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騎神戦記  作者: 卯月
第二章 支配者達の遊戯盤
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第十話 初めての休日

 短編『くっころを真面目に書いてみた』もよろしく



 ニコラが騎士として訓練を始めてから半月が過ぎた。騎士として戦闘訓練を積みつつ、新たに乗馬の訓練も追加され、慣れない操作にも真面目に取り組んで、一日一日上達する感触を味わっていた。

 そして実技だけでなく、語学と法律を中心にして学問にも励み、ごくごく簡単な読み書きなら一人でも出来る程度にはボルド語を理解するようになっていた。ニコラは元々勉強は好きではないが、だからと言ってやらずに逃げるほど無責任ではない。それに今はある程度立場もあり、セレンという大事な扶養家族を抱える身になった以上は、苦手でも勉学に励む必要があった。

 さらに精霊による翻訳を意図的に解除して、自力で会話する練習も始めており、軽い日常会話程度は分かるようになっていた。これはニコラが元より日本語、ロシア語、英語を話すトライリンガルである事と、セレンと夜な夜なベッドの上で会話の練習をしているのが習得に大きく寄与している。勿論ヤンとジゼルとの勉強でもボルド語の読み書きを覚える傍らで翻訳表を作って習得に余念は無い。今はまだ完全に使いこなせているわけでは無いが、いずれは翻訳無しで完全に話せるようになるだろう。

 セレンも一緒に勉強をしているが、こちらは随分と苦労している。元々エルフは文字を持たない文化であり、長時間椅子に座り続けるような姿勢には慣れていない。だが彼女は文句も言わずにニコラに付き合っている。少しでも惚れた男と一緒に居たいという女心がそうさせるのだろう。それに外見は歳の近いジゼルと仲良くなりたいと思っている。

 ジゼルはまだ自分の事を殆ど話さないが、その気質は決して悪性の物ではないのはニコラもセレンも察している。むしろどういう訳か善性の塊とさえ思えるほどに敬虔なジュノー教の信徒で規律を好み、この十日間で利己的な言動を取ったのは一度として無かった。故にセレンはもっと彼女の事を知りたいと思うようになった。

 それを情事の後で聞いたニコラは一計を案じる事にした。



      □□□□□□□□□



「お休みですか?そういえば私もニコラさんと会ってからまだ一度も休みをとっていませんね。じゃあ、明日は訓練も休みにしましょう」


 ニコラの乗る黒毛の馬の手綱を曳きながら騎乗訓練を手伝っていたノンノは快諾する。この馬は元はクラウディウス私兵の馬だったが、ニコラ達が馬車を曳かせるために連れて来た四頭の内の一番人懐っこい一頭である。残り三頭は維持費に金が掛かり過ぎるので商人に売ってしまった。既に名前も付けており『シンカイ』と呼んで可愛がっていた。余談だがニコラの家で飼っていた犬は『マサムネ』である。日系で刀剣好きの父親の影響が出ていた。

 彼女もニコラの指導役として午前中付きっ切りで、午後からも自分の訓練と業務に従事しており、そろそろ疲れが溜まっていた。身体が資本である騎士がこれを機に休むのは何も憚られる事はない。

 近衛騎士の仕事は基本的に街や城の中の要人警護で、それ以外は訓練か、一部の騎士が書類仕事をしている。ノンノはニコラの指導役を任せられた日から警護役から外されており、空いた時間には書類整理が割り振られている。ただし、そちらはさして重要な書類が回ってこないので比較的時間を自由に使える。だから自分の裁量で休みをとる事が容易だった。


「午前中はそれでいいとして、午後からの勉学はどうします?ヤン司教様に頼めば午後からも休めると思いますけど」


「今日の午後にお願いするつもりです。連れから買い物したいって、せっつかれてますから」


「ふふ、仲が良いですね。セレンさん、城の使用人からも評判良いですよ。仕事はまだまだ覚えたてで失敗もありますけど、怠けないし明るいとか」


 ノンノの評価はおべっかではなく事実である。森で暮らしていたので人間世界での家事とは随分勝手が違い、一からの出発だが、それにもめげずに毎日与えられた仕事を懸命にこなす姿は、他の使用人からもそれなりに好まれている。

 現在は城の厨房で下働きをしており、料理の基礎を学んでいる所だ。森では素焼きの土器一つで煮るか肉の直火焼きしかしていなかったので、毎日洗練された調理法に目を丸くしながらも、新しい事を覚える喜びに浸りながらそれなりに楽しく仕事をしていた。

