第二十一話 方針転換
翌朝、ニコラはノンノと共にリシャールの陣幕へと赴いた。ちょうどデュプレ伯爵も朝の打ち合わせの為に同席していた。
「おはようお兄さん、むーりぃ。朝からどうしたの?」
「おはようございますリシャール殿下。少々お時間頂けますか?」
最初に切り出したのはニコラではなくノンノだ。プライベートな空間なら問題無いが、公式にはニコラはまだ見習い騎士なので、皇弟に進言するには身分が足りない。よって他の貴族が居る場所では上級騎士であるノンノが献策する方が都合が良い。
リシャールもすぐに私的な来訪ではないと気付き、仕事の顔つきに切り替える。
「殿下と伯爵閣下は長期戦の構えを取っていますが、より確実にガルナを下す策を献上いたします。近日中に敵本陣に攻勢を掛けては如何でしょうか」
「昨日今日帝都からやって来た一騎士が何を言う。一々剣を交えるより、対峙し続けて疲弊を強いる方がよほど弱小のガルナに与える損失は大きいのだぞ。手柄が欲しいなら余所で戦いたまえ」
「伯爵閣下のお言葉は尤もですが、騎士の損害だけでなく、この地に住まう民の生活も含まれているとお考え下さい。今この時も我々軍が陣取っているために、多くの住民は真の意味で安寧を得られはしません。可能な限り早期に戦いを終結するのが統治者の務めではないでしょうか」
「待ってください伯爵。僕は二人を良く知っていますが、彼等が個人的な手柄が欲しくて甘言を弄するとは思えません。最後まで話を聞いてみましょう」
伯爵の叱責は二人も予想通りである。同時にリシャールなら最後まで話を聞いてくれるのも想定通り。伯爵は内心面白くないが、皇弟の手前、一旦引き下がる。
改めてノンノは前もってニコラと打ち合わせした通り、策の詳細を話す。
「現在我々はガルナと峡谷を挟んで対峙しています。そしてこの峡谷を渡る唯一の橋はガルナが抑えています。さらに困った事に敵本陣は橋の奥の小高い山に置かれている。橋を確保するのも陣に攻め入るのも一苦労です」
「そのとおりだ。狭い橋ではこちらの数の多さを生かしきれない。仮に橋を抜いても、高所を抑えて守りを固めた敵に利がある。無理に攻めた所で陣を落とせる保証はない。いや、仮に落としたところでこちらの損害が大きすぎては何のための戦いか分からない」
「おっしゃる通りです。ガルナ側に渡る路が一つしかないからこそ、そこを抑えるガルナに主導権を握られる。なら、別の路があれば良いのではないでしょうか?」
「ふん、それは私も考えた。この辺りの峡谷にも幅の狭まった箇所が幾つかある。そこからデウスマキナを渡らせると言うのだろう?ただそれだけで上手く行くわけがなかろう」
流石はこの辺りの領主、当然戦場になる地形の把握は済ませている。ニコラの想定した通り、峡谷を飛び越えられるデウスマキナの数が限られる事、仮に渡った所で敵陣から峡谷は丸見えで、容易に対応されてしまう事を指摘された。
ここでデュプレ伯爵はノンノが引き下がると思ったのだろう。若輩の浅知恵などこの程度、鼻っ柱を折られてすごすごと帰って行く、そう疑いもしない。が、事はそう上手く運ばなかった。
「部隊の大半を橋に集結させて敵の注意を引き、少数の別動隊で手薄の敵本陣か敵将を奇襲します。幸い、ここには高位騎体が三騎ありますから、戦力として期待出来ます。それと敵の目を誤魔化す手段も用意していますのでご安心ください」
「三騎?三騎だと?確か高位騎体はリシャール殿下のトリオーンと私のアルセイス、それとギルス共和国から奪った騎体があると聞いているが――――いや待て、私の騎体は重量騎だぞ。それではいくら高位でも峡谷を渡れまい」
