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騎神戦記  作者: 卯月
第二章 支配者達の遊戯盤
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第十三話 理不尽な裁定



 楽しい休日のはずが、馬鹿共のせいで散々になったニコラはやや不機嫌だったが、連れのセレンやジゼルの手前、当たり散らすような真似はせず、兵士達に黙って従い城へとやって来た。本来なら街の詰所で聴取を受けるが、見習いとは言え近衛騎士は兵士より格が上になるので、ある程度丁重にに扱わないと面子を損なったと言い掛かりを付けられる可能性を考慮して、城で軍と騎士団の重役の立会いの下で事実を話さなければならなかった。つまり偽り無くありのままの事実を述べる事が絶対だった。

 しばらく応接室で待っていると、鎧を着た厳つい顔つきの虎人と初老の男が部屋に入って来た。虎人には見覚えが無かったが、もう一人の初老の男には面識がある。以前食堂で顔見せした時に大量の塩をスープに溶かしていた指南役兼相談役のハリスだった。


「待たせてしまって申し訳ない。三人とも楽にしていてくれ。私が帝都の警備責任者のラーフだ。現場の兵士から多少事情は聴いているが、改めて当事者から事実を聞いておきたいだけだ」


「そういう事だ。お前さん達が自分から騒ぎを起こすとは儂等も思っておらんが、公正な裁定を下すには双方と第三者からの証言が必要だからの」


「いえ、お二方だけでなく、多くの兵や往来の人々を騒がせ、ご迷惑をお掛けしたのは私の不注意でした」


 半分は建前だが、もう半分は本心である。短い時間とはいえ、あれだけの美少女二人を置いて場を離れてしまったのはニコラの不注意だ。とはいえあの馬鹿なら例え自分が居た所で目を付けた女に遠慮する事などあり得ない。だから席をはずしていたのを迂闊だと思っても、悪いのは半分程度だと思っている。

 それから三人はそれぞれ騒ぎが起きた時から、事態が収束するまでを包み隠さず話し、全てを聞き終えたラーフとハリスが、エドガー達のあまりの馬鹿さ加減に頭痛を覚えた。


「何考えとるんだあのポワレ家の馬鹿息子は。衆人環視の前で金で女を無理やり買うような真似をして、あまつさえ断ったら剣で脅すとは。騎士ならその場で儂が斬り殺しておるぞ」


「全くですな。しかも危うくなったらジゼル様を人質にとるなど、ポワレ家全てを反逆者として討伐されても文句は言えんぞ」


 常人には馬鹿の下限は推し量れないというのはよく聞く話だが、正真正銘の馬鹿の底無しぶりを知った二人は呆れしか思いつかない。被害にあった三人も完全に同意するが、問題は相手が帝国内でもかなり力のある貴族だという事だ。出来れば穏便に済ませたいが、相手の家がどう出るかは元兵士で一騎士のニコラには想像もつかない。

 ポワレ家について尋ねると、運が良いのか悪いのかちょうど城に現当主が来ているらしい。というよりあのエドガーは父親と伴って帝都の皇帝に挨拶に来ていたが、暇なので勝手に街に遊びに行って、今回の騒ぎを起こしたらしい。

 幸運だったのはその父親は息子と違って至極まともな人物であり、度々息子の素行不良に頭を痛めていたそうだ。ただ、ニコラから言わせれば、あの歳まで矯正出来なかったのだから、きっと息子可愛さに相当甘やかしていたのだろう。完全には信用しないほうがいい。

 そしてニコラがもう一つ気になったのがジゼルの身元だ。今までの城の人間の対応から貴族なのは間違いないが、本人が話したがらないので敢えて他の者に探りを入れる事もしなかったが、今回迷惑をかけた以上は、けじめとして彼女の実家に詫びを入れなければならない。