 ただ、やはり慣れない環境での仕事は疲れが溜まるので、ようやく貰える明日の休みは心待ち遠しく、思いっきり遊びたいとニコラに話していた。

 そしてニコラも無事に休みを貰えたため、残る一つの関門を潜り抜けさえすれば、明日の休みはきっと楽しく充実した時間になる。

 とはいえ、明日にかまけて気を抜き、訓練を疎かにするつもりはニコラには毛頭無く、乗馬訓練に汗を流した。



      □□□□□□□□□



「ええっと、私がコガ様とセレンさん共に街案内をするという事でしょうか?」


「そうだね。実はこの街に来てから日が浅いのと、今まで訓練や勉強に時間を取られて殆ど街を知らないから、休みを使って色々と見て回ろうと思ったんだ。それには案内出来る人が居た方が都合が良い」


 午後からの授業の前にヤンに明日は休みたいと申し出ると、彼は二つ返事で了承した。彼も十日間休み無しだったので、そろそろ休みを入れようと考えていたそうだ。教師からの許しを貰ったので明日は何の憚りも無く休める。

 そこで一緒に居たジゼルに、一緒に街に遊びに行かないかと提案をした。それもただ遊ぶのではなく、街に不慣れな二人を手助けする為と口実を張り付けてだ。


「そうそう、ジゼルちゃんの方があたし達より長く街に住んでるから、きっと詳しいと思うし、それに一緒ならきっと楽しいと思うんだ。あたし達を助けるつもりで明日付き合ってくれないかな」


 ニコラの提案に困惑するジゼルだったが、セレンのお願いに少しばかり心を動かされた。

 最初こそ常識に疎いセレンに手を焼かされたジゼルも、天真爛漫なセレンに魅せられて少しだが歩み寄るようになり、勉強以外でも話をする機会が段々と増えている。しかしまだ距離や隔意が見え隠れしているので、もっと仲良くなりたいと思ったセレンがどうにか出来ないかとニコラに打ち明け、それとなく、しかも相手が断りにくい様に人助けの態を作って遊びに誘うよう小細工を仕掛けた。

 詳しい事は分からなかったが、ジゼルは人と交友を深める事を拒絶している所があり、なおかつ規律や教義に頑なだ。そんな相手を遊びに誘うには正直に言うより、何かしら人助けの口実を作ったほうが上手く行くとニコラは考えた。

 さらにここでニコラは彼女の上司のヤンに視線を向けて、アイコンタクトで協力を要請すると、正確に意図を酌んでくれたヤンから、これも教義の一環である人助けだと助け舟を出してもらえた。


「人助けと仰られては私も断るつもりはございませんが、その、私のような者がお二人の仲に入ってよろしいのでしょうか?セレンさんとコガ様は、あの、その……こ、恋人でいらっしゃるのは私も存じておりますので、お邪魔になるのでは?」


「あはは、それとこれとは別。あたしとニコラはこれからずっと一緒にいるから、一日ぐらい誰かと一緒に居たって邪魔だなんて思わないよ」


 ジゼルも年頃の少女なので、一緒の家に住む男女がどういう関係で、毎晩どんな事をしているのかは言われなくとも知っている。そしてたまの休日ぐらい二人でゆっくりしたいだろうに、わざわざ自分を誘う理由がよく分からなかった。

 しかしわざわざ自分のような人間を誘ってくれる相手を不快にさせるわけにもいかず、何より祭事や公務以外で個人的に遊びに誘われた事など、ごく一部の親族以外では初めての経験だった。

 どうしようもないぐらいに心惹かれる提案と、仲睦まじい恋人同士の逢瀬を邪魔するのではという遠慮とが、彼女の心の天秤を大きく揺らし、傍にいた三人にも葛藤が容易く見て取れた。


「あージゼルさん、そんなに悩まなくてもいいんだよ。どちらかと言えばこっちの都合で貴女の時間を使うわけだから、断っても俺達は気を悪くしたりなんてしない。でも、一緒に付き合ってくれた方が俺もセレンも助かるのは本当だ」


「――――分かりました。お邪魔でなければお二人の手助けをさせて頂きますわ」


 ここまで頼まれては断るのはニコラ達に申し訳ない。それにあくまで困っている人を助けるのは美徳であるという神の尊い教えに殉ずる行為であり、決して個人的な喜悦を追求するものではないのだ。


 この日の授業中、ジゼルは普段の物憂げで静かな雰囲気は微塵も無く、常に上機嫌に振る舞い、ヤンを喜ばせた。

 誰の目にも明らかに明日の外出を楽しみにしているジゼルを見て、セレンも内心、思い切って誘って良かったと思い、ニコラに視線だけで礼を言った。



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