第5話 特産品による地域振興
エルフの村に帰郷して一夜が明けた。
朝食を摂った一行はそれぞれの目的の為に別行動をとった。ヤンは一度森を出て兵士達の駐屯地で礼拝堂を建てている。セレンは村に残って、身近にある物で何か価値がありそうな物を探すと言っている。
そしてニコラとジゼルはフィーダの先導で森の奥に入って、宝石として価値のありそうな石探しだ。流石に人の手の入っていない森に、スカートの尼僧服は合わないのでジゼルは旅装束に着替えている。ニコラも何かあっては困るので久しぶりにタクティカルアーマーを着込んでいた。
なぜジゼルなのかと言うと、一行の中で一番貴族が欲しがるような宝石に詳しいのがジゼルだからである。伊達に皇族の一員として貴族に囲まれて育ったわけでは無い。
森に入ってからニコラは足元を中心に調べながら歩いている。村人の話では色付きの石はそこら辺に転がっているので、こうして足元のお宝を探していた。
「―――おっ、あったぞ。これでいいのかニコラ?」
「助かるフィーダ。……これは琥珀だな。ジゼルさん、ボルドは琥珀の需要ってあるの?」
「琥珀でしたらそれなりに人気のある石ですわ。首飾りや髪飾りにして着けていらっしゃるご婦人はたくさんいらっしゃいます」
これは幸先が良い。そこら辺に落ちているという事は、量の方もそれなりに期待出来るだろう。木々の隙間から注ぐ陽光に親指より小さい琥珀をかざすと中が透き通って見えた。ニコラには石の良し悪しは分からないが、大きさからしてそこそこ値が着くと思いたい。
早くもお宝を一つ見つけたニコラは気分よく森を進む。ジゼルも生まれて初めて歩く森の中に興味津々で、木の上に居るリスや遠目から様子をうかがう狐などを見つけては歓声を上げていた。ただし好奇心に負けて毒々しいキノコに手を出そうとした時には流石にフィーダに止められて怒られていた。
多少のアクシデントはあったものの、歩くたびに新しい発見のあるジゼルは楽しそうで、ニコラも時々落ちている宝石に加工出来そうな石を見つけてはニヤニヤしている。石は琥珀以外に水晶やアメジストに代表する石英が多かった。
楽しみながらの散策はあっという間に終わり、いつの間にか目的地に着いていた。そこはニコラがデウスマキナ『ヘリウス』と『アプロン』を隠していた大穴だった。
「この大穴の底には色の付いた石が沢山ある。石の中には刃物には使えないが火打石には使える物があるから時々取りに来るんだ」
「そういえば火打石って石英と鉄だったな。じゃあちょっと降りて調べてみるよ」
ニコラは羽織っていた外套を脱ぎ、タクティカルアーマーのパワーアシストをハーフドライブに設定。途端に全身の筋肉が膨張してシルエットが一回り太くなった。ジゼルはその光景に慌てふためいた。
そのままニコラは穴に飛び降りて轟音と共に底に着地した。以前はデウスマキナに乗っていたり回収作業をしていたので分からなかったが、確かに穴のあちこちに透明な水晶や色の付いた石英が露出している。そこで目に付いた石を手にとって太陽にかざす。出来るだけ透明で色の付いた石を鞄に放り込んで集めた。
ニコラは石には詳しくないが、一般常識として宝石は透明なほど価値が高い事ぐらいは知っている。それと紫の石英はアメジストとして珍重されているので優先的に採集した。他にも黄色がかった物も拾っておいた。後でジゼルに教えてもらったが、黄色の石英は黄水晶ともいい、シトリンと呼ばれる宝石として帝国でも価値があった。
ある程度数を採ったニコラは満足して大穴から這い出た。普通ならロープでもなければ登ってこれない深さの穴から素手で出てくるのは有り得ないがフィーダは気にしない。驚いているのはジゼルだけだ。
収穫物を持って村へ帰ると、村の方でもセレンが成果をニコラに見せてきた。
「街のごはんって色んな味とか匂いがするから、森で採れる匂いのする種とか実とかも人気出るんじゃないかな」
複数の皿に種や木の実が山と盛られている。試しに手に取って匂いを嗅いでみると、すっきりする匂いや鼻を刺激する香ばしさが心地良い。すり鉢で細かく砕くとさらに匂い立った。どれも香辛料や香料としてエルフが長年愛用してきた秘伝の薬味だった。これらは全て森で採れ、季節さえ合って採り過ぎなければ尽きる事は無いそうだ。これなら交易品として使えるだろう。
ついでとばかりに香料を使った昼食を全員で食べる。当然、外で礼拝堂の建築をしている兵士やヤン司教にも差し入れをしておいた。
腹が満たされて一息ついたニコラは次の課題に取り掛かった。午前中に森で拾ってきた琥珀や水晶をエルフ達に見せながら、どうするか意見を出し合う。
「こいつらは全部村では使い道の無い石ころだけど、街に持って行けば昨日の土産の菓子や酒に替える事が出来る。が、このままよりは形を整えて磨いた方が価値が上がって沢山の物品と交換出来る」
「なら俺達がそれを自分の手でやればいい」
「けど、どうやって加工するんだ?誰もやった事無いぞ」
「参考になりそうな物はここにあるぞ」