「軽量騎に改装すれば事足ります。工廠の技師に一日あれば可能だと裏付けは取っています」
「む、むう。では誤魔化す手段とは何だ?生半可な事では相手の目を欺く事は出来ないぞ」
「そちらは俺から説明させていただきます。俺の連れは水の精霊を扱えるエルフです。彼女に霧を発生させてもらい、それで騎体を覆い隠します。既に実証は済ませていますのでご安心を」
この青年騎士の言う通り、あのエルフの少女なら恐らく出来るのだろう。ここ数日何度も氷を作っているのを実際に見てきた。無から氷を出せるのなら霧を出せない道理はない。
デュプレはじっとニコラを見据える。陽動を使って本陣の備えを薄くして、敵の虚を突くのは戦術としてそこまで奇異ではない。勘だが一連の献策はこの青年が考えたのだろう。
以前にも一度ボルドが橋を奪って、敵陣に攻撃を仕掛けた事がある。その時はあの姫騎士のせいで失敗に終わり橋を奪い返された。以降、ガルナは橋の防備を固めてしまい、こちらは手詰まりとなった。
つまりガルナも橋を重視している証拠だ。仮にガルナがこの策を読んでいても、橋に多勢を差し向けられればそのまま放置するわけにはいかない。最低でも三分の二を振り向けなければ橋を奪取されて主導権を奪われる。
今確認出来るガルナのデウスマキナは十三騎。その内の十騎も本陣を留守にすれば落とせない事は無い。もしかすれば本陣に残ったあの忌々しい姫騎士を自ら捕らえるか討ち取ることさえ出来るかもしれない。いや、討ち取れずとも本陣を落とされた敵の士気は著しく落ちる。我慢比べを選んだ自分でさえ、この策に魅力を感じていた。
「なるほど、それなら僕とお、いや騎士ニコラ、そして伯爵の三人なら手薄な陣を落とすのも可能だね。ただ、問題が二つあるよ。
一つは橋に向かわせる部隊を誰に任せるか?もう一つは指揮官の伯爵が居ない事にガルナが警戒する。この二つはどうしようか」
「―――アルセイスから外した装甲を別の騎体に取り付ければ誤魔化せる。指揮は出来る騎士に任せればいいんじゃないか」
ニコラの指摘に他の三人も反対意見は無い。どのデウスマキナも基本構造は同じ。騎体調整と騎士の負担を考えなければ装甲の付け替えぐらい難しい事ではない。指揮に関しても出来る人間に一時的に任せるのは当然だ。
リシャールが来るまでここを任されていたデュプレは少し考えた後、適任者の顔が浮かんだ。
「指揮はレミ殿に任せるとしよう。彼は騎士の纏め役だ。彼の騎体は汎用騎だが、これを機に重量騎の扱いに慣れてもらうか」
「レミさんは器用な方ですから、きっと何とかなりますよ」
「ならさっそく工廠の技師達に騎体の改装と調整を命じてください。急がせれば明日中には作業も終わる。明後日の夜明けに攻勢をかけるよう騎士達にも通達を」
一度方針が決まれば後は動き出すだけである。伯爵は自分の寄子貴族に、ノンノは同僚騎士への連絡の為に陣幕を辞した。ニコラも技師達への連絡を命じられて下がった。
工廠の技師達は急な命令に戸惑ったが、命令は命令だったので文句一つ言わずに、すぐさま作業に取り掛かった。伯爵の騎体とレミの騎体に張り付いて、無駄の無い動きで次々と装甲板を外していく。
ニコラは腹の立つ先輩騎士に義理を果たした事に満足して、仕上げの準備に取り掛かった。
次の日の夜、三人の騎士が猛烈な腹痛を訴えてトイレに駆け込んだ。彼等は自分の寝床とトイレを何度も往復して、碌に睡眠もとれずに朝を迎え、最悪のコンディションで戦に臨む事となった。当然、体調管理の出来ない騎士など笑い者でしかなく、騎体には乗っていたが、ただの数合わせとして扱われて、手柄どころか大きく評価を下げる事となった。




