第108話 星空の交流
「ふぅ。今日も結構進んだね。じゃあ、この辺りで野営するとしようか」
「はい」
信仰上の理由から、ダイトラス王国へ馬で移動することとなった俺とフィズは、滞りなく旅程を消化していた。
今日も順調にダイトラスまでの道程を着実に進み、名もなき森の片隅にて野宿を行うことを決めた。
魔法馬車という便利な移動手段を手に入れる以前は、アルネストとダイトラスの区間は、こうして野営をしたりしながら辿り着いていたのを思い出す。
「ユーキさん。わたくしのためにここまでしていてただいて、本当にありがとうございます」
「フィズ、もういいんだってば」
馬から降り、携行していた夜営道具一式をガチャガチャと広げていると、フィズがその小さな身体を目一杯折り曲げて、再びお礼を言ってきた。
アルネストを出るときに何度も何度も繰り返したやり取りだったので、俺は若干苦笑してしまう。
「アルネストを出るときにも言ったけど、フィズは気にしなくていいんだって。考え方とか信念は、人それぞれなんだし」
「でも、わたくしのせいでユーキさんにお手間をかけているわけですし。あの魔法馬車であれば、もうすでに到着しているのでしょう?」
「いや、今回はこうしてゆっくり移動できてよかったって思ってる。魔法馬車は便利だけど、ゆっくり旅をするから感じられることもたくさんあるって思い出せたしね。ほら、上を見てみなよ」
「え?」
俺は指先を上に向け、フィズの視線を空へと誘導した。
「わぁ……きれい」
フィズが見上げた夜空には――満点の星空が広がっていた。
輝く星に魅入られたかのように、上を向いたまま感嘆の息を漏らすフィズ。それを横目に、俺は野営の準備を進めていく。
ふふふ、喜んでくれているみたいでよかった。
俺も、こっちの世界で物心ついた頃、よく夜空を眺めて暇をつぶしたっけ。
前世で暮らしていた場所では星なんてほとんど見えなかったし、何より高層ビルのせいで空が狭くて窮屈だった。
一方、こちらの空は広く大きく、とにかく壮観だ。
夜空だと星も数えきれないほどたくさん浮かび、家々の灯りも少ないからなのか光度も高い。流れ星もよく降るので、本当に見ていて飽きないのだ。
「魔法馬車でひょひょいと着いちゃったら、こういう感動的な景色を見たりできなかったと思わない?」
「……確かに、感動的です」
「ならよかった」
未だ夜空を見上げ続けているフィズの横顔からは、喜びの色が見て取れた。
俺は星空に見惚れているフィズの邪魔をしないよう、静かに手を動かしながら、着々とテントの設営などをこなしていく。
「…………あ、すいません! わたくしったら、夢中になってしまって! なんのお手伝いもせず」
「あー、いいのいいの」
「よくないです。手伝います」
少しして、俺があれやこれやとやっていることに気付いたフィズが、慌てて手を動かしだす。せっかくなんだから、もうちょっと見てたらいいのに。
「ユーキさん、今回は本当にありがとうございます。こんなに素晴らしい星空に出会えて、わたくし心底感動しました」
手伝いをはじめたフィズだが、その合間にまた深く頭を下げながらお礼を言った。
本当に彼女は、他者に対する礼を欠かさない。どんなに些細なことでも、自分が何かをしてもらったら「ありがとうございます」と丁寧に頭を垂れ、お返しをさせてほしいと言い出すのだ。
本当に、心の底から優しい子だ。
すでに亡くなったと言う彼女のご両親も、天国でさぞや鼻高々なことだろう。
「……フィズは、どうしてそんなに真っ直ぐなんだい?」
つい俺は、そんな質問をしていた。
「真っ直ぐ、というのは?」
「んー、素直というかなんというか。なにかを勘ぐったり本音を隠したり、人間てそういうことをしてしまうものだと思うんだけど」
「わかりません。そもそもわたくしには、そういう深い思考力はありませんので」
澄んだ目で、フィズは見つめ返してきた。
……その眼を見て、俺はヒロカちゃんのことを思い出す。揃いも揃って、俺の周りにいる十代の子たちは、みんな心が清く真っ直ぐだ。
少し、心配になるほどに。
「ただ、何かをしてもらうと……気持ち良い感じがします。この辺りが、ポワっとする感じです。だからわたくしはその気持ち良さのお礼に『ありがとうございます』と返しているのです」
「……そっか」
言いながらフィズは、自分の胸元に両手を重ねるようにして置いた。
「そうして、この世界のみんながいい気持ちで生きられたら、きっと幸せは連鎖していくと思うのです。そのためにも、もっともっとわたくしも頑張って、樹教の教えを広めなければなりません」
星の輝きに負けないくらいの満面の笑みで、フィズは言い切る。
心の底からの本心で、彼女は善行を積み重ねていくのだろう。
フィズと交流していると、つくづく自分という人間の不出来が浮き彫りになるようで、若干いたたまれなくなる。
ただ……俺のような年寄りにできることと言えば、こういう若者が生きる未来を守ることぐらいなのだろうなと、柄にもなく思った。
「……本当、フィズといると心が洗われる気がしてくる。よーし、晩御飯は俺が作るよ。なにが食べたい?」
俺はしんみりしてしまった自分を切り替えるため、頭の中で晩御飯の献立を考えはじめる。
「では、分厚いステーキを」
「そこだけは強欲極まりないのな!」
「ふへへ」
そんな風にふざけ合いながら、その夜は過ぎていった。




