第二十五話 戦の終わり
停戦が成立した数日後、近衛騎士団は宿営地を解体して帝都を目指した。堂々の凱旋に皆胸を張っている。
ニコラも同じ馬車の中で無事に帰れる事を喜んでいた。同席しているノンノもセレンも同じ想いだ。
「でも良かったんですかニコラさん?私に作戦立案の戦功を譲ってしまって」
「俺は一騎撃破したから十分だよ。ノンノさんだって立案を手伝ってくれたんだから遠慮しなくていいさ」
ニコラはガルナ本陣奇襲の献策をノンノに譲った。同僚騎士達からの嫉妬を嫌っての処世術だ。今回の戦で敵デウスマキナを討ち取ったのは同じ奇襲組のデュプレとリシャールだけだ。橋の攻撃組は一人として討ち取れなかった。これはガルナ側が終始防衛に務めた事とボルドが無理攻めをリシャールから禁止されていたためだ。騎士達は勝ち戦に与れたとはいえ、目立った戦功が無い所に見習いに先を越されたとなれば心穏やかではいられまい。その上、見習いが献策までしていたとなったら、先輩騎士達を良い様に使って抜け駆けしたと思われかねない。だからせめて上級騎士のノンノが一人で作戦を考えた事にして一人勝ちを避けようとした。
ただ、初日にニコラに無茶ぶりをした騎士や地元貴族は分かっていたので、それとなく礼を送っていた。
「人間って面倒臭いよねー。あたし街は好きだけど、人間のそういう所嫌い。ニコラも変なお願いするし」
「あれは助かったよ。おかげで先輩騎士達を好きにさせなかった」
「前日の夜に腹痛を訴えて散々だった人達ですよね。あれ、何かしたんですか?」
「給仕をしてたセレンに頼んで、腐った水を夕食のスープに混ぜて貰った。おかげで最悪の体調でまともに戦えなかったよ」
にこやかに下種な事を口にするニコラにノンノは溜息を吐きながらも咎める事はしない。元々立場を利用して見習いに無茶をさせたのだから彼等に同情の余地は無い。内心ノンノも指導役の自分を蔑ろにした同僚を快く思っていなかった。
反面、同席していた地元貴族のギー=ロマン男爵他四名には特に害意は持たなかった。彼等は戦功より、戦による財政負担に喘いで戦の早期終結を望んでいただけであり、個人的な私欲は抱いていなかった。だからニコラも別のお願いで済ませていた。
「お願い?なにそれ、ニコラは何をお願いしたのよ?」
「この辺りは良いブドウが育つワインの産地だから、それぞれの領地で作ったワインを樽で送ってもらうようにお願いした。毎年五つの領地で作ったワインを樽二個送ってくれる」
「なーんだ、またお酒?この飲み助め」
セレンが若干呆れたように咎めたが、彼女もニコラに付き合ってよく酒を飲むので人の事をとやかく言えない。ちなみに樽二個にしたのはその内の一個を騎士団に進呈する為だ。何事も一人占めするのは怨みを買うので、出来るだけ皆で分け合うように立ち振る舞った。そしてノンノにも良ければ今後家に飲みに来てくれと誘うとそれなりに乗り気だった。
話は変わり、ここには居ないリシャールと人質として共に帝都に送られるシャーロット姫がこれからどうなるのか、女二人は面白そうに話している。種族が違っても女にとって色恋沙汰は大好物だった。
周りが色々と気を遣った結果、今も二人は専用の馬車に相乗りしている。その中で一体何が起きているのか、二人は興味津々だ。
実を言うとリシャール達はセレン達が話すような恋愛行為はしていない。むしろリシャールは何かにつけてベタベタとスキンシップを図ろうとするシャーロットにうんざりしている。そして彼女を邪険に扱うと、目に見えてしょんぼりした態度を取るので、自分が悪いのかと考え直して、少し構ってやると再びベタベタくっ付く。そうなるとまた突き放すのでシャーロットは悲しそうな顔をする。それをここ数日何度も繰り返しているので、ニコラにはまるで二人が甘えたがりの大型犬とその飼い主のように見えた。
セレン達はあれだけ慕っているのなら、もう少し態度を柔らかくしてあげていいのではないのかとシャーロット側に立ってリシャールを責めるが、反対にニコラは擁護する。
「あのくらいの年頃の男は女の子にベタベタされるのが恥ずかしいんだよ。それも自分より背が高いと、比較して余計に低く見られるから隣に居てほしくないだろうし。あれで相思相愛だったら構わないだろうけど、一方的な好意じゃ上手く行かない」
「男って面倒臭いよね。フィーダも面倒臭い所あるし」
「それを言ったら男から見た女だって面倒臭いぞ。お互いさまと思うしかないな」
「むー、なによ。あたしが面倒くさい女だってニコラは言いたいの?」
「人の忠告を無視して暴飲暴食して頻繁に腹を下しているのを見ると、面倒くさいと思う時はある。大体一食で瓶の半分もジャムを使うなよ。糖尿病になるぞ」
