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騎神戦記  作者: 卯月
第三章 義務を果たす者
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第4話 布教と交易品の模索



 急に帰って来た若い娘とその連れ合いに驚いたものの、村の男達も一行を温かく迎えてくれた。

 そして主だった村の者が集まった所でヤンは本題を切り出した。


「私は豊穣とお産の女神ジュノーの教えを皆さんにお伝えするためにこの地に派遣されました。もしお許し頂けるなら、皆さんに身を捧げるつもりで教えを広めたいと思います」


「女神?それは凄いものなのか?」


「はい。我々人間に、いえ、この世の全ての生き物に子をなす理を、そして農耕をお教え下さった偉大な存在です。我々は女神を信じ、敬う事で日々の恵みや無事に子を成す営みを得ています」


「儂等別にその女神とやらを知らなくても、ずっと暮らしておるんじゃが?別に知らなくても何とかならんかの」


「おっしゃる通りです。ですが、ジュノー教の教えはそれだけではありません。女神の御兄弟には戒律や知識を司る神もおられます。それらは全てこの地に生きる者に、より良い生を享受する為の知恵です。その神々の教えを幅広く人々に伝えるのが私の―――いえ、ジュノー教の教義であり存在意義です」


 ヤンは宗教に疎いエルフ達を極力刺激しないように、それでいて教義を信じる事が利になると分かりやすく伝えるが、彼等の反応は芳しくない。

 元より宗教とは説明のつかない万物の現象を上辺だけでも理解する為、あるいは餓え、疫病、戦乱、そして根源的な死の恐怖を和らげるために生み出された道具である。しかし、ある種の万能を体現した精霊を同朋として森で引き籠っているエルフにとって、それらは馴染みが無く、必要性を感じていなかった。

 森に入れば常に豊富な食糧が手に入り、戦乱とも無縁。病気の類はあるだろうが、仮に神を信じていても病気になるのだから、信じる理由には薄い。エルフにとって病死や老衰は悲しみであっても忌避するものでもなく、当たり前のように受け入れる出来事でしかなかった。

 そうなって来ると布教は上手く行かない。宗教の第一歩は興味を持たせることだ。その第一歩から躓いてしまうとヤン司教も面子が立たない。勿論ヤンは面子を気にするような人間ではないが、布教が失敗したとなれば村に別の人間を送り付ける可能性もある。それが穏当で善良な教徒とは限らず、あるいは強権的で無理矢理にでも布教しようとする輩でないとは誰も保証してくれない。

 そこでニコラは普段世話になっている事もあってヤンに少しばかり助け船を出す事にした。


「みんなが神の教えに関心が無いのはよく分かる。俺も神をあまり信じていない。けど、神の教えは掟や決まり事に密接に関係しているから、人間を知るために結構役に立つものなんだ。

 これからみんなは人と深く付き合っていかなきゃいけない。その時、人を良く知るヤン司教にあらかじめ人について教えてもらった方が何かと問題も起き辛くなる」


「それは森の外にいる男達やニコラより物知りという事か?」


「間違いなくね。伊達に俺の倍は生きていないし、この国の人間だ。言ってみれば村長のジャミルみたいなものだ」


 ニコラの言葉にエルフ達の心は幾らか傾く。エルフであれ人であれ、自分の知らない事を多く知っている者を敬い尊ぶのは変わらない。エルフもニコラと出会い、ギルスに襲われ、一部はボルドの兵士と友好を深めた。彼等も外の世界をもっと知りたいという欲求が少しずつ育ち始めているのは確かだ。そこを刺激してやればエルフから近づいて来るわけだ。

 余談だがキリスト教であれ仏教であれイスラム教でも、宗教家や宣教師は見知らぬ土地や宗教が伝わっていない場所で教義を広める場合、教義を分かりやすい寓話や面白い話に仕立て上げて、聞き手の興味を掻き立てる手法を修めている。過去には日曜のミサが娯楽扱いだった時期もあり、庶民に混じって貴族も暇つぶしに教会に顔を出していたのだ。エルフ達にも効果はあるだろう。

 他にも医術や建築技術のような実生活に役立つ知識を抱き合わせて布教する事は珍しくない。かのキリストも元は大工の息子だったが、ユダヤ教の司祭として学問を修め、若い頃は修行の旅に出て遠方で医術を学び、それを利用して治療を施しながら教徒に説法を聞かせていた。

 結局エルフ達はジュノー教の教義に興味は示さなかったが、ヤンが持つ人間や人間の国の知識には惹かれており、村の中に礼拝堂を立てる事は許可しなかったが、ヤンが村に来ることは快諾した。それと村の外の兵士向けに礼拝堂を建てる時は全面的に協力する事を約束した。

