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騎神戦記  作者: 卯月
第二章 支配者達の遊戯盤
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第十四話 騎士らしい贖罪



 散々な結果に終わった休みの翌日、ニコラは騎士団長フランシスに伴い、皇帝ローランの待つ玉座へと赴いた。大した処分は無いと思いつつも、一歩一歩近づくにつれて、胃が軋み、目が泳ぐ。最後にこの痛みを味わったのは10歳の頃に学校の備品を壊して、校長室に連れて行かれた時以来だ。痛みと共に久しく忘れていた記憶が鮮明に蘇るが、思い出した所で何の得にもならない。


「浮かない顔をしているな。気持ちは分かる。私も詳細を聞いた時は君に同情した」


「理解してもらえるのはありがたいですが、こちらこそ不始末に付き合わせて申し訳ありません」


「部下の事で叱責を受けるのは上司の仕事だ。そう気にするな。それに私は君の行動を支持する。自分の女一人護れないような奴が、国を護る盾である騎士を名乗るような恥を晒さず済んだ。

 それに陛下ならまず無いと思うが、もし重い処分だったら私を始め騎士団から署名を募って嘆願書を出すつもりだ。心配はいらん」


 不祥事を起こした部下に対して随分と親身になってくれる。こちらがほぼ被害者だと分かっても、彼のような管理職なら自分の身可愛さに部下を切り捨てる選択もあっただろう。むしろ率先して庇い立ててくれるのは、彼が人を率いる資質を持っているからだ。誰だって簡単に部下を切り捨てる上司の下で働きたいとは思わない。いざというとき助けてくれると信じているから、部下は命懸けで働ける。

 ニコラは良い上司に恵まれた事に感謝した。


 少しだけ胃の痛みが和らいだが、扉の向こうに居る最高責任者を意識すると、やはり気が滅入る。それを上司は的確に見抜いて、もっと堂々としていろと叱咤する。こういう時は自分が悪くないように振る舞っていないと余計な面倒を押し付けられるので、常に強気に構えている方が良いらしい。面子が大事な商売は外面を常に取り繕っていないと成り立たない。

 フランシスの言葉で覚悟を決めたニコラは言われた通り、ふてぶてしく振る舞い玉座の間へと入る。

 部屋の最奥には王冠を頂に載せた皇帝ローランが座り、周囲を同僚である近衛騎士が固めている。他にも以前エルフの処遇を交渉した秘書官ランス=ダリアスが脇に侍り、複数の文官も少し離れて控えていた。

 それと、彼等に対面するように膝を着いて畏まっている貴族の男が一人。顔は見えなかったが、ここに呼ばれているという事は今回の関係者か。おそらくエドガーの父親、ポワレ家の当主だろう。

 二人は先客の隣に膝を着いて畏まる。当事者および代理人が揃ったので、秘書官のランスが今回の騒動を粛々と読み上げる。


「エドガー=ポワレとニコラ=コガの両名は群衆溢れる白昼の最中、複数の重傷者を出す騒動を引き起こした。皇帝陛下の膝元たる帝都において誠に許し難き所業である。事の発端は―――――」


 ランスの口上が長いので要約すると、人の往来で揉め事を起こすな。女の取り合いで重傷者を出すような馬鹿な真似を二度とするな。当事者の片方が不在など、舐めた事をするな。壊した店の備品を弁償しろ。だいたいこんな所である。言ってる事の大筋は正論であり反論し辛い。隣にいるグラシア=ポワレも息子の情けなさと恥ずかしさで、ニコラでさえ居た堪れなくなるほどに顔を歪めている。


「さらにエドガー=ポワレは同席していた尼僧の少女に剣を突き付け人質とするなど、貴族の矜持を著しく損ない卑劣極まりない。これらを考慮した結果、エドガー=ポワレには現場の店舗への弁済と自領にて無期限の蟄居謹慎を命ずる。騎士ニコラには帝国北東部、ガルナ王国国境への派遣を命ずる。沙汰は以上である」


 謹慎か反省文の提出を考えていたニコラにとって、この処分は予想外だった。隣の上司をちらりと見ると、彼も意外そうな顔をしているが、さして驚いていない。騎士団に話が通っていないのだろうが、これはよくある処分なのだろうか。

 そういえばガルナと言えば最近小競り合いが起きていると何度か耳にしている。騎士なら不始末は戦場で雪げという事なのだろう。謹慎と比べてどちらが重い処分なのか決めかねるが、あの馬鹿よりは相当軽い事だけは確かである。

 ジゼルの事も、ただ尼僧の少女とだけ公表するあたり、これ以上騒動を大きくしたくないローランの意向が透けて見える。そこはニコラも同意する。当然ポワレ側には真実が伝えられているだろう。そこから何かしら政治的取引が行われているのは想像に難くない。でなければ謹慎程度の軽い処分で終わるはずが無い。

 退出を促され、騒動を起こした者達は同時に玉座の間を出て行く。外に出たニコラ達とグラシア=ポワレ。どちらも声を掛けることはなく、それぞれ別の方向に歩いて行く。ただし、ほんの一瞬グラシアがニコラを一瞥し、申し訳なさが顔に出ていたのは多分気のせいではないのだろう。


 騎士団の訓練場へ行くと、既に噂を聞き付けていた騎士達がニコラを囲んで処分を聞き出そうとしたが、一緒に居たフランシスを見てすぐに後ずさりする。しかし騎士の中に居たノンノだけは指導役としての監督責任からニコラに詳細を尋ね、ガルナに派遣されると知って横に居たフランシスに視線を向けるが、何を言っていいか悩んでいる。それを察してフランシスから先に口を開いた。


