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第117話 才ある若者たち

 名もなきダンジョンで『魔吸石まきゅうせき』を手に入れ村に戻った俺たちは、さっそく司祭様の『魔毒病まどくびょう』の治療をはじめた。

 唯一治療法を知るフィズが付きっ切りで看病をする中、残された俺たちは灯を絶やさぬよう暖炉を見守ったり、治療に使えそうな布の切れ端を集めたりといった形で、なんとか貢献しようと苦心していた。


 夜も深くなり、少しだけ眠気が出てきた頃。


「皆さん、司祭様が意識を取り戻しました!」


 司祭様が目覚めたと、フィズが慌てて伝えに来てくれた。教会内の各所にいた俺たちは、すぐに司祭様のいる部屋へと集まった。

 室内では、司祭様がベッドの上で身を起こしていた。倒れていた時よりも、だいぶ顔色が良くなっている。


「皆様……本当に、ご迷惑をおかけして……なんとお礼をすればいいやら……」

「いいんです。困ったときは助け合う。それが人ですから」


 申し訳なさそうに言う司祭様に対して、フィズが穏やかに返す。


「わたしは……その……いったいどうして?」

「司祭様は、魔毒病に罹っておられたのです。我々が発見したときにはすでに危険な状態で、急ぎ治療を施させていただきました」


 まだ状況が飲み込めていない様子の司祭様へ、フィズは丁寧に状況説明する。


「ま、魔毒病ですか、わたしが? ……むぅ、やはり聖地巡礼を怠り『宿願樹しゅくがんじゅ』を枯れたままにしていた不道徳が、我が身に巡り巡ってきたということなのでしょうか……」


 自らを悔い改めるように目を閉じ、項垂れ額を押さえる司祭様。

 苦渋からなのか、手が震えている。


「いいんです、仕方ないことなんですから。決して自分を責めてはいけないです」

「し、しかし……」

「宿願樹のことは、わたくしに任せてください。我々は今回、デムナアザレムに向かう途中でこの村に参りました。ここで司祭様に出会ったことも、世界樹の思し召しと考えます」

「……っ!」

「わたくしはまた、ここに戻ってきますから。宿願樹を持って、必ず。ですから、司祭様は何も気に病むことはありません。全てわたくしにお任せください」

「ありがとう……ございます……!」


 穏やかに、そして慈しみ深い微笑みをたたえて話すフィズに、司祭様は感涙を流しながら、何度も何度もその頭を下げた。


 その光景は居合わせた俺たちですら感動するほど、尊いシーンに思えた。


◇◇◇


「あー、本当にフィズは良い子だなぁ」


 分かりやすく嬉しそうに、ヒロカちゃんは言った。フィズが見せた他者への献身的姿勢に、心打たれたのだろう。


 俺とヒロカちゃんは、司祭様の御厚意であてがわれた教会の寝室にいた。狭い部屋ではあるが、よく整理整頓と掃除がされており小綺麗だ。両端の壁に触れるようにベッドが二つ置かれ、ベッド間にサイドテーブルが置いてある。


 俺とヒロカちゃんはそれぞれベッドに腰掛け、向かい合って話していた。


「ところでヒロカちゃん、ダンジョンでの攻撃って……」


 ずっと気になっていたことを、思い切って聞いてみる。


「あー、あれはですね、ギフトと氷魔法を融合してみたんです」

「ギフトと魔法の融合……?」


 事もなげに、ヒロカちゃんは言った。

 しかしそんなことが果たして可能なのだろうか? 人間が体内で練り上げられる魔力量には限りがあるわけだし。


「氷魔法の『氷結』で、サンドワームを含むあれだけの範囲を凍らせようと思ったら、人一人の魔力量では足りないじゃないですか?」

「うん、そうだね」


 人が体内に蓄積できる魔力量の限界は、魔法で言えばヴィヴィさんが使う《アンノウンファイア》一、二発分ぐらいだろう。

 正直、あれだけの巨体のサンドワームを瞬時に凍らせる『氷結』なんて、人間単体では使用不可能のはずだ。


「でも、私のギフトの『空気を読む』の魔力消費ってものすごく少なくて済むんです。あと、今は特訓の成果もあって、効果範囲もかなり広がっているんです」


 身振り手振りを含めて教えてくれるヒロカちゃん。すでに寝る準備を済ませているので、降ろした髪が光っている。


「だから氷魔法の『氷結』を使うイメージではなくて、私のギフトにある『空気を操る力』に、氷結の効果を上乗せしたような感じと言えば近いかもしれないです。これなら、本来の威力そのままに、魔力消費も抑えられるから効果範囲を大幅に増大させられる。ずっと色んな属性の魔法で試行錯誤していたんですが、上手くいきました」

「……すごいね」


 とんでもないことをやってのけたヒロカちゃんに、俺は月並みな言葉しかかけることができない。


「でも、今回はたまたまかもです。出入口から一本道の洞窟だったし、標的も巨体だから万一にも躱される心配がなかったので、指向性を気にする必要がなかったですから。魔力が拡散しやすい開けた場所では、まだまだあそこまで上手くはいきません。精進あるのみです!」


 拳をグッ、と握って新たな決意表明をするヒロカちゃん。

 俺はその決意を聞きながら、この子は本当に末恐ろしい人材なのだと冷や汗をかいていた。


 ひょんなことから俺の教え子となり、色々なことを教えていくうちに、彼女の持つポテンシャルがとんでもないということにはすぐ気付いたが……もはや、俺の理解など追い付かない領域に到達するのかもしれない。


 俺が決して、理解し、彼女に教えることができない領域。

 それは――ギフトについてだ。


 俺自身ギフトを持たぬ者であるため、ギフト使用の経験値が一切ない。

 冒険者だった時代にギフト所持者とパーティーを組んで動いた時期もあったので、ある程度の知見はあると自負しているが、見るのと実際に使うのでは、当然だが雲泥の差があるだろう。


 今しがたヒロカちゃんの話したような、ギフトの力を応用し、技として魔法との組み合わせることで威力を下げずに効果範囲を広域化するなど、到底俺には教えることもできないし、思いつくことすら無理だ。


 なんというアイデアと、思考の柔軟性なのだろうか。

 そしてなにより、魔力操作の恐るべき精度である。これに関しては基礎を教えたのは俺だが、ヒロカちゃんのたゆまぬ努力によって超上級者と言って良いレベルとなっている。


 ……悲しいが、もうすでにヒロカちゃんは、俺が手が届くところにはいないのかもしれない。


「それじゃ、おやすみなさい」

「うん、おやすみ」


 言葉を交わした後、それぞれ寝床についた。


 俺はその日、少しだけ寝付きが悪かった。



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