 ヤンも最初から全て上手く行くとは思っていなかったし、今後が期待出来るだけでも十分な成果だと思って、今回はこれで一旦納めた。

 区切りが付いたのを見計らい、次はニコラが代官としての仕事に取り掛かった。


「ところで村の方から何か困った事とか要望とかあるか?」


「それなんだが、ここ最近商人とかいう奴等が毎日のように俺達に商いとやらを求めてくる。今は外の兵士が相手してくれるから良いが、森にまで入ってきたら困るんだよ」


 中年のエルフが困ったように言うと他の村人も不安がって同調する。エルフからしてみればいきなり見知らぬ相手が自分達の村にズカズカと入って来るのは良い気がしないだろうし、安全面から見ても避けたいだろう。幸い今は崖を登る手段が無いので村にまでは来ないが、行儀の良い商人だけでは無い。いずれは無理矢理にでも登って来るかもしれない。

 場合によってはギルスのようにエルフそのものを攫って高値で売る奴隷商人のような輩も居るだろう。物を売りに来るだけならまだ可愛い方だ。

 ただ、いつまでも森で引き籠るのも限界があるのはエルフ達も分かっている。要は信用出来る相手なら村に入れても構わないと思っている。ヤンやジゼルが良い証拠だ。少なくともニコラやセレンの紹介なら話を聞くぐらいの事は大丈夫だろう。

 後は純粋に商売がしたくてやって来る商人への対応をどうするべきか、ニコラは悩む。有無を言わさず叩き出すのは怨まれて後々まで尾を引くだろうし、今すぐ売買の許可を出すのはエルフ達にも悪影響がある。せめて外の世界をもっとヤンから教わってからにしても遅くは無い。


「代官として商人の森への立ち入りを禁止する札でも立てておくか。それと交渉窓口を俺に一本化して時間を稼いでおこう。商人にも希望を見せた方が扱いやすい」


「そうですな。今後も一切取引しないと宣言した場合、強硬手段に訴える商人も出てきますが、代官のコガ殿が担当になると分かれば真っ当に交渉を持ちかけるでしょう」


 正直ニコラとて商取引や値段交渉など門外漢にもほどがあるが、引き籠りのエルフよりは大分マシである。それに、こういう時にこそ代官の肩書が物を言う。精々使い倒して優位を確保するとしよう。

 とは言えその前に確認する事は山ほどある。そもそも商品を持ってきたところで対価が無ければ商売は成り立たない。出来ればこの辺りの土地にしかない特産品などがあれば良いのだが。

 エルフは基本的に狩猟採集の生活なので森にある物が商品になるが、鹿や猪のようなありきたりな動物の皮や角では大した値打ちにならない。彼等が着けている動物の骨や牙から作った装飾品のように手を掛けてあれば幾らか価値は上がるだろうし、模様を描く顔料なども、もしかしたら価値があるかも知れない。

 そこでニコラはふと、この森で最初に出会った地竜と呼ばれる大きな蜥蜴を思い出した。思えばあれ一度だけ見ただけで、森以外の平地では全く目にしないどころか噂すら聞いた事が無い。もしかしたらこの森にだけ棲む生き物なのだろうか。

 試しにヤンやジゼルに聞いてみると相当に驚かれた。


「実際にに見たわけではないので断定は出来ませんが、それは絶滅したと言われる大角トカゲかもしれません。まさかまだ生きているとは」


「仮にそれを生きたまま帝都に持って行ったら高値で売れますかね?」


「保証は出来ませんが、暇を持て余している貴族なら大金をはたいてでも欲しがるでしょうな。仮に皮や角だけでも買い取りたいと申し出る商人は居ると思いますよ」


 それは朗報である。エルフにとっては危険な害獣でしかない地竜でも、外に持って行けば大きな価値になる。取引する商品が増えた事を喜び、他に何かあるかも知れないと一度外に出た事のあるフィーダやセレンにも何か気付いた事があるか尋ねた。


「そういえばさー、街の人って色の付いた石を沢山身に着けてたよね。あれって宝石って言うんだっけ?何か凄く価値があるって聞いたけど、森に行ったらよく見かけるよ。あんなのよりジュレとかキャンディーの方があたしは好き」


「それは俺も不思議に思ったな。街の貴族とやらは石と金やら銀の装飾品ばかりだった。あんな石、森に行けばよく転がっているぞ」


「まじかー、後で調べてみるか」


 よくよく考えれば宝石など綺麗なだけで食べられない石でしかない。時代が下れば研磨剤や科学的な素材になりうるだろうが、森の中で自給自足をするエルフにとっては大して価値は無い。それは裏を返せばエルフにとって価値の無い石ころが、巨万の富を生むことになる。交易品がありそうなのは良い事だが取り扱いは厳重にしなければ余計な騒動となるので、ニコラはヤン達にも口止めを頼んだ。

 試しにその石一つがキャンディー数十個と交換出来ると言ったら、セレンは跳び上がって、すぐにでも集めてくると言い出したので他の村人は驚いた。


 そして夜にお土産に持ってきたお菓子が振る舞われ、未知の味にエルフ達は衝撃を覚え、石ころや厄介者の竜がこれと交換出来ることを知り、外への強い興味を持つ事となる。

 その様子を見たニコラは、まるで自分が知恵の果実を食べるように囁く蛇になったような気分を味わう羽目になった。



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