「ジゼルさん、今回騒動に巻き込んだのを家族に謝罪したいから、君の実家の事を教えてくれないか。これは礼儀や作法だからすっぽかすわけにはいかない」


「あ、いえ、それは、その……」


 ニコラの提案にジゼルはひどく狼狽え、口籠る。やはり彼女にとって家族の話題は鬼門らしい。だが、それでも社会人としてけじめを付けなければならない。それはジゼルも当然分かっているが、それでも彼女は自分の事を言い出せなかった。

 ラーフとハリスも彼女の出自は当然知っているが、今は完全に部外者であり口を挟むつもりはなく、成り行きを見守る事を選んだ。当然セレンも全く知らないし、人間社会の事はまだまだよく分かっていないので、ニコラに全て任せるつもりだ。

 しかしなおも言い澱むジゼルだったが、その空気を壊す様に使用人が入って来て、ハリスとラーフに耳打ちした。彼等はかなり驚いたが、ジゼルを見て納得し、所用が出来たので退席すると言い残して部屋を出て行った。

 ぽかんとする三人だったが、それ以上に入れ違いに入って来た人物にニコラは驚嘆させられた。


「陛下じゃないですか、なぜここに?」


「久しいなニコラ、セレン。武術大会の後の祝宴以来か。色々話はヤン司教やフランシスから聞いているぞ。それと、ジゼルも災難だったな」


「…いえ、私は何も。災難というのなら、叔父上様にご迷惑をお掛けした不詳の姪をお許しくださいませ」


 叔父と姪。直接血の繋がりの無い場合もあるが、どちらも一般的に近しい親族を差す。ニコラはその事実に驚きはしたが、よくよく考えれば多くの地位のある要人が彼女に恭しく接している。それも彼女が皇族かそれに次ぐ家柄なら納得がいく。それはそれとして彼女が微妙に冷遇されているような扱いを受けている理由は不明だったが、取りあえず彼女の身元が分ったのは良い事かもしれない。


「あー、よく見たら皇帝さんと瞳の色一緒だし、目元とか結構似てるね。ジゼルちゃんって実は偉い人だったんだ」


「いえ、そんなことありません。私はただ、皇族の娘として生まれただけ。ただの神に仕える尼僧見習いです」


「ははは。セレンが姪と仲良くしてくれて私も嬉しいよ。それにジゼルの尼僧以外の恰好も随分久しぶりに見れた。その服はどうしたんだ?」


「あっ、その、これは今日コガ様に頂いた物です。服以外にも色々と買って頂いて嬉しく思っています」


 今更ながら普段と違う服装だったのが恥ずかしかったのか頬に朱が差す。他人に見られても何とも思わないが、近しい間柄に見られると、こそばゆい気持ちになるのはよくある事だ。

 ニコラとしては皇族に平民用の服や装飾品を送った事に皇帝が怒りを露わにするのではないかと思ったが、意外にも彼は姪と共に喜び、ニコラに礼を言った。何というか、皇帝より普通の親戚のおじさんだった。

 それから親戚のおじさんは部屋に居座り、姪にあれこれ今日の事を質問している。昼間の騒ぎより、どんな物を買ったのか、どんな店で楽しい時間を過ごしたのかを実に嬉しそうに聞いている。勿論その後、ついでとばかりにエドガーが一体何をしたのかをつぶさに聞いて、全てを聞き終わった後に大きく溜息を吐いた。


「困った事だ。その馬鹿の父親のグラシア・ポワレはまともな貴族だが、かと言ってニコラを無罪放免にするのは政治的にし辛い」


「私は剣を抜いていませんし、騎士として皇族であるジゼルさんの身を護るためにやむを得ず抵抗したと建前を用意してもですか?」


「面子と感情の問題だ。どれだけ相手が悪くとも、群衆の面前でそこまで一方的に叩きのめしたら、お前を討ち貴族の面子を回復させねば家そのものが滅ぶ。せめて喧嘩両成敗としてお前にも幾らか罰を与えねば拳を下さないだろうし、行き場の無い感情が燻ぶり続けるのは後々恐い」