ニコラがエルフ達に見せたのは、レンヌの街で商人から贈られた金銀宝石の装飾品だった。サファイヤやエメラルド、あるいは真珠などを金銀の土台で固定してある。ジゼルの目利きではどれも一級品だ。
それをエルフ達は幾つか分解して、形状や透明度などを丹念に調べている。石は球体だったり角を取った長方形が多い。彼等が使っている包丁や鏃も元は石だ。その応用で加工すれば出来ない事は無いだろう。
後は実際にやってみて問題点や課題を出していけばいい。道具も元から村で使っていた物や、ニコラが土産として一通り買っていた物がある。それにエルフからすればどうせ元は石ころ、上手く行かなくとも生活に支障はない。最悪原石だけでも買い取ってもらえば幾らか交易の足しになる程度に構えていれば良かった。
ニコラはエルフの男達が手探りで石を磨いたり形を整え始めるのを見届け、他に何か物になりそうなものがあるか村の中をあちこち見て回る事にした。
村は平穏そのものだ。男達は広場で石を磨き、女達は家事に勤しむ。子供達もそれぞれ遊んでいたり、母親の手伝いをしている。どこにでもある田舎の村の日常だった。
そこでふと目に留まる集団があった。年配の女性が二人、子供が五人ほど。ソランもいる。それにジゼルがしゃがんで何かの作業をしている。近づいてよく見ると、彼女達は土を弄って何か作っていた。
「あっ兄ちゃんだ。兄ちゃんもやる?」
「あー粘土で皿や鍋を作ってるのか。作っても良いけど俺そういうの下手だぞ」
「下手でもいいの。お兄ちゃんの作ったお皿はあたしが使う!」
女の子の一人がニコラの手を引っ張って輪の中に入れた。手を引いた子はカリダ。以前ニコラに命を救われ、昨日はソランと争うように懐いた子だ。
子供達から粘土を手渡されたニコラは流されるままに小さめの皿を作り始めた。そして言葉通り歪んだ形の塊にしかならず、隣で鍋を作っていたジゼルに笑われた。
「コガ様は数学や語学は得意ですが、こういったものは向かない方なのですね」
「最初に言った通りだよ。どうにも何かを作るのは苦手なんだ。それよりジゼルさんは上手いな。以前にも作った事があるの?」
「いえ、そういう訳ではありませんが、何となく出来てしまいます」
つまり完全に才能で作っているのだろう。意外な所で才能の在処が分かる。しかし皇族が土いじりなどこれからする機会は早々無いに違いない。ニコラは惜しいと思った。
村人と共に幾つかの土器を作ったがニコラの作った物はどれも例外なく下手くそ過ぎて丸分かりだったが、ソランやカリダは競うように自分が使うと言ってくれた。
土器は暫く天日干ししてから枯れ草などを集めて直火で焼くらしい。釉薬も何も塗らないのでザラザラとした感触そのままの素朴な仕上がりになる。流石にこれは売り物にはならないだろう。
全員で粘土だらけになった手を洗いながら、ニコラは隣にいたソランに急に答え辛い質問をされた。
「兄ちゃんは姉ちゃんをいつおよめさんにするの?」
「お、おう。いつだろうなー」
自分でも声が上擦っているのが分かる。そして他のエルフの女達も話題に乗って来て、ニコラに早くセレンを貰ってやれと突っついた。
エルフの習慣ではセレンぐらいの年頃になれば男女ともに結婚して子供を作る。だからセレンもニコラが村に来ず、ギルスの襲撃も無ければ数年の間に相手を選んで結婚していただろう。既に二人は一緒の家に住み、肉体関係を結んでいるので実際には結婚しているようなものだ。とはいえ、いざ形を整えようと思うと羞恥心が湧いてしまう。
「ところでアンタはセレンちゃんのどこが気に入ったんだい?」
「顔」
「あ、ああそうだね。あの子、綺麗な子だからね」
「真に受けないでくれ。半分はその通りだけど、それだけであいつを選んだわけじゃない。一緒に居て厭きない奴だから、ずっと一緒に居ても良いって思ったからだよ」
即答したニコラに驚き戸惑いつつ、後半の言葉に年配の女性達は納得した。村全体が一つの家族のようなこの村で伴侶を選ぶとすればその程度の理由で事足りた。後はどこで結婚式を挙げるか、何時やるのか、などの話題だ。
そこでニコラはジゼルにどうすべきか尋ねた。女神ジュノーは婚姻も司る神だ。それを信奉する尼僧のジゼルは結婚の専門家でもあるので適任だ。
「難しい問題ですわ。コガ様はボルド帝国に仕える騎士ですから、やはり帝国に則った格式の婚礼を帝都で挙げて頂くのが筋です。ですが、貴方はこの地を任された代官でもあります。エルフの方々への配慮として、この地で式を挙げても公的な問題にはならないと思います」
「結局は俺とセレンがどうしたいかが一番って事か。まあ、俺はまだ騎士見習いだし、もっと後にするよ」
「その時は私も精一杯お手伝いさせていただきます。親しい間柄の方々の婚礼に携わるのは嬉しいものですから」
自分の事のように喜ぶジゼルにおばさん達が、相手が居ないなら家の村の若いのと一緒になるかと冗談を飛ばした。それを笑って固辞したが、眼だけが曇っていたのをニコラは感じ取っていた。




