団子二つに、大きな杖を抱くように持っていた。
「おや、ユーキさんとイルミナさん、具合が悪いのですか?」
「ごめんね、いい大人がこんな醜態を晒してしまって」
具合の悪い俺たちを見て、フィズが心配そうに言う。それに対して間髪入れず謝罪するヒロカちゃん。うん、俺たち見限られる寸前だぞこれ!
「わたくしの回復魔法をお使いしましょうか? 少しは楽になるかと思いますが」
「「えっ」」
なんと……!
も、もしかして二日酔いも治せるの!?
フィズちゃんマジ天使!!
「いいの、フィズ。この二人は自業自得だから。そんなことにあなたの力を使っちゃだめ」
「でも……」
「回復魔法を使えば、フィズだって疲れるって聞いてるよ? そんな代償を払ってまで、こんなダメな大人をなんとかする必要ない」
ヒ、ヒロカちゃんたらなんてひどい……でもすべて事実なのでなんの反論もできない。
「わかりました。では、デムナアザレムで流通している薬草をお渡ししますね。これを奥歯で噛んですり潰しながら飲み込めば、かなりスッキリすると思います」
フィズは袋から取り出して、濃い緑色の薬草を取り出した。
あぁなんにせフィズちゃんマジ天使……!
俺とイルミナはおいおい泣きながら、フィズがくれた薬草を噛んでいく。
あぁ、なんて清涼感なんでしょう。癒されます……!
「フィズ、今日は祠に行くって聞いていたけど?」
「はい。聖魔樹海にあるデムナアザレムの祠です。定期的に巡礼者が回っている聖地の一つです」
もしゃもしゃもしゃもしゃとポ〇イ状態の俺とイルミナを差し置いて、今日の行程の確認をはじめるヒロカちゃんたち。
う、ここにいるのがすごくいたたまれない……。
「その祠は、宿願樹を採取する際にも使われているんです。その近辺を整地して、大聖堂を建造する予定なのだそうです」
「へぇ、そうなんだね。じゃあそこの視察が今回の遠征のメインってわけだ」
「はい。ただ祠は神聖な場所の一つとされていて、決まりでは大司教以上の聖職者しか行けません。なので、わたくしは同行できないかもしれません」
「えっ、フィズ来ないの? 寂しいな……」
と、そこで部屋の扉が開く。
「フィズ、本日はあなたもいらっしゃい」
「ザイルイル様!」
そこで入って来たのは、ミトラを被ったザイルイル大司教だった。
うえ、こんなあられもない姿を見られるの恥ずかしいです……。
「おはようございます、ザイルイルさん」
「ほほ、今日も麗しゅうございますな、ヒロカさん。お話は聞いていましたよ。フィズ、ぜひあなたも同行してください」
話の流れを理解していたらしい大司教は、フィズの頭を撫でながら穏やかに微笑んだ。
「身に余る光栄です、ザイルイル様……!」
「ほほ、今回は特別ですよ?」
心底嬉しそうなフィズ。
だがそこで、俺は少しだけ不安を感じた。
……俺とイルミナがこれじゃ、その祠とやらまでの護衛はどうする気なんだ?
「先生、イルミナさん。聞いていた通りです。ザイルイルさん、フィズ、私の三人で祠に向かうことにします」
「し、しかしヒロカちゃん……それはさすがに危険が――」
「二日酔いの人を連れ歩くよりは安全だと思いませんか?」
「うっ」
図星を疲れ、俺はななにも反論できない。
地竜を単独で撃破できるヒロカちゃんだ、万が一にもなにかがあるとは思えないが……しかし、聖魔樹海で油断や過信は禁物だ。
「だったら前日から、翌日に悪影響が出ないように準備してほしいです」
「うっ」
正論パンチで俺はもうダウン寸前だった。
うぅ、自分のダメさが嫌になる……。
「とにかく、今のままじゃお二人はどうにもならないんだから、もう少し寝ていてください。それで回復していれば、そのとき考えましょう」
「「はい……本当に申し訳ありません……」」
そうして俺とイルミナは、もう少しだけ休ませてもらうこととなった。
三人が出て行った後、俺とイルミナは再び横になった。
薬草のおかげか、すぐに眠気がやってきた。




