第100話 チュートリアラー、学ぶ
「がぁぁ! 自分の才能のなさが嫌になる!!」
俺は『アルネスト大森林』の草原に大の字に寝転がりながら、自暴自棄に叫んだ。
はい、のっけから荒れております。辺境の冒険者指導員、ユーキ・ブラックロックでございます。
「むぅ。回復魔法の権威であるこのわらわが手取り足取り教えておるというのに、なんで貴様はてんで伸びんのかのう」
「本当すいません……」
傍に立っていたヴィヴィアンヌさんが、自分の顎を触りながら不思議そうに言った。これでもね、一生懸命やってるんですよ? 才能がないなりにね?
なぜ俺がいきなりこんなに心が荒んでしまっているのかと言うと。
最近はじめた回復魔法の修業が、まったく上手くいかないからである。
見ての通り、この修行の先生役はあの大賢者、ヴィヴィアンヌ・ライヴィエッタその人。回復魔法で右に出る者はいないとされるほどのお方で、指導に関しても理論と根性論をバランスよくブレンドした適切なカリキュラムを組んでくれている。
これほど恵まれているのにも関わらず、俺の回復魔法はあまり上達していないのだった。
あぁ、このままじゃ教え子のヒロカちゃんに見限られちゃう! おじさん(中身は還暦)のメンタルにとってはそういうのが致命的なのです!
「ふむ、少し特訓メニューを再考してみるとするかの。そろそろ日が暮れる、今日はこの辺にして上がるぞ」
「はい……」
意気消沈したまま、俺は大きく息を吐いて身を起こした。軽く全身のストレッチをしてから、ヴィヴィさんと並んでアルネスト大森林を出た。
港湾都市バルド・バルジで発生した先の戦闘で俺は、回復魔法の重要性を痛いほどに感じた。そこで大賢者であり回復魔法の大家であるヴィヴィアンヌさんにお願いし、こうして回復魔法のトレーニングを開始してはや一ヶ月近く経つのだが……全っ然伸びてない。さすがにへこむ!
「やっぱり独学で使っていたせいで、悪い癖がついちゃってるんですかね?」
「うむ、それは大いにある」
「うわぁ、へこむなぁ」
汗を拭いながら歩く俺に対して、ヴィヴィさんは涼しい顔で言ってのける。
はぁ。そうそう、こういうところが独学のよくないところなんだよな。
自分で習得し自分だけでブラッシュアップしてなんとかなっちゃうと、なまじ自分のやり方に慣れや愛着のようなものが作られてしまい、変に考えや感覚が凝り固まる。
そうして他者の意見を吸収・反映させるのに時間がかかるようになり、上達する達成感を得られずに腐ってしまうなどということも多々ある。
あぁ、はじめて教育係を任されたときの新人に変な仕事の癖がついちゃってて、一つ一つ修正するのに苦労した思い出が蘇る……。俺もあのときの彼の気持ちがようやくわかった。
ヴィヴィさん曰く、回復魔法は『炎や水を生み出す属性魔法より、さらに詳細で具体的なイメージ力を必要とする』と話していた。
俺はこの通り魔法を人に習ったことがなく、全て独学で習得した。回復魔法も漏れなくそうなのだが、そのせいで本来の基本がまったく身についていないそうなのだ。
本来であれば回復魔法というのは、はじめ医学知識を勉強するところからはじまるものらしい。
回復魔法の原理(最近ヴィヴィさんに聞いた)としてはまず、魔法使用者が、治療を受ける被術者との魔力の性質をできる限り近づける。そして患部を元通りにするイメージを描きながら、ゆっくりと丁寧に魔力を流し込み、肉体の治癒を促していく――という仕組みらしい。
ヴィヴィさんのように魔力の性質が可視できるうえ、魔力の操作も上級者という場合、多種多様な患者の魔力に限りなく近い性質に魔力を変質させ、高速に回復にさせることができるのだそうだ。
例えば傷ついた内臓などを回復させる場合、見た目だけでは決して回復状態を想像することはできないので、肉体の内部構造や傷の箇所までを触診などでイメージすることができる程度の医学知識が必要なのだそう。
正直に言おう、俺はまったくそんなことを考えたことなかった! 今まで俺が治癒して人たち、ごめんなさい! シーシャにもあとで土下座します!
「さらに言えば、回復魔法は被術者と治療者の魔力が似れば似るほど効果が上がる。要するに魔力を同質化する技術が大切なわけじゃな」
「魔力を同質化する、か……」
「ユーキは魔力の操作は抜群じゃから、この魔力を似せるというのはできておる。が、やはり医学方面の知識やイメージが足りんな」
「勉強できないヤツですいません」
先ほどから、歩きながら謝り通しである。
俺、元々そんなに勉強できるタイプじゃないしな。それこそ医学書なんて触ったこともないし。最近慌てて図書館で人体図なんかを読むようにしているのだが、いかんせん文字を覚えるだけで身になってない感じだ。
あぁ、皆に尊敬され大賢者と敬われる領域に来るまで、ヴィヴィさんはめちゃくちゃ色んなことを勉強したんだろうな。やっぱり凄いぜ、大賢者様。
それに比べて俺ときたら……はぁ、ため息が止まらない。
「まぁ、焦って急いでばかりでも仕方あるまい。何事も積み重ね、じゃ」
「……確かに」
ヴィヴィさんに励まされ、俺は決意を新たにする。
「俺、なんとか今より回復魔法上手くなります。粘って粘って、絶対上達するんで、見放さないでください」
「ふん、わかっておるわ。それにおぬしはわらわの先生でもあるのじゃから、見限ることなどあり得ん。安心せい」
「ありがとう、ヴィヴィさん」
夕焼けを背にしたヴィヴィさんの微笑が、俺の背中を押してくれているような気がした。
元々才能もギフトもない俺には、何度もトライ&エラーして積み重ねていく以外に上達する方法はないのだ。この程度でへこたれていられないぜ。
そんな感じで、大賢者様のありがたいお話を聞きながらアルネストへの帰路を辿っていると。
「……ん?」
ふと開けた視界の中、人が行き倒れているのが見えた。
……いつぞやのデジャブかな? まさか倒れてる人、女子高の制服とか着てないよね?
「放ってはおけないですよね」
「まぁそうじゃな」
ヴィヴィさんに確認し、俺は倒れている人の元へ急ぐ。
近付いてみると、髪が長く、身長ほどもある特徴的な杖を持っているのがわかった。
「大丈夫ですか?」
ひとまず回復魔法は使わず、うつ伏せになっていたその人を仰向けに助け起こす。
「…………」
「女の子、か」
露わになった顔を見ると、まだあどけなさの残る少女だった。おそらく年の頃は十代中盤くらいだろうか。
うーん、この辺りもデジャブだな。さすがに女子高生ではないけど。簡素な布の服を着ているだけだ。
「…………」
「意識がないな。ひとまずアルネストへ運ぶとするか」
俺は彼女を背負い、アルネストへと歩き出した。




