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騎神戦記  作者: 卯月
第二章 支配者達の遊戯盤
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第二十四話 真の勝利者



 ニコラとデュプレはリシャールと姫騎士シャーロットの戦いの結末を見るために宿営地の中央へと向かった。

 そこには両腕を破壊されて仰向けに倒れたガルナの白い騎体と、その側で片膝を着いてしゃがみ込む五体満足のトリオーンがあった。勝敗は一目で分かる。

 さらにトリオーンの元にはリシャールと、彼より何歳か年上の赤髪の美女がいる。状況から察するに彼女が姫騎士シャーロットだろう。

 しかしそのシャーロットの様子が何やらおかしい。彼女は見るからに顔を紅潮させ、チラチラとリシャールを盗み見てはすぐに顔を背けた。それも何度も繰り返しているが、リシャール本人はそれに気付いていない。


「二人とも勝ったみたいだね。こっちもさっき終わったよ」


「ご無事で何よりです。早速ですが、彼女に降伏を命じては如何でしょう?」


「あーそういえばまだこの人に何も言ってなかったよ。えっとシャーロット姫、降伏して配下の騎士に停戦命令を出して貰えますか?」


「は、はいっ!!貴方の為ならどんなことでもいたします!!」


 シャーロットはリシャールの頼みを快諾する。リシャールは面倒が少なくて楽でいいぐらいにしか思っていなかったが、傍から見ていた二人は薄々彼女の感情に気付いた。といっても両者の感情は対極で、ニコラは面白そうにしていたが、デュプレの方は忌々しそうにしていた。

 話が纏まり、早速橋で戦闘を続けている両軍の停戦を命じに、リシャールが操るトリオーンの掌にシャーロットを乗せて宿営地を出て行った。

 残された二人は取りあえず手持無沙汰だったので、デウスマキナを使った兵士達への降伏勧告ついでに、これ以上の延焼を防ぐために消火作業に移った。



 あらかた火を消し止めた頃には戦闘も終わり、宿営地の外には両軍合わせて三十騎近いデウスマキナが勢揃いしていた。両軍ともに撃破されたデウスマキナはほぼ無く、どれも中破判定程度、騎士にも犠牲者が出たとは聞かなかった。ニコラとデュプレが戦ったシモンとジーンも生きており、今は兵士達に救助されて臨時の救護所で手当てを受けているらしい。

 勝利者となったボルドの騎士達はみな顔が明るい。対して敗軍のガルナは誰もが意気消沈しているものの、ボルドに対して恨み言や憎しみの視線を向ける者は少数。強いて言えば彼等が崇拝するシャーロットに土を着けた事への反発が強いぐらいか。

 そのシャーロット姫は今、配下の前で降伏の演説している。


「栄えあるガルナの騎士と兵士よ。今日までよく国の為に戦ってくれた。我々はボルドに負けたが、それを恥じてはいけない。彼等は卑怯者でも卑劣でもない。ただ、私達より強かった。だから、お前達は胸を張って故郷へと戻れ」


「ひ、姫様。では、姫様はどうなさるのですか?」


「私はボルドとの和睦が成立するまで人質となる。それが王女として、この戦の総大将としてのけじめだ」


 地球でもそうだが、戦争を終えて和睦する間、これ以上戦わない意思表示として人質を差し出す事はごくごく当たり前の行為である。それがより地位の高い人間であればあるほど相手国の印象は良い。だから王女であるシャーロットが和睦の人質となるのに反対する者は一人も居ない。

 しかし頭では分かっていても、やはり感情はそうもいかず、ギルスの男達は誰もがシャーロットの名を呼び悲しんでいた。ただ、当の本人はなぜか嬉しそう、あるいは恋い焦がれる女の顔をしていた。


「シャーロット王女の身柄はボルド皇帝の名において保証します。僕も出来る限り望みを叶えるように尽力しますので、皆さん安心してください」


「では、恥ずかしながらリシャール様にお願いがあるのですが。ハァハァ」


 なぜか息の荒いシャーロットは膝を着いてリシャールへと頭を垂れた。そして彼女は意を決してリシャールへ叫ぶ。


「私のハァハァ―――――私のご主人様になってくださいリシャール様っ!!」


 予想を遥かに超えた酷いお願いである。しかも息が荒く顔を紅潮させ、身体をくねらせながら内股をもじもじさせている。正直言って痴女である。間違っても王女がして良い態度ではない。いや、一端の女性が公衆面前で摂っていい態度でもない。

 これにはボルドの騎士もガルナの男達も唖然となり、自分から触れたくないのか、誰一人として言葉を発しない。当事者であるリシャールも、一王女の世迷い言にどうしてよいか分からず周囲に目だけで助けを訴えていた。