「二日前にガルナ方面から増援願いが届いている。騎士団から数名派遣するつもりだったから、陛下も集団戦に慣らす為にニコラの処分を口実に送るつもりなのだろう。それとノンノ、君も上官として行ってもらうぞ」


「冗談ですよね?」


 ノンノは恐れおののくも、団長の目は笑っていない。『むーりぃむーりぃ』といつもの口癖を絶叫する。周囲はあまりの無茶ぶりに居た堪れないが、曲がりなりにも戦力として当てにされているから増援に選ばれたと言われれば、フランシスに盾突く理由にはならない。

 ニコラは単に不運だが、ノンノは完全にとばっちりである。故に騎士団内のノンノに好意的な騎士達はニコラを責めるより、この問題を引き起こしたエドガー=ポワレに怒りを向けて、それぞれ気炎を上げていた。

 出立は三日後と無慈悲な宣告を受け、二人は急ぎ自分達のデウスマキナの調整と予備兵装の準備に取り掛かった。時間はあまり残されていなかった。



      □□□□□□□□□



 時間はあまり残されていなくとも、各関係者への説明を怠るつもりはない。

 ニコラはその日の午後、いつも通り礼拝堂へと赴き、ヤン司教やジゼルに暫く帝都から離れる事を告げた。勿論そこにはセレンも居る。


「と言うわけで、三日後に出立します。片道十日は掛かるので、戻って来るのは早くて一か月後でしょう。明日から準備に追われますから、授業は暫く休止でお願いします」


 話を聞いた三者はそれぞれ違った反応を示した。セレンは意外にも淡白な反応であり、興味が無いわけでは無いが特に何も言わない。ヤンは騎士の仕事が戦う事だと熟知しており、その場で無事の帰還を祈る。一番取り乱したのは、派遣の理由に関わったジゼルだった。彼女は自分があの場に居たからエドガーに目を付けられたと、ニコラに深く頭を下げて謝罪した。


「ジゼルさんが謝る理由は無いよ。仮にあそこに君が居なくても、きっとあのクソ野郎はセレンに目を付けて同じ事をしていた。だから、あれはもう災害か何かに遭ったと思った方が気が楽になる」


「ですが、私と一緒に行動していたから、あの場に遭遇した事は否定出来ません。きっとお二人だけなら、別の場所に居たでしょう」


「それは君の考え過ぎだ。人一人の行動が無関係な相手を動かすなんて事は早々無い。それより、俺が居ない間、セレンを頼んでいいかい?俺が居ないと色々物騒だから、友人のジゼルさんにセレンを助けてもらいたい」


「へ?何であたしが留守番する事になってるのよ?あたしもニコラと一緒に行くよ」


「何を言っている。素人が戦場に付いて行くなど狂気の沙汰だ。殺し合いの場でお前は何をするつもりだ!?」


「あっ、ニコラが初めてあたしの事『お前』って呼んだ。何かこれいい。お腹の下の所がピリピリする」


 何故かセレンは顔を赤くして身を悶えさせるので、ふざけるなと怒りたくなったが、ヤンやジゼルが隣にいるので、ぐっと堪えた。ついでにジゼルも心なしか顔が赤い。一体何を想像したのか。

 おかしな空気を払拭するために、戦場が如何に女子供に相応しくない場所か、訓練も受けていない者が立ち入るような優しい場所ではないと言っても、セレンはそんなこと分かっていると言い返す。


「あたしだってニコラが人を殺したところちゃんと見てたんだから!分かってて一緒に着いて行くの!それにさ、ニコラってまだ言葉完全に覚えてないでしょ。あたしから離れたら二日で言葉を教えてくれる精霊は居なくなっちゃうよ。そうなったら困らない?」


 痛い所を突いてくる。言われた通り、半月程度で一つの国の言葉が習得出来るはずが無い。片言なら何とかなっても、戦場での素早い意思疎通が不可能となると、致命傷になりかねないリスクを背負う羽目になる。それは避けたいが、だからと言って非戦闘員を連れて行くのはもっと駄目だ。それも情を抱いた女を連れて行くなどもっての外だ。

 それから二人は『行く、駄目』の問答を繰り返し、いつの間にか普段の夜の情事の事まで持ち出し始めて、傍で聞いていた性行為に免疫の無いジゼルが茹蛸になってダウンするまで、ひたすら言い争いを続けていた。残ったヤンからしたら堪った物ではない痴話喧嘩である。

 最後は耐えかねたヤンが助け舟を出して、ようやく痴話喧嘩は治まった。


「行軍となれば兵士以外にも食事や洗濯を担う使用人が同伴する事は珍しくありません。女性のセレンさんは適さないでしょうが、連れて行けない事は無いでしょう。勿論、騎士団長殿の許可があっての事ですが」


「よーし分かった。今から団長に聞いて来るから待ってろよ」


「あたしも行くから。ニコラだけだと許可貰っても嘘吐いて、駄目って言いそうだし」


 信用されていないというより、行動を見透かされている事に憮然とするが、裏を返せばそれだけ心を通わせている証拠だった。

 出て行く二人を見送る傍らでヤンは娘のように慈しむ純情なジゼルを介抱しながら、あの二人はこの娘の為にも死んでほしくないと心から願い、今日より熱心にジュノー像に祈りを捧げた。


 フランシスに直談判した二人だったが、ニコラが不機嫌なのを見ればどちらの意見が通ったか、火を見るより明らかだった。



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