「だって美味しいのが悪いんだもん。ニコラだってお酒ばっかり飲んでるんだから、あたしの事言えるほど偉くないでしょ」
それを言われるとニコラも言葉に詰まる。かと言って酒を辞めるのは死ねと言われるに等しい。幸いこの国はさして水が良くないので、水分補給に低アルコール飲料を口にする行為は推奨される。おかげでニコラは大義名分を得られたも同然である。
しかしセレンはそれで納得するはずが無く、言い争いを始めたのでノンノが仲裁する羽目になった。
そして空気を入れ替えるために話をリシャールとシャーロットに戻す。
「それでさ、あのお姫様は帝都に行ったらどうなるのよ?」
「人質といっても相手はガルナの王女ですから、お客様として丁重に扱われますよ。もしかしたらリシャール殿下の未来の奥様として扱われるかもしれませんね」
「そのあたりは皇帝陛下の胸先三寸だろうが、皇族と王族の結婚はボルドとガルナにとっても悪い事じゃないのは確かだ。仲直りの口実はめでたい話に限る。それに戦場で生まれた愛なんて、いかにも大衆が好みそうな話だろ」
人間や他の亜人種と触れ合うようになったセレンにとって、そこが一番分からない部分だ。何故人は自分が望む相手と伴侶にならないのか。どうして他者から命じられて夫婦になるのか。それで本当に納得出来るのか、幸せなのか。
自分の生まれ育ったエルフの村は、誰もが互いに夫婦になる事を納得していた。勿論それでも喧嘩はあったし、家族でも仲違いする事は珍しくない。それでも、今回の戦みたいに殺し合う事も村の仲間に酷い事はしなかった。
それにエルフではないニコラやノンノとはこうして喧嘩したり言い争う事はあっても仲良くなれた、子作りだってしてる。でも、一体自分達と国とは何が違うのだろうか。セレンにはそれが未だによく分からなかった。
「村のみんなは今頃どうしているのかな」
「家族に会えなくて寂しいのか?」
無意識に出た言葉に当人が一番驚いていた。自分の意思でニコラに着いて行って後悔など一度も無いが、心のどこかでまた家族や家族同然に育った村の仲間に会って、街で見聞きした事や体験した事を話したかった。自分がどれだけニコラに大事にされているのかを直接伝えたかった。
「寂しくないって言ったらウソになると思う。でも、ニコラとか街の事が嫌いになったわけじゃないよ」
「無理するなよ。帝都に戻ったら休暇貰って村に顔を出してみるか?」
「えっ?で、でも騎士の仕事とかどうするのよ?」
「お休みなら多分大丈夫ですよ。騎士団の慣例で戦の後は騎士に休みを与える決まりになってます。それにニコラさんは書類上エルフの村の代官になってますから、公務の一環として申請すれば多分通りますよ」
自分のわがままでニコラの仕事を邪魔してしまう遠慮から、遠回しに拒否しようとするも、ノンノが気を遣って援護してくれた。彼女も一度実家に帰って家族の顔を見たいそうだ。
戦いで糧を得る騎士とて唯の人、唯の亜人。生涯全てを戦いに費やすわけではない。どこかで平穏な時間を過ごさねば、その多くは心を壊してしまう。だから騎士は戦いから遠のいて安穏と過ごす時間を大切にして尊重した。野心や闘争心だけで戦う事は難しい。自らの周りにある大切な存在を再認識させ、戦う理由を常に意識させる事が強い騎士を育てる。それがボルド騎士だった。
その上で視察や統治の為と建前を用意すれば、すんなり許可は下りるだろう。
こうした心配りに長けているからノンノは騎士団で人気があるのだ。そんな彼女に浮いた話がさっぱり聞こえないのが不思議に思えて仕方が無かった。と言ってもそれを真正面から本人に聞くほどニコラは無神経ではない。
「そっか。お仕事もあるなら一緒に帰れるね。お土産とか沢山買って持っていこうね」
「そうだな。俺も何か考えておくよ。ノンノさんは家族に会う時にどんなお土産を買ってるの?」
「私の場合、弟には玩具とか、妹には装飾品とかをよく買ってあげます。両親にはお菓子やお酒が多いですね。やっぱり帝都ですから、田舎にない珍しい物がたくさんあって喜んでくれます」
こういう時は経験者に訊ねるのが一番早くて正確だ。帝都までの帰路、三名は戦の話題から離れ、如何に平和な時を有意義に過ごすかを話し合った。彼等にとって既に戦は過去の出来事でしかなかったのだ。
□□□□□□□□□
十日後、ボルドの騎士は帝都で勝利者として堂々と凱旋して帝国市民に歓迎された。
そしてガルナ王国第二王女シャーロット=リリー=ロヴェールの名において正式に和平が結ばれた。その上で彼女は賓客として持て成され、その傍らには皇弟リシャールの姿が度々見受けられた。ただし、その顔には常に不満げな感情が見え隠れしていたが、時折見せる笑みが何を意味するかは余人には計り知れなかった。
第二章 支配者達の遊戯盤 了