 仕方なく、本当に嫌だったが、弟分を助けるためにニコラが努めて感情を押し殺してシャーロットに真意を問いただした。


「真意も何も私の本心だ。私はずっとリシャール様のような強い方を待ち望んでいた。自分より強い殿方に下僕として仕える事が生まれた時からの夢だった。私は誰かに傅かれるより、傅いて仕えたかった」


「それがリシャール殿下だと?」


「そうだ。私を弄び、組み敷いて、屈服させたリシャール様こそ、ずっと待ち望んでいた方だ。この方が命じる事ならどのような事でも喜んで従う。今ここで裸になって純潔を捧げろと言えば喜んで捧げよう。ガルナを滅ぼせと言ったら笑って滅ぼそう。

 リシャール様、どうか私の主人になってくださいませ」


 シャーロットの懇願にリシャールの目が泳ぐ。気持ちは分かる。まだ、惚れただの、夫になってほしい、辺りの言葉だったらそれなりに前向きな返答が出来ただろう。だが現実は常人の想像の遥か上をかっ跳んだ惨状を突き着けてくる。それも十四歳の少年にだ。

 ニコラもリシャールを助けたかったが、これは二人の問題、ボルドとガルナの問題であり、余人が割って入る余地が無い。

 大変な相手に惚れられてしまった少年は大層困惑したが、軍の最上位として結論を出さなければならない。


「えっと、下僕とか主人とか僕にはよく分からないから、返事はまだしないよ。取りあえず、シャーロット王女は和睦の為に僕と一緒に帝都まで来てほしい。今言える事はそれぐらいかな」


「はいっ!リシャール様とならどこまでもお供いたします!気が変わられましたら、いつでも仰ってください!」


 歓喜のあまりシャーロットは立ち上がってリシャールに抱き着いた。周囲のガルナ人からは怨嗟の声が上がったが、当のリシャールは嬉しいどころか不機嫌極まりなかった。シャーロットは女性ながら160cmを超える長身だった。リシャールは同年の平均を下回り、140cmもない小柄な体格であり、二人が並ぶと目に見えて身長差がある。彼はそれが気に入らないのだろう。


「あのお姫様、犬っぽい」


「騎士コガ、滅多な事を言っていかん」


 無意識に呟いた言葉に、隣にいたデュプレ伯爵から小声で叱責を受ける。ただ発言そのものを否定しないので、きっと彼も似たような感想を抱いているのだろう。ニコラにはシャーロットの尻から大きな尻尾が見えた。きっと彼女の前世はゴールデンレトリバーのような大型犬だ。



 リシャール個人の感情を抜きにすれば、極めて平和的に停戦は成立した。ボルドの騎士達も多くは星を挙げられなかったが、誰一人欠ける事無く勝ち戦もあり、それなりに満足して宿営地に戻った。

 工廠にデウスマキナを入れると、その中で騎士を撃破して戦功を立てたニコラは他の騎士や地方貴族から祝われたり羨ましがられた。中にはワインを頭にかける者もいてビシャビシャになった。

 その後はなし崩しに工廠内は戦勝祝賀会になり、技師達も混ざって酒盛りが始まった。こうなると騎士も技師も関係ない。それぞれ浴びるように酒を飲んで、いままでの苦楽を労い合った。

 簡単なツマミと酒を持ってくる使用人達の中にセレンもいた。彼女はツマミを置くとニコラへ会いに行き、笑顔でおかえりと言った。ニコラは何も言わず、セレンを抱いて人目も構わずキスをした。流石に人前ではしないと思っていたので、不意打ちに目を白黒させたが、彼女は抵抗せずになすがままにされた。

 数十秒そのままキスを続け、満足したニコラが口を離した。セレンはジト目で顔を赤らめながら弱弱しく罵った。


「すまん、どうしても我慢できなかった」


「いいよ。ニコラも大変だったんだから。でも、これ以上は夜まで駄目だからね」


 急にイチャイチャし始めたニコラ達に周囲の騎士達は何も言わない。命を賭けた戦いの後はどうしようもなく精神が昂ぶる。それを鎮めるために性行為に走る事は珍しくなかったので、見習いがする事を見て見ぬふりをする程度の情けは持ち合わせていた。それにどうせこの後、彼等も出張娼婦相手におたのしみがあるのだから似たようなものだ。

 少しだけ昂ぶりを発散出来たニコラは改めて同僚達と杯を打ち鳴らして飲み比べをした。

 この祝賀会は丸一日続き、翌日は大半のボルド人が二日酔いで酷い惨状だったのは言うまでもないが、酒豪のニコラはすっきりとした表情だった。ただしセレンは腰が痛むと言って一日中ベッドの上で唸っていた。



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