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騎神戦記  作者: 卯月
第三章 義務を果たす者
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第3話 里帰り



 帝都に帰還して三日後の朝、ニコラとセレンは諸々の準備を整えて帝都の城門前で、エルフの村に派遣されるジュノー教の聖職者を待っていた。


「ねえねえニコラー。うちの村に来る人ってどんな人かなー?」


「さてね。行儀の悪いのが来ないのが一番だけど」


 前にも同じような会話をしたような気がする。あの時はリシャールだったか。

 ニコラはエルフがジュノー教に入信するならそれでも構わないと思っているが、相手が阿漕なやり方で信仰を強要するならすぐにでも叩き出してやるつもりだった。勿論、商売っ気のあり過ぎる輩も同様だった。

 セレンにその事を伝えても、いまいちピンと来ない様子。こればかりは積み上げた宗教の歴史と重みが違うので仕方が無い。地球で数千年積み上げた様々な宗教の調和と混乱の歴史。それらを知識としてしか知らないニコラでも素朴な自然崇拝を続けてきたエルフとは比較にならない対応力があった。

 ジュノー教に便乗させてもらう形で馬車に積んだエルフへの土産の日持ちする焼き菓子を見て涎を垂らすセレンを嗜めながら暫く待っていると、城の方から別の馬車がやって来て、ニコラの前で止まった。布教の者が来たらしい。


「あれジゼルちゃんとヤンさん?あたしの村に来るのって二人だったの?」


 馬車から降りてきたのはセレンの良く知る二人だ。当然どちらも旅装束に身をやつしている。


「おはようございますコガ様、セレンさん。これからしばしの間、寝食を共にさせて頂きますね」


「おはようジゼルさん。でも良かったのかい?言って悪いけど、エルフの村は帝都と比べ物にならないぐらいド田舎だけど」


「ふふっ、私にとってはどこでも構いませんの。いえ、寧ろ生まれて初めて帝都を出て旅をする喜びに胸が一杯なのです」


 言われてみればジゼルは皇族、それも現皇帝の姪だ。そんな身代の少女がほいほい外を出歩けるわけが無い。言ってみれば籠の鳥に等しい状況に長年置かれているのは年頃の少女としては苦痛だろう。

 そうした心境にはニコラも同意するし、今回は正式に帝国とジュノー教が決めた事。一騎士であり、雇われの代官でしかないニコラには覆す権限も無い。そう思えば顔見知りのヤンとジゼルが派遣されるのは幸運だろう。あるいは皇帝のローランが気を回してくれた結果なのかもしれない。

 ニコラとセレンはヤンにも挨拶して、一行はさっそく帝都を出立した。



      □□□□□□□□□



 旅路そのものは順調だった。八日間の行程の中で泊まるのはいつも集落の中や街の宿であり野宿などはしていない。それに昼間の移動にも山賊などの無法者は一度も寄ってこず、常に安全は確保されていた。

 おかげで一度も旅をした事の無いジゼルは、見慣れた帝都の街並みとは全く違う豊かな自然や田園風景を常に飽きる事無く眺め、城で食べる形式張った料理とは一風異なるアウトドアな料理を堪能する事が出来た。 

 時には休憩中にセレンが捕まえたウサギをその場で解体したり、川で休息を取った時にニコラがガチンコ漁の真似をして捕まえた川魚などをたき火の直火焼きをした物を行儀悪く齧り付くような真似をしてヤンからも笑われていたが、当人は生まれて初めて開放的な場所で思いのままに振る舞える事が嬉しいと語っていた。

 エルフの村への最後の街であるポルナレフ領レンヌでは、流石に相手が有力貴族とあって皇族として相応しい振る舞いをしていたが、噂に聞く現当主のピエールの好色さには眉を顰める事もあったが、それは男女の価値観の違いもあるので仕方のない事だろう。

 それはさておき、ニコラはポルナレフの邸宅に一泊しつつ当主のピエール以外にも積極的に話しかけて情報を集めていた。知りたかったのはエルフの村の事であり、現状どのような様子か探っていた。と言っても大した事は分からず、交代で村の外に駐留している兵士達の話でも大きな問題は聞こえてこなかった。

 ただ、一つ困ったのが、表向き村の代官に任ぜられたニコラに、どこから聞き付けたのか商人達が大挙して押し寄せて、面会と言う名の賄賂合戦に巻き込まれた事か。

 彼等はレンヌの街以外からも大勢詰めかけて、ニコラに顔を覚えてもらうために貴金属や装飾品などを土産として無理に渡していた。彼等の目的はこれから交流が始まるエルフとの交易を見込んで便宜を図ってもらいたがっていた。一応予想はしていたが、実際に対応するとなると数が多いので帝都の貴族達ほどではないが疲れる。今回はどの商人も顔見世程度だったのでその程度で済んでいたが、今後付き合いが増すと思うと、一々相手にするのは遠慮したかった。せいぜい賄賂として受け取った金貨でエルフの村で手に入らないような鉄製の斧や包丁などの日用品をまとめて購入した程度だ。