「叔父上様、それはあまりにもコガ様が可哀想でございます。それなら人質になった私にも罰をお与えになってくださいませ」


「て言うかさあ、何であいつら偉そうなの?うちの村の長とかあたし達から尊敬されるのに、あいつら全然尊敬出来ないんだけど。むしろ悪い事ばかりしてるよね。皇帝さんがあいつらの家とか全部取り上げても良いんじゃないの?」


 ニコラを除いて皇帝であるローランに批難轟々である。特にセレンは貴族の面子や人間社会特有のしがらみとは無縁であり、村の長は代々血縁では無く、一番人望がある者が就くと教えられているので、エドガーのような救いようの無いほどの馬鹿が偉そうにしているのが信じられなかった。

 ローランも姪やセレンの言い分はよく理解している。この一件エドガーと手下達以外は誰も悪くない。だが、相手は稀少なアダマンチウム鉱山を有する独立貴族。それも豊富な資金を盾に周囲の貴族に金を貸したり援助して味方に付けている。それらが裁定を不服として反乱でも起こされたら、十騎のデウスマキナが帝国内で暴れ回る羽目になる。平時ならそれでもどうにか鎮圧出来るが、現在帝国の北東部のガルナ王国と交戦状態になっており、奴等に弱みを見せるのは得策ではない。せめてそれが片付くまでは帝国内を平穏に保っておきたかった。


「もう一度確認するが、本当にニコラは剣を抜いていないな?」


「無論です。傍に置いてあった椅子で護衛を殴りつけましたし、茶の入ったポットを投げつけましたが、持っていたナイフには触れてもいません」


 ここで銃を撃っていないとは言わないのはせめてもの反抗である。それにこの世界には火薬兵器が存在せず、現状それを知っているのはニコラがサンプルとしてアサルトライフルを貸した国営工廠の技師達ぐらいだが、彼等は銃の機構や部品の工作精度に気を取られており、まだ火薬の性質や製造方法には気が回っていなかった。それにデウスマキナ『アプロン』を大破させた破壊力と人一人に重傷を負わせる程度では、引き起こす殺傷力に開きがあり過ぎて同質の物とは暫く気付かないだろう。


「分かった、沙汰は明日の朝に下す。フランシスと共に玉座に来い」


「叔父上様、どうか寛大な処置をお願い致します。いざとなれば、私の命を代わりになさっても構いません」


「いや、それは俺が困るから。陛下は賢明な方だから、ジゼルさんはそんなに心配しないでくれ」


 と言うよりジゼルは自分の命を軽く見過ぎている。皇族がどうしてそこまで自分を卑下するのか真相を知りたくなるが、今ここでそれを聞くのは憚られる。

 それより今は自分の身を考えねばなるまい。エドガーが重傷でも負っていれば重い処分も有り得ただろうが、ジゼルに恐れをなして失神したおかげで身体には傷一つない。精神には多大なダメージがあっただろうが、怪我の証拠が無い以上は強く追及する事も出来まい。

 その程度なら精々、謹慎か営倉入りぐらいだ。ただ、営倉は兵士向けだろうから騎士となると牢あたりか。そこで一、二日程度過ごせばポワレ家も面目は立つだろう。それでもこちらに一部非がある裁定には文句の一つも言いたくなるが、皇帝を責めてもどうにもなるまい。


「兵隊家業も大概だけど、宮仕えも理不尽ですね」


「人の世だからな。だが、お前が物分かりの良い男で助かった。この埋め合わせはどこかで必ずするから、今は我慢してくれ」


 一騎士見習いにさえアフターフォローを欠かさないローランは良い君主だ。尤もその所為で政務のストレスが相当溜まっているのが顔に出ている。こういう人は早死にしやすいだろうと、ニコラは割と失礼な事を考えていた。


 その後、四人は軽い雑談などを交わし、ローランからこれからも姪と仲良くしてほしいと頼まれ、快く引き受ける。それに満足した皇帝は上機嫌で帰って行った。

 残った三人も今日は散々な日だったと口々に愚痴ってから、次の休日に改めて今日の続きを楽しむと約束して解散となった。



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