 幸い連れのセレンは税を凝らした宝石や装飾品には大して興味を持たず、もっぱら食べ物にしか興味が無かったので賄賂攻撃は目立った効果が無かった。



      □□□□□□□□□



 一宿一飯の世話になったポルナレフに礼を言って街を後にして二日後。ようやくエルフの森の前の絶壁へと到着した。断っておくが絶壁と言ってもセレンの真っ平らな胸の事ではない。

 兵士の駐留地は前回より幾らか設備が拡張されており、住居以外にも倉庫や厩なども出来上がっていた。おまけに井戸まである。


「精霊ってすごいですよっ!木が自分で動いて勝手に土の中に埋まるんです!おかげであっという間に建物が組み上がりました。それと井戸掘りも手伝ってくれて凄く助かりました!」


 兵士達の話ではエルフの中で物好きな連中が手伝ってくれたらしい。以前から酒盛りなどをして友好を深めていたのが良い方向に働いたようだ。人間もこうした連中ばかりなら世の中もう少し気楽だろうに。同じ人間だからこそ面倒くささの分かるニコラは内心愚痴る。

「この上の森がセレンさんの生まれ育った場所ですか。きっと他のエルフの方々も良い方ばかりなのでしょう」


「そうですね。ところでコガ殿、この崖はどのように登ればよいのですか?もしや縄などを使って登るのですかな?それは私もジゼル様も無理があるのですが」


 馬車の中で僧服に着替えたジゼルとヤンが出てきた。ジゼルはまだ見ぬエルフとの邂逅に期待を膨らませ、ヤンはどうやって目の前にある崖の上の村へ行くのか不安がった。


「だいじょうぶ、だいじょうぶ!あたしが全員上まで運んであげるよー!」


 セレンは言うなり、自分と共に残りの三人を風の精霊に頼んで浮かせた。ニコラは複数回経験があったので驚かなかったが、二人はそうはいかない。ヤンは年に似合わない悲鳴を上げて、ジゼルも可愛い悲鳴を上げて、手近なニコラに抱き着いて恐怖を和らげた。

 20mの垂直の崖を登り切ると、二人は腰を抜かしてその場で座り込む。


「もっ、申し訳ありません。もう少しだけこうしていてください」


 力無く握る手からジゼルの震えをニコラは感じていた。そこでただ腕を握らせるだけでなく、幼い子供をあやすように空いた手で彼女の頭を優しく撫でた。

 撫でていると次第にジゼルの震えは治まるが、恐怖から男に抱き着き、あまつさえ頭を撫でられている事実に羞恥心が顔から噴出した。そして血が上り過ぎて回らない頭から、普段なら絶対に口にしないような言葉が彼女から零れ落ちた。


「お父様……」


「お、おと?えっ、え?なんで?」


「―――――あっ?…ちっ、ちがっ!!!!!!」


 何故かジゼルの口から零れた父親という言葉にニコラもまた混乱する。その反応を見てジゼルも自分が何を口走ったのか理解してしまい、しどろもどろになりながら弁明しようとするが、何を言ってるのかさっぱり分からない。ジゼルとは七歳差だが、さすがにそれで父親と間違われる事は普通無い。せめて兄ぐらいにしてもらいたい。内心間違われたニコラは思った。

 醜態を晒すジゼルをどうにか宥めて、恐怖から立ち直ったヤンと共に四名は表向き何事も無かったように森へ入り、エルフの村を目指した。



 村にやって来た一行をエルフ達は温かく迎えてくれた。今は男衆は狩りに出かけており、居るのは女子供や老人ばかりだったが、旅の疲れを癒やしてもらおうと、酒や山盛りの果物を一行に出してくれた。

 久しぶりに帰って来たセレンには母親のレイラを筆頭に若い女性陣がなにくれと世話を焼きながら人の街での暮らし向きを聞き、村の救い主であるニコラには多くの子供達が集まっていた。特にクラウディウス家の襲撃で重傷を負って、手持ちの蘇生薬が無ければ命が危うかった子供達の懐きぶりは顕著だ。中でもセレンの弟のソランと、それより少し年上の少女、ニコラの記憶が確かなら弩の矢が腹部に当たった少女だろう。二名はニコラの膝の上を争って取っ組み合いにまでなって、母親たちに叱られていた。

 身内扱いのニコラとセレンとは違うが、一応客人として持て成されているヤンとジゼルは主に村長のジャミルと世間話に興じている。いくら身内と恩人の連れて来た者とはいっても、やはり人間を警戒するのは仕方ない。ただ、二人が善良な人間なのはジャミルも気付いているので邪険な対応はされなかった。


 暫くすると男衆が獲物を持って狩りから帰って来た。一行に気付いた先頭の若い男がニコラへと駆け寄る。


「久しぶりだな我が友!また会えた事が喜ばしいぞ!」


「俺も会えて嬉しいよフィーダ。元気そうで何よりだ」


 膝に乗る子供達に遠慮しつつも気さくに肩を叩く、この世界に来てから初めて出来た友人に、ニコラも嬉しそうに笑みを返